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「ヴォオオオオオオオオオオ」
俺はクナイを捻じりながら引き抜くと大きく飛び退く。マンティクエイクの片足からは真っ赤な血がとめどなく溢れ足元を血で染めた。
(花香は!?)
俺は大きく後退すると、花香とマンティクエイクが一緒に見えるように視線を動かす。
花香は左腕から血を流しているようだったが、皐先輩の回復魔法が発動しているし、目がしっかりとマンティクエイクに向いているので多分大丈夫だろう。
俺はマンティクエイクに視線を集中させると、俺を射んばかりに睨んできた。マンティクエイクは魔力を足に溜めることで血の流出を防いだようだ。だが治ったわけではない。
(それにしてもなんだったんだ、あの突き破るような感覚は?)
マンティクエイクは大きく跳躍するとまた尻尾を振りかぶり俺に当てようとしてくる。
(それはもう見きっ……え?)
俺は後退してかわそうとしていたが、それは間違いだった。マンティクエイクの攻撃はフェイントだった、マンティクエイクは尻尾をまるで別の生き物のように動かし、叩きつけることなく綺麗に着地する。そして高速で前進し、俺にその手で引っ掻いてきた。
(なんだよこの動きは! 卑怯だろうっ!)
「土遁の術!」
尻尾の攻撃だろうと勘違いし回避行動を行っていたため、避けるのは無理だった。俺はとっさに循環させていた魔力で土壁を作る。だけど、それは余り意味はなかった。土壁を突き破るマンティコアの爪に強化したクナイをあて、最低限の防御をした。
(グッ! ああぁぁ!)
強く地面にたたきつけられたことの所為か、俺は呼吸が出来なくなる。だけど、そのまま地面に転がっていられない。既に目の前にはマンティクエイクの尻尾が迫っていた。
俺はただただゴロゴロと横に転がる。立ち上がっている暇はなかった。
巨大な爆発音と同時に尻尾が地面にめり込む。何とかその攻撃は免れたものの、ピンチには変わりなかった。俺はすぐに立ち上がり、飛び退こうとしたときに胸に鋭い痛みが走った。
(こりゃ骨折れてるわ……)
俺は痛みに耐えながら跳びあがる。そして大きく下がると、入れ替わるように瑛華先輩の氷の刃が飛んで行った。
(アレも尻尾で防ぐか、ははっ)
俺は何とか瑛華先輩の所へ行くと、先輩は氷の刃の乱射を止め、俺に回復魔法をかけてくれる。
「大丈夫か?」
「大丈夫です。それよりも先輩。魔力は大丈夫ですか?」
先ほどから連続で大きな魔法を使っているが、大丈夫だろうか? 俺の目には減ってきている彼女の魔力が見えていた。
「魔力マッサージしてもらってからすこぶる調子が良くてな。また頼みたいのだが、音吉はいつがあいてるんだ?」
「そうですね……先輩の頼みですし、生きて帰れたらいつでも開けますよ」
「そうか。じゃぁ毎日頼むぞ」
軽口をたたく俺たちだが、先輩の表情は未だ不安そうだ。多分俺の骨が折れているのが分かっているのだろう。だが完全に回復させるのは、魔法をもってしても難しい。それに……。
「ヴォオオオオオオオオオオ」
アイツが時間をくれないだろう。俺はすぐに先輩を抱えると大きく跳躍する。胸が痛むが気にしていられない。
(今度はフェイントに引っかかるわけにはいかない。今は俺だけじゃない。先輩も抱えているんだから)
不意に先輩は右手に青い魔力を集める。多分迎撃しようとしているのだろう。
「ヅォルツヴェイグ!」
俺の後ろに一瞬冷気が集まるも、それはすぐに無くなった。多分氷の刃がアイツに向かって飛んで行ったのだろう。
「またか……」
先輩の呟く声が気になり、俺は後ろを見る。そこには氷の刃を迎撃するマンティクエイクの姿が有った。
「何かあったんですか?」
「いや、さっきも思ったが尻尾が不自然な動きをしてな……」
それはさっきの俺がダメージを受ける時の事だろう。
「身体強化ではありえない動きですよね」
「ああ、まるで尻尾とは切り離されて動いているように見える……繋がってないみたいだ」
切り離されて動いている? でも確かに尻尾と言うよりは独立した何かのような動きだ。猫の尻尾のようだと花香は例えていたけど、猫は一回転しながら重い尻尾を叩きつけてきたりはしない。
(何かが引っかかる)
身体強化では無理だ。ならばどうやってあの動きを実現させる? 実は尻尾と体は本当に切り離されて動いているのだとすれば?
(そんなまさか。そんな魔法聞いたことが無い)
ならどうやってあの動きを実現させると言うのだ? まるで重さを感じない動きの時もあれば、叩きつける時のように重さを感じる攻撃の時もある。
(そういやアイツ、尻尾を地面につけず、ずっと浮遊させてるよな。あんな重いのをどうやって持ち続けられるんだ? ん、ちょっと待て?)
……浮遊? 物体を浮遊させる。そう言えばどこかでそんな魔法を話したことが有るような………………。
――いずれ僕は超能力で自由に物を浮遊させてみせるからね、っとじゃぁ僕は行くね――
不意に俺は柿原と会話が俺の頭によみがえる。
――なぁもし超能力や魔法とかが有るとすれば、柿原はどんな事をしたい?――
――そうだね。ありきたりだけど物を浮遊させてみたいね――
(あれ? 浮遊させる、浮遊。超能力……!?)
「あぁあああああー!」
(そうだ、そう考えれば全てに納得がいく。あの尻尾の動きも、あの俊足も!)
「ん? どうした?」
(火球や風魔法は防げるか? いや、確実に防げる。それで防げない攻撃を尻尾と爪で対応していたのか)
「分かりました。マンティクエイクの使っている魔法が」
「なんだと?」
マンティクエイクは確かに多少身体強化も使っている。だけど、それは尻尾には使っていない。尻尾に使っているのはあの魔法だ。
「念動力です」
「念動力? あれが? いやまさか」
「いえ確実にそうです。念動力自体は知っていますよね? 物体を浮遊させ自在に動かす魔法です。アレは尻尾を尻尾として動かしていないんです。アレは念動力で尻尾を動かしているんです」
あの不自然な動きも、俊足の動きもサイコキネシスで尻尾を動かしているから出来る芸当なのだ。でなければ尻尾が足かせになって動きが鈍ってしまう筈なのだ。
「……分かった。確かにそれならばあの尻尾の動きには説明がつく、だがそれならなぜ私たちの攻撃は通らないんだ? サイコキネシスで攻撃を防御なんて出来るのか? サイコキネシスは物を動かす魔法だろう?」
がぁんと言うにぶい音が聞こえ、地面が振動する。俺は音の発生源の方を見つめると、そこでは花香と皐さんが戦闘しているようだった。
「それの説明ですが、ちょっと前置きを話させてください。サイコキネシスは魔力で物を包み込み、その魔力を動かすことで浮遊させたり移動させたりしていますよね。その魔力の動きはとても身体強化に似ていて、俺は気がつきませんでしたが」
魔力の包み込む見た目はほぼ身体強化と大差ない。更には身体強化も同時に発動されては気がつかないのはしかたないだろう。
「さて、サイコキネシスで包み込む魔力は実は空気も操作できるんです。アイツは魔力と自分の周りの空気をありえないぐらいに操作しいて、火球や風の攻撃を打ち消してるんです。拒絶する魔力と空気の壁……絶空魔壁とでもいえばいいのですかね。だからアイツに風魔法と炎魔法はほぼ効かない」
「なるほど……」
「ついでに言えば一部の水魔法も多分ききません。水球なんかは直撃させても絶空魔壁によって攻撃が分散されて、本体にダメージは無い」
「ならばどう戦うと言うのだ?」
「でもその絶空魔壁にはいくつか弱点があります。俺達はそれをついて攻撃すればいいんです」
(さて、散々やられっぱなしだった。だけどネタさえわかってしまえば……)
「実は絶空魔壁は一点突破の攻撃にとても弱いんです。それをカバーしているのがあの尻尾と爪なんかです」
「尻尾と爪でカバーだと?」
「ええ、特に尻尾は絶空魔壁で受け切れない攻撃を全て捌いているんです。だから花香の刀の直接攻撃は尻尾や爪で受けていたでしょう?」
そう、花香の空気の刃である鎌鼬には全く関心を示さず、直撃しているように見えた。だけどそれは厳密には直撃したように見えて絶空魔壁に阻まれていた。もしかしたら絶空魔壁がその鎌鼬を自分の制御下に置いたのかもしれない。もともとは同じ空気であり、異常なほど強い魔力を持つマンティクエイクなら出来てもおかしくは無い。
まあ、どちらにしろ風の刃ではアイツに届かない。
だけど刀自体の攻撃はどうか? 尻尾で受けたり、爪で弾いたり回避したりしていた。
「なるほど、いわれてみればそうだな。私の氷塊を尻尾で受けていたのはそれが理由か」
「ええ、そうです。絶空魔壁で守ることのできない攻撃は全て爪、尻尾そして回避行動をとります。絶空魔壁は風船みたいなものと考えればいいでしょうか。クナイや刀、鋭い氷やとがった岩は防御していた」
俺がクナイを突き刺すときに感じた感触は、絶空魔壁を破った感触だろう。
「なるほどな。そうなると表面積の大きい技だったり、絶空魔壁と相性が悪い風の魔法は使わない方が良いのだな。一点突破が効果的、か」
「ええそうです。それで、作戦が有るんですけど……」