05
(まぶ……しい?)
腕で影を作り日差しを遮ると、ゆっくり目を開ける。そして体を起して辺りを見回した。
「此処は何処だよ……」
慣れ親しんだベッドではない。自分が寝ていたのは灰色の布団で、上には薄い掛け布団がかけられていた。
周りは踏み慣れたフローリングでもない。俺の家には一切和室なんかない筈なのに、周りには畳が敷いてある。
そして辺りの壁は完全に木だ。壁紙は貼られていなくて木目が見える。天井には電灯が無くて、何かをひっかける為のだろう、鉄で出来たS字フックがぶらさがっていた。
横にかけられているカーテンは雑巾のようにボロボロで、それもかなり薄い。また所々破れているせいでカーテンとしての役割をしっかり果たせていないように見える。だって窓からの日差しは俺に降り注いでいるし。
「――――――!」
俺は声が聞こえてそちらに目を向ける。そこに居たのは橙色の着物を着た女性だった。十代前半だろうか。少しあどけない顔に黒い髪に黒い目。パッと見た限りでは純日本人のように見えるが、彼女の口から発せられる言葉によって、ここが日本でないことははっきり分かった。
「え?」
「っ、――! ――――――?」
彼女は何らかの言葉を発しているようだったけど、それは日本語では無かった。また英語でもなかった。
「な、何を言ってるのか分かりません。あ、アイドンノウ」
僕がそう言うと彼女は踵を返し、部屋から出ていく。そしてなにかを大声で叫んだ。
「――――! ――――!」
俺はどうしていいか分からず、その場でほうける事しかできなかった。
少しして彼女は部屋に戻ってきた。それも40代くらいの男性をつれて。彼は身長180は超えているだろう。灰色の着物を着ていて、手には水筒のようなものを持っていた。
「――――」
「――――」
彼らは俺を見ながら何かを話しあっている。俺はどうしていいか分からず、とりあえず声をかけて見た。
「あの? こんにちわ」
俺の言葉を聞いたのか聞いていないのか、その男性は懐から巾着を取り出す。そしてベージュ色の飴玉みたいなものを俺に差し出した。
(これを俺にどうしろと?)
彼はその玉を持ち上げ、口を開いた。そして口に入れる寸前で手を引き、また俺に渡してくる。
(え、なんだ? 飲めってことか?)
俺はとりあえず玉を受け取って、ソレをじっと見つめる。形はそこらへんに落ちている石ころのようにいびつで、表面がざらざらしている。
(毒じゃないよな?)
俺は鼻まで持ち上げると匂いを嗅ぐ。だけど匂いは無い。俺は光に当てて見たけど、なんらわかることは無かった。
「――――!」
不意に女性の声が聞こえたかと思うと、俺は手を抑えられ布団に押し倒される。そのまま彼女は俺に馬乗りし、手に持っていた玉を奪う。
(ちょ、コイツ本当に女かよ!? 本気を出しているのにびくともしない!)
信じられないことに彼女は俺の両手を、ほっそりした左腕一本で押さえていた。それも俺が出来る限りの力を入れても不動で、まるで巨大な岩に固定されているかのようだった。
(クッソなんだこの女は!? 中学生ぐらいだよな……っておい、ちょっとまて近づいてるっ!)
可愛い女性と密着。言葉だけでは思春期男性が羨望する状況かもしれないが、今の俺はそうではない。徐々にその玉が俺に近づいていたからだ。
俺は近づくその玉を見て首を振るも彼女は止まることは無かった。
彼女は右手で簡単に口をこじ開けると、玉を口に入れた。そして入れるのと同時に彼女は鼻と口を抑える。
(絶対に飲むこむものか!)
布団の上で俺達は暴れていたが、不意に彼女は俺の押さえていた手を離すと、脇に手を伸ばす。
そして彼女は俺の体をくすぐり始めた。
(や、止めろ、くすぐりは卑怯だ)
ゴクリ。俺の喉から玉を飲み込む音が聞こえる。俺は舌で恐る恐る口の中を探すも、その玉はやっぱり見つからなかった。予想通り飲み込んでしまったようだ。
「くっそぉ、な、何するんだっ! くすぐりは卑怯だぞ。飲み込んじまったじゃないか!」
「あたしの言葉、分かる?」
「分かるに決まっているだ……え? 言葉が通じる!?」
目の前の少女は見せつけるようにため息を吐き、やれやれと首を左右に振った。
「ったくどこかのだれかさんが抵抗するから。まったく、さっさと飲み込なさいよ。わざわざ飲み込ませたてあげたのに文句を言われるし……手間かけさせないで」
俺の上に馬乗りになっている彼女に、上から目線でそんな事を言われてしまえば、少しだけムッとしてしまうのは仕方がないだろう。俺は彼女を押しのけようと体に力を入れる。しかし彼女はびくともしなかった。
「クッソ、元はと言えばお前が無理矢理飲ませようとしたのが原因だろう、そんなことされたら不審に思って当然だ!」
「不審に思うとこなんて全くないじゃない。それにこぉぉんなにも可愛らしくて美人でやさしいあたしが、飲ませてあげたのよ? 感謝されたって良いぐらいよ」
手で彼女を押し飛ばそうと思い、力を込める。だれど、圧倒的に力は彼女に負けているようで一向に動く気配がない。
「よく言うぜ、人を抑え込んで無理矢理突っ込んだ癖に。可愛らしい? 優しい? どこが――」
「お前たち」
俺と馬乗りになっている女性は同時に男性を見つめる。
「布団の上でいちゃいちゃするのは構わないけれど、それは私のいない所でやってくれないかな?」
俺達は顔を見合わせる。布団の上、かわいい? 女の子、腕が絡み合う、馬乗り。
俺達は同時に顔を真っ赤にし、慌てて離れた。