08
魔法と言う概念を理解するには相当時間がかかり、大変である。そう喜介さんに言われていたが、俺は自分の目のおかげでその苦労は余り感じなかった。
「ナズナ、そっちはどうだ?」
「ちょっとぉ、あたしや梅次郎はあんたと違って見えないんだから、あんたが見なさいよ」
(それもそうか)
俺は視線をナズナ達の方へ向ける。すると木の影に小さくだけれど灰色の魔力が浮かんでるのを見つけた。
「ナズナ、梅次郎、見つけたぞ。手前の木の陰30センチほど。行くぞ」
「わかった、任せて。せぇぇの!」
俺とナズナと梅次郎は同時に飛びかかる。そこに隠れて居た七色ウサギは驚いたのか、体の色を白色に変えて後ろに飛び上がる。
「ニン!」
梅次郎がクナイを放つ。まるで弾丸のように飛びだしたソレは兎、には当たらずその前の地面に突き刺さった。
「土遁!」
梅次郎がそう言うと着弾したクナイから魔法陣が浮かび上がる。そしてその魔法陣は茶色に光り輝くとそこの魔法陣を中心に地面が大きく盛り上がり、1メートルほどの壁を作った。兎は勢いを殺す事が出来ず壁に衝突する。
「後はあたしにお任せっ!」
今度はナズナが前に出るとクナイを投げる。そのクナイは赤い粒子を纏っていて、俺はそのクナイが兎に飛んで行くのを見て思わず頭を抱えた。
「あっ、馬鹿っ!」
俺は急いで魔力をクナイに伝導させると、前方に腕を突き出して持っていたクナイを飛ばす。
先を飛んでいたナズナのクナイは、兎の真横の壁に着弾すると魔法陣がそこから出現する。
「火遁!」
そして彼女はすぐに魔法を発動させると、その魔法陣を中心に火が出現した。その火は壁にぶつかり混乱している兎を包み込む。
(やっぱり火遁だったかこの馬鹿。師匠は毛皮も必要だって言ってたのになんで火でせめるんだよ!)
「まに会ってくれ、水遁の術!」
俺は兎の真上に突き刺さったクナイから魔法陣を作り、魔法を発動させる。まるで滝のような水がその魔法陣から溢れだすと、兎を包み込んでいた火を鎮火した。
「梅次郎っっ!」
俺が叫び出す前に動いていた梅次郎は兎のもとに近づくと、滝のような水の中に手をつっこみ、すぐに引く。彼の手にはしっかりと兎が握られていた。どうやら毛皮は無事のようだ。
ホッとため息をつくと、兎の首の骨を折りながらゆっくり近づいてくる梅次郎に手を上げた。
「梅次郎、ナイスだったぜ!」
「ああ、音吉どのも素晴らしい判断でござった。陣から炎が出た時は拙者も肝が冷えた」
「ちょ、ちょっと! 二人とも、あたしはぁー!?」
俺と梅次郎は同時にナズナを睨みつける。彼女は俺達の剣幕にたじろいで一歩後ろに下がった。
俺は下がったナズナに大股で近づき口を開く。
「喜介さんは、毛・皮・も! 欲しいと言ってなかったか!? どこかの誰かはその大事な物を燃やそうとしてたけどな!」
そう俺が言うと、ナズナは口をパカッと開いて斜め上に視線を向けた。どうやら忘れていたらしい。
「ごめーん!」
そう言って片手を頭に当て小さく舌を出す。可愛いけど許されないことは許されない。特に師匠なら許さないだろう。
「忘れるなよ……はぁ。まぁ、いいや」
「音吉殿、もっと言って良いのではござらんか? 少しナズナに甘いように感じるのだが?」
「エーそんなことないよ、音吉は私の反省度合いを見てそう言ってくれてるんだよねー! ふふっー! 知ってるよあたし音吉がすっごく優しいこと!」
そういって彼女は俺の腕に自身の腕を絡めるとにっこり笑顔を浮かべた。
「いや、俺が口酸っぱく言ったところであんま意味無いだろうからな。喜介さんに任せようと思って」
「ほら音吉は優しいから……ってししょーに!? だ、っだめだめ。師匠に告げ口だけは絶対だめだかんね!」
「なるほど、師匠であれば確実でござるな」
「ちょ、梅次郎も!?」
ナズナは慌てて俺から離れると、頭と腰に手を当て、いまどきのグラビアアイドルもしないであろう不思議なポーズをする。
「ね、ねぇ二人とも! ほ、ほら。あたしの『だいなまいとぼでー』を堪能させてあげるからさ、もちろん服ありのおさわり厳禁だけど、それで水に流さない?! ほら、猿も木から落ちるって言うじゃない?」
俺はため息を吐きながら彼女の肩に手をのせる。
「もしお前が毛皮をボロボロにしていたら、俺達は喜介さんの手によって阿鼻叫喚の地獄絵図になっていたぞ? なあ、想像できるか?」
ブルリとナズナ、ついでに梅次郎が震える。それもいたしかたない。喜介さんのお仕置きはそれほどまでに凶悪で陰湿で、それでいて痛くて熱くて冷たくて苦しくて……思い出しただけでも足が震える。何よりも怖いのはあの地獄を笑顔でおこなう喜介さん自身だ。初めてお仕置きをされた時は、鬼が人の皮をかぶっているんじゃないかと疑った。今なら言える、あれは鬼だ。間違っていない。
「うぇぇ、ごめんなさい。反省しています。次は気をつけます……」
彼女は本気で反省したようだ。少し涙声になりながらそう言うと、俺たちに頭を下げる。俺はため息をつきながら彼女の頭の上に手をのせ、髪がぼさぼさになるように頭を撫でた。
「……まぁ俺も先に火は使ってはダメと言っておけば良かったってのもあるし、もういいよ」
上目づかいでこちらを覗き込むナズナに俺は笑顔を浮かべ、横に行くと背中を叩いた。
「ほら兎も仕留めたし帰ろうか」
そんな様子を見ていた梅次郎は何かをポツリとつぶやいた。
「ふむ、やはり――殿は甘――ござるな」
「ん? 梅次郎、なんか言ったか?」
「いや、何でもござらん。腹も減ったし帰るとしよう」
俺達はすぐさま村に戻るとすぐに師匠の元へ向かい報告する。一応明日までに有ればいいとは言われていたが、早めに渡しておいた方が良いだろうと思ったためだ。
「うん、おかえり。その様子だと取れたようだね」
梅次郎は頷くとマイルームから毛皮を取り出すと師匠に渡す。師匠はそれを手に取ると満足そうに頷いた。
「うん、いいねぇ。そう言えばやけにナズナがおとなしいけれど、何かあったのかい?」
「ギクゥ! や、やだなぁ師匠。あたしはいつもと変わらないうら若き乙女ナズナちゃんですよ?」
ちらりと隣のナズナを見つめる。ナズナは期待を込めた目でこちらを見つめ返してくる。多分早く助け舟出してよと言っているのだろう。つか、さりげなくウインクするな。
「特に何事もなく簡単に捕まえましたよ?」
「簡単、ねぇ? 擬態で有名な七色兎をかい?」
「それもこれも音吉殿の魔眼のおかげでござるな。正直、音吉殿がいなければ捕まえるのは困難極まりなかった」
俺は自分の前に手をかざす。そして手に魔力を込めると、俺の手から白い靄が生まれた。
「真理の魔眼か。僕が生きている間に所持している人を見ることが出来るなんてね」
真理の魔眼。それは俺のこの目の名前だそうだ。本来人やエルフや獣人、はたまた魔族でさえも魔力を視覚化出来ないらしい。真理の魔眼はソレが出来る。しかもそれだけではない。なんと魔法で起こされた幻術を見破ることが出来るのだ。それゆえにこの目は真理の魔眼と呼ばれるらしい。
「あーあ、羨ましい。あたしに一つ分けてくらないかしら……代わりにあたしの目一つあげるから」
「なわけないだろう。絶対いやだよ」
ちなみにこの目を持って生まれることは非常にまれで、この世界でも千年前に一人いた程度だとか。
「うんうん。僕でも七色兎は捕まえるのが難しいと言うのに、皆よく頑張ったよ。よし、今日は鍋にしようか」
「うっひょー! ししょー超イケメン! さああぁ! 今すぐ準備しましょう準備! ほら音吉、準備よ準備。ほら早く!」
俺はナズナに腕を引っ張ら出ながら頭を下げると部屋から出ていく。そして厨房まで連れてこられた。