04
玉響 花香 (たまゆら かこう) 語り手。日本刀を持つ長身の女性。
細流 瑛華 (せせらぎ えいか) 湊の学校の生徒会長。
柳原 皐 (やなぎはら さつき) ○学生にしか見えない少女。
私は刀をマイルームにしまいながら、細流先輩の電話が終わるのをまつ。隣では皐先輩が髪をいじりながら、暇そうにスマホを触っていた。
「諜報部から連絡があった。此処から南西700メートル。住宅地の真ん中だそうだ」
通話を終えた細流先輩の口から出たのは『穴』の発生場所だった。
「住宅地って……本当ですか!?」
私は思わず大きな声を出してしまった。住宅地なんて人通りのある所に『穴』が出来てしまったら、最悪が起こる可能性がある。
「ええ、でも安心するといい。魔物とケイオスの気配は無く、人払いの魔法は発動済みだそうだ」
「なぁんだ。もう人払いはすんでるの。ならゆっくり行っても安心じゃね?」
皐先輩は、どうも緊張感にかけている。こちらの地区に来て数ヶ月も経過していたけれど、彼女の性格と私の性格の相性が悪いようで、どうも仲良くなれない。それは細流先輩も同じようなものだが、皐先輩よりは親交を深めることが出来ていると思う。細流先輩とは学校も、学年も違うのだけど。
「事は迅速に対応するのがよろしいかと思いますが。逆に穴から何が出るか分かりませんし」
「あーあ、言われてみればそうね。滅多にないけど。だったらさっさといって、さっさと終わらせましょ。あたし本の続き早く読みたいしぃ」
はぁ、と心の中でため息をつく。皐先輩には言いたい事が多い。
まず先輩は責任感が無さ過ぎる。私たちのしていることは警察や軍隊よりも重要な事で、都市が崩壊する恐れのある事だ。
それに言葉遣いをしっかりしてほしい。学園では猫を被ってるため品性高潔であるようにみえるが、どうして仕事やプライベートになるとそんなに胡乱な人になってしまうのだろうか。
「皐も花香も帰るといい。その場所は人払いの魔法をかけ終わったそうだし、後は穴をふさぐだけときた。私一人で十分だろう」
「いえ、細流先輩。ここはわたくしが参ります。お二方の手を煩わせるまでもありません」
先輩はそう言っているけれど、ここは一番年下である私が動くべきだろう。そう思って言ったのだが、なぜか先輩達は大きくため息をついた。
「花香、気にしなくていいぞ? お前はいつも頑張っているんだから、たまには休むといい。うん、家に帰ってナンプレなんかどうだろうか。君にピッタリだと思う」
そう言って細流先輩はスカートのポケットから何かを取り出そうとする。先輩はナンプレを持ち歩いているのだろうか。以前はクロスワードではなかったか?
「いえ、結構です。暇なときは勉学に励むか体を動かしていますので。それに今は一刻をあらそう時では?」
細流先輩は、皐先輩より信頼のできる方だが、どこか抜けているっと言うか、不思議と言うか掴みどころがないと言うか……。
「とりあえず、あたし帰るよ? もう『穴』も見つかってるみたいだしぃ」
「ああ、構わない。それと花香、お前も帰るといい」
「いえ、私が塞いでまいります。細流先輩こそお帰り下さい」
数度の押し問答をへて、先に折れたのは細流先輩だった。細流先輩はなぜか帰らずに待っていた皐先輩とともに帰路に付いた。
かわりに私は『穴』のある場所へ向かう。
細流先輩が言っていた場所には確かに人払いの結界魔法がかけてあった。
一般の人間であれば、無意識のうちにこの場所から遠ざかろうとしてしまうだろう。特に穴の中心に行けばいくほど。これなら何も問題はなさそうだった。
万が一この場所に踏み入れてしまっても、穴に落ちるためには『魔力を認識し、扱えなければ』ならない。だから今の日本にはほぼ落ちる人はいない。落ちる人がいるとすれば、それは魔法使いとしての才能が群をぬいている人だけだ。
目を凝らし穴を見つめる。半径2メートルほどだろうか。思ったよりも大きいが、私の魔力であれば難なく塞ぐことが出来る。私が穴をふさぐために魔力を練り上げ、そして放出しようとした時だった。
(……あれはなんだ?)
私は一旦魔力を散らすと穴を通り過ぎ、その横で風でひらひらとなびく白い何かに近寄る。近くで見て分かったが、それはどこにでもあるビニール袋だった。
(中に何か入ってる?)
そこに会ったのはスーパーかコンビニで買ったのだろう、弁当だった。
(誰かが落としたのか? ないと思う。人払いの結界はしっかり発動していた。誰かが置き忘れた? でもこんな場所に置き忘れる?)
嫌な予感を感じながら私は弁当に触れる。
「あたたかい……まさか!?」
私は穴を見つめ、今度は辺りを見回す。いまこのあたりには人の気配がない。有るのは異世界への『穴』。そして、いまだ温かい弁当。
私の体から血の気が引いていくのが分かった。
誰かが『落ちた』かもしれない。