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「花香、先輩から聞いたか?」
マンティクエイクを相手どるのはつらい。どうしても花香に作戦を伝えるために、瑛華先輩と二人一時戦線離脱していたが、その間俺は何度死にかけただろうか。皐先輩の土魔法での援護がなければ、地面に倒れ伏していたかもしれない。
「ああ。それにしても良くマンティクエイクのあの防御を見破ったな」
「……この目のおかげさ。そんなことよりも……片腕はまだ痛むか……?」
明らかに過剰な魔力が左腕に集まっている。俺も怪我をした時によくやる行為だ。
「……分かってしまうか。だが気にしなくていい。お前の胸ぐらいだ」
ふふっと思わず笑いが漏れる。一応、俺も重症である。無理して動いてるから何とか動けるだけだ。
「ならさっさと終わらせて休まないとな……行けるか?」
「ああ、いつでも行ける!」
(それじゃぁ、任せたぜ)
俺は花香の前に出ると、魔法陣を発動させる。同時に花香はマンティクエイクとは別の方向に駆けだした。
「土遁 ― 貫 ―」
瞬間、俺の前の地面に魔法陣が形成されると、そこから地面が盛り上がり土の塊が宙に浮かぶ。そしてその土の塊がまるでドリルのように螺旋を描きながら尖ると、マンティクエイクに向かって回転しながら飛んで行った。俺は魔法を発動させると、すぐさまその後ろを駆ける。
マンティクエイクの絶空魔壁は、もちろんその土の塊を受け切れない。だから確実に避けるか尻尾で撃ち落としに来るだろう。
俺の考えは当たっていた。マンティクエイクは尻尾をその土遁にぶつけることで攻撃を回避した。だけど、土遁を破っても俺がすぐ後ろに居る。
マンティクエイクは、すぐに片手を振りかぶり、俺を引っ掻こうとする。俺は脇差で攻撃……するふりをして大きく跳躍した。もちろんマンティクエイクのその攻撃は回避できた。しかしマンティクエイクは大きく口を開けるとその場でハウリングをした。
「ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」
空気が震え、俺の鼓膜だけじゃなく体全体がビリビリと振動する。その口は大きく開かれまるで鮫のような3列に並ぶ鋭い牙が覗く。
喰らってやる、かかってこい。そう言われているようだった。
だけど俺は愚鈍に攻撃なんかしない。筋力も魔力も相手が倍以上多いのにそんなまねは出来なかった。
(どう考えても俺よりはお前の方が強いだろう。だけど――)
「俺は一人じゃないんだぞ?」
不意に横から魔法が飛んでくる。それは皐さんの土魔法だった。まるで矢じりのように先のとがった石が、まるで剛腕ピッチャーに投げられでもしたかのように高速で飛んでいく。
「これならあんたもその尻尾で防ぐしかないでしょ? もうネタはわかってんだかんね」
マンティクエイクはすぐに尻尾を動かしてその魔法から身を守ろうとする。
果たしてそれでいいのか?
「ふふ、それならばこちらの攻撃を防げるかな?」
土魔法がマンティクエイクに飛んで行くとき、反対側からも一つの魔法が発動していた。それは瑛華先輩の氷塊だ。本来なら左右同時の攻撃が望ましいが、これだけそろっていれば十分だろう。
さあ、俺の考えた作戦はいたってシンプルである。いかに相手の尻尾が強力な盾であろうと、いかに両腕が剛腕であろうと、多方向から同時に攻撃されれば防ぐことは出来ないのだ。
左右の魔法。前方上空の俺。
「さあ、どうする?」
マンティクエイクは一瞬静止したが防ぎきれないと判断したのだろうか。開いていた口を閉じると後ろへ跳躍した。
瑛華先輩と皐さんの魔法はぶつかり合う。トラックが正面衝突すればこんな音になるだろうか。辺りにマンティクエイクの咆哮に負けないぐらいの音が響き、辺りを震わせる。魔法を後退することで避けてしまったマンティクエイクを見て思わずにやりと笑ってしまった。
「そう来ると、思ったよ」
下がったマンティクエイクの横から一人の女性が飛び出す。彼女は鞘に溜めた魔力を解き放ち、目にもとまらぬ速さで一閃する。
居合 ― 瞬 ―
花香の放った斬撃は、今までの攻撃のなかで一番アイツにダメージを与えられただろう。それは顔に刻まれた一筋の線と、もう光をともすことのないだろう片目を見れば明らかだった。
「仕留めそこなったか……」
「ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」
マンティクエイクは大きく咆哮する。俺は瑛華先輩達の魔法の残骸をよけ地面に着地した。そしてクナイを構え、いつでも飛びかかれるように腰を落とす。
本当であれば今すぐにでも飛びかかりたかった。今は片目をつぶしたチャンスの時である。だけどそんなことは出来なかった。
(くそ。なんて魔力だ……!)
マンティクエイクは吠えながら自身を魔力で覆っている。今突っ込むのは明らかに危険でただの無謀だ。せめて先輩達の魔法詠唱が終わるまでは攻められない。
不意に爆発するような魔力放出がおこる。それはマンティクエイクの物だった。どこに溜めていたのか、溢れ出る魔力。俺たちの体の横を通り過ぎ、木々を揺らし、壁を突き抜け、やがて大気と混じり合う。
その魔力の放出と同時に俺達は一人を除いて言葉を失った。
「は、はははははっ!」
俺も、花香も皐さんも言葉を失った。唯一笑っているのは頭のネジが外れていそうな(多分外れているのだろう)、瑛華先輩だけだった。
(嘘だろう……なんだよこれは!?)
「ヴォオオォォォォォォオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!」
マンティクエイクは口を開き血走った片目で花香を睨みつける。まるで今すぐ食ってやるとでも言いたげな目だった。そしてあの体が、まるで赤い蛍光塗料を塗りたくったように光り輝いている。そして何より――
「飛べるのか……」
マンティクエイクは圧倒的な魔力を纏い、赤く光り輝きながら宙に浮いていた。
(マンティコアと違って飛べないと思っていたが、飛べたのか。いや、アレは正確に言えば念動力を使った浮遊なのだろう)
マンティクエイクは空を駆けるように、花香に向かって飛んで行く。俺はすぐさま走りだし、ショックから立ち直りきれていない花香の元へ急いだ。
(サイコキネシスを使っている時点で、空を飛ぶこと事が可能な事を俺は何故気がつかなかった?)
思えば初めから疑問はあった。良く似たマンティコアと言うモンスターは飛行しながら戦うが、このマンティクエイクには翼が無かった。でもマンティクエイクよりも上のモンスターと聞かされて、飛行能力は退化したのかなんて思うこと自体が間違っていたのだ。
翼なんか無くても飛行できると考えなければならなかった。
「花香!」
呆然としている花香へ、上空から尻尾攻撃しようとしてるマンティクエイクに向かって跳躍する。また俺の跳躍と同時に、花香の後ろから皐さんの発動させた土魔法が飛んできた。
マンティクエイクは攻撃を止め大きく身をひるがえしながら尻尾でその土の塊を破壊する。そして俺には鋭い爪でひっかいてきたため、俺はそれにクナイを合わせた。
(やばい、吹き飛ばされる!)
俺は力を少し抜いて、わざと吹き飛ばされる。そして受け身を取りながら地面に降りた。
花香は俺のもとに走ってくるとその手を伸ばす。俺は彼女の手を取り立ち上がると、二人で後ろに跳躍した。瞬間、俺たちのいた場所にマンティクエイクの尻尾が落ちる。
「今までは本気じゃなかったと言うことか……」
ポツリと花香が呟く。彼女に与えたショックは絶大だったようだ。
「ちょっと苦しい展開だが、まだ勝機はある」
「本当か?」
「あいつはあの魔力を長時間維持できない筈だ。だからこそアイツは今まで地面で戦ってたんだ。だが今はなりふり構わず攻撃している。だから耐えきれれば俺たちが勝つ。それに魔力が少なくなれば隙は必ずできる筈だ。その時をねらって攻撃しよう。さっきと同じくトドメは任せた」
そう言うと花香は力強くうなづく。
だけど俺は心の中で舌打ちしていた。
(花香にああ言っちまったけどな……)
確かにマンティクエイクはありえないぐらいに魔力を消費している。それも現在進行形だ。だけど俺たちは既にかなり消耗している。
(長期戦になったら負けるのは俺達かもしれないんだよな)
どちらが先に尽きるか……もう分からない。出来る事なら俺達が倒れる前に決着をつけたいが、無理な話だろう。
俺は走り出すとマンティクエイクの真下にクナイを飛ばす。そしてそこに魔法陣を作り上げると、魔法を発動させた。
「撃ち落とせ、土遁 ― 貫 ―」
もちろんただの土遁では避けられることは確実だ。だが
「――――ヅォルツヴェイグ・エヴェリヴァイツ」
先輩達からの魔法が有る。これなら少しは体制を崩せるのではないだろうか?
と、マンティクエイクは何かを感じ取ったのか、びくりと体を震わせると、先輩の氷の刃を破壊しながら、俺の土遁の回避行動をとる。そして俺たちとは反対側を見つめた。
(かわされたか……。でもなんでだ?)
花香が俺の横に駆けてくると、依然として反対側を見つめるマンティコアを射るように見つめた。
「音吉、マンティクエイクに何かあったのか?」
「分からない……」
そう俺達が疑問を持ったのは数秒ほどだった。その理由が分かったからだ。
「おいおい、嘘だろう!? こんなときにかよっ!?」
俺はそれを見て思わず叫んでしまった。
「頼む、もう何も起こらないでくれ……」
花香は祈るようにそう呟く。その気持ちはよくわかる。
マンティクエイクの視線の先。そこには新たな『穴』が生まれたのだ。その穴からはすうっと風が吹きだすと、そこからヴォーアで良く見たことのある数体のモンスターが出現する。
(豆鬼か。弱いっちゃ弱いが……今はマンティクエイクがいる。隙をつかれればやられてしまうかもしれない)
豆鬼達は小さな棍棒を手に持ち、辺りをきょろきょろうかがう。そして俺達を見つけると、小走りでこちらにかけて来た。
「来るぞ……私は先にあいつらを始末しよう」
花香がそうするなら俺はどう動く? マンティクエイクをけん制するか? いや、それよりも早く穴をふさがなければ。マンティクエイクの出てきた穴は、皐さんが閉じてくれたみたいだからそっちは考えなくていい。でも出来たばかりの穴は塞がっていないし、まだ何かが出てくれる可能性がある。
そう思った時だった。黒い何かがふっとこちらの世界に入ってきたのは。
(また何か入ってきたか……しかし、なんだあれ?)
その黒い影はまるで猫のように素早く移動すると、まるで舞うようにして手に持っていた黒光りする何かをふるう。すると辺りにいた子鬼たちの首が地面に落ちていき、10秒もせずに全て地面に落ちた。
また影が全ての首を落とすと同時に、ヴォーアへの穴がふさがっていく。花香はその暴れる影を見て呆然とつぶやいた。
「な、なんだ? もしや……新手の敵か? マンティクエイクがいると言うのに、あんな素早いヤツの攻撃を捌けるのか……?」
「いやちがう。違うぞ花香。これは……」
俺はそのとても見覚えのある赤黒色の忍装束に、俺はこれ以上ないくらいに安堵していた。それどころか嬉しさで叫びだしそうだった。
「マジかよ……嘘だろ…………なんてタイミングだよ!」
豆鬼をせん滅し終えた彼女は跳躍し、もう光の灯っていない電灯の上に立つ。そして月を背景に俺が見慣れた中段の構えを取った。
「光あるところに悪はあり!」
――その女性はいつだって問題を持ち込むトラブルメーカーで――
「悪あるところに忍びあり!」
――忍者である筈なのに、なぜか全く忍ぶことはなく――
「我が目の黒いうち、決して許さんその悪を!」
――あろうことか魔物の前で決め台詞と自己紹介を始めるアホで――
「完全無欠で才色兼備の超絶美少女!」
――完全無欠で才色兼備の超絶美少女なんて、さらりと嘘を混ぜるようなヤツでもあるが――
「くのいちナズナ、華麗に推参!」
――今の俺達にとってはこれ以上ない援軍だった――