入学初日3
── この辺が限界かな。
飛び立って3分で小さくだが目的の森が視界に入る。
この飛翔は非常に便利な術なのだが、如何せん使う力が大きく感知されやすい。
どうせバレるとしても、一人二人は楽に倒せる可能性を残しておくのが効率的というものだ。
ここで降りて歩くと10分程度掛かるとは思うが、その選択に間違いはないはずだと、真人は術を解き地に降りた。
「瑞穂の姿はないか… 張り切りやがって」
上手く行けば瑞穂に追い付けるかと思っていた真人だが、予想を上回る速度で瑞穂は駆け抜けた様だった。
おそらく既に森へ入り、二年生と交錯している頃なのだろう。とはいえ、まだ本格的な戦闘にはなっていないのは、周囲の気配から分かる。
ならば10分程度歩いたところで、間に合わないという事はないはずだった。
── まだ焦る時間じゃないって事だな。
急いては事を仕損じる。しかし、少しでも早く着くにこした事はない… そんな思考だったから、地に降りた真人は走り出す。
だが、冷静であろうとする事と冷静である事は違う。地に降りたと同時走り出した真人は後者だった。
その証拠に冷静であるなら、走り出した瞬間に視界に割り込んだ人影に驚く事は無かった。そして、擦れ違い様に見た口の動きに過剰な反応をする事も無かった。
「精霊術士か… 」
その人影はそう口を動かしたのだ。
瑞穂思考のようにどうせバレるとポジティブに考えれば、然して痛い失態ではない。また、動揺がなければ真人なら、そう瞬時に割り切っただろう。
だが、今回は割り切る事が出来ない。
それはその人物に対して、真人の心が警鐘を鳴らしているからなのだ。
── こりゃあ、しくじったかもしれんな…
目の前の人物は精悍な顔立ちの男だった。
身長こそ172cmの真人より頭半分大きいが、体格自体にそんな違いはない。しかし、その鋭い目と醸す雰囲気が真人より一回りも二回りも大きく見せる。
「アンタ何者だ? 」
敵か味方か分からぬ相手に簡単に背を見せる事が、蛮勇と大差ない愚行だという事は分かっている。だから、真人はリスクを感じながらも立ち止まり、男と正面から向き合った。
「ふん、何者だ。だと… 」
足を止めたのを確認した男は、ツカツカと真人に近寄ると下からなめ回し値踏みをする。
まるで蛇のようだなと真人は思う。
男の視線は、真人の体に纏わりつき締め付ける。
「昔、じいちゃんに聞いたヤンキーだな」
「誰がヤンキーだ」
「アンタだよ、他に人いないだろ」
真人が小心者なら蛇に睨まれた蛙の如く、身動きを止めていただろう。だが、どちらかといえば真人は鼠だ。隙あれば猫にも噛みつく事が出来る。
「ほぅ、びびって萎縮はしてないみたいだな」
「萎縮したら見逃してくれるのか? 」
その質問に男はニヤリと不敵な笑みを浮かべると、真人の肩をバンバン叩いた。
「ははっ、お前面白い奴だな。色は何色だ? 」
「プレート色なら白だが… 」
男の質問に対して間違えた返答ではないはずなのだが、真人は微妙なズレを感じる。
── ひょっとして、これ勘違いされてないか?
白と聞いて男の目の色が変わり、若干緩んだ殺気がまた膨れた。
「ふっ、こいつはラッキーだ」
真人を叩いていた手を止めると、万力かと思うほどの力でそのまま肩を掴み押さえつける。
「チッ! 」
何となくだがこの状況になるような気がしていた真人は、素早く下から男の腕を突き上げて外すと、バックステップを踏んで距離を取った。
「こいつは、随分いきなりだな」
「まぁ、1位に対する敬意の現れだ。気にするな」
「気にするわっ! もし、あのまま押さえつけられていたら、いつの間にか出したその短刀をどこにぶっ刺すつもりだったんた。
下手すら死ぬだろうがっ!
しかも、やっぱり勘違いしやがって、誰が1位だって… 」
胸元からプレートを引っ張り出し、真人は男に向かって突き出した。
「はぁ? 何を抜かして… はっ、マヂがおい」
小さいプレートではあるが、見えない距離ではない、男は目を凝らして確認すると呆然としていた。
「アンタが何者なのか知らないが、間違いなく俺より格上だよな。とすれば… 」
ほぼルールのないプレートバトルだが、不可侵のルールが二つある。
一つは相手を死亡させた場合は、そのバトル結果は無効になるという事。そして、もう一つはバトルするかどうかの決定権は格下にあるという事だ。
つまり、今回に限り真人に決定権があるのだ。
「ふぅ… 何の冗談だこりゃ」
「悪いが俺は自虐ネタで笑いを取るタイプじゃないんでね。そんな冗談は言わないさ。じゃ、そういう事で失礼させてもらうわ」
男は真人の色を確認してから攻撃を仕掛けてきた。厳密に云えばこれもアウトなのだが、勘違いも有る上で真人の身分照会が遅れたとされれば事故扱いで済む。しかし、既に自分のクラスを明かしているのだから、男から仕掛ければ紛れもない校則違反になる。
「待てよ… 俺は二年の速水だ。序列は4位。せめて名乗っていけよ一年」
二年の序列一桁が序列三桁の名前に興味を持つのは珍しい。やりあってもメリットはなく、真人の態度から今後バトルを挑んでくる可能性は低いと分かる。下手をすれば、二度と交錯する事のない相手なのかもしれないのだ。
ただ先に名乗られた以上、返さないのは無礼の極みである。真人は渋々と口を開いた。
「一年の神条真人… です。宜しくしてくれないで結構ですから、ゴミや虫けらを見るように見下していて下さい。それでは」
二年の序列一桁相手に仲良くされても、危険が増えるだけである。「雑魚ですから」と強調して、真人は速水に背を向けた。
「神条、土産を持ってけやっ! 」
明らかな校則違反だった。
戦闘の意志のない格下が背を向けた瞬間に、速水は一瞬で真人との間合いを詰めて刃を真人の背中に突き立てる様放つ。その速度は神速と呼ぶのに相応しく、どんな生物であっても地を蹴ってその瞬発力を出すのは不可能と思えるほどだった。
「… ったく、冗談じゃ済まない愚行だぜ、先輩」
速水に背中を見せたまま、真人は青い顔をしたまま呟いた。
「何が愚行だ… この若狸め。お前の何処が序列三桁だっていう気だ。こりゃ、プレート詐欺で報告が必要になるな」
一方、速水もガッチリと脇で腕を固められていた。回避不可能であるばずの一撃を真人は見事にいなしていたのだ。
「こんなもん、たまたま予想が当たった結果に過ぎないよ。何か一つ予想が外れていれば死んでるぜ」
「わざと誘ったくせにいけしゃあしゃあと… で、どうする? このまま俺の腕を折れば、結果論だがお前は宣戦布告をした事になるんだが… 」
「そんなん冗談ポイだな。格上、上位能力持ちに好き好んで喧嘩を売るほど馬鹿じゃないんでね」
「三桁が一桁に勝つ大金星をみすみす捨てるのか? 」
固めていた腕を躊躇なく放して、速水を解放する真人。
腕の一本を折れば大金星。などと考えるようなお気楽な頭はしていないのだ。
「速水先輩、アンタの能力は瞬間移動… 区分分けするならPSYだ。なら、腕の一本奪った所で絶対優位にはならない… 違いますか? 」
「察しが良い奴は嫌いじゃないんだが、どうやらお前は例外みたいだ」
「それは奇遇ですよ。俺もアンタは嫌いみたいです」
やり合うはずもない二人だが、空気は一発触発の雰囲気がある。
これはいつかぶつかる事になる… 真人はそんな予感を感じ、身を奮わせたのだった。