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「あんたらさぁ……ずいぶん仲良くなってない?」
見周りの最中、皐先輩は急にそんな事を言い始めた。
「え、そうですか?」
見周りと言っても既に何回も経験してるし、不謹慎ではあるが雑談をしながら見回るぐらいにまでなれてしまった。そもそも見回り中に穴が開くことはほとんど稀だそうで、余り意味がないのだとか。じゃぁなんでやてるんですかねと俺は思う。
「そうよ。花香とは……いずれ仲良くなるだろうと思ってたけど、瑛華もなんだかすっげーあんたを信頼してるみたいだし。瑛華が言ってたわよ? 『音吉との関係? 体を預けられる関係だな』って笑いながら」
確かに魔力増強の際は体を預けられるが、けっしてやましいことはしていない。
「一応言わせてもらうと、変なことはしてませんよ?」
「わーってるわよ。そんなことしてたら、あんたの学校の副会長みたいになってるっつの」
副会長と言う言葉に俺は思わず反応する。最近瑛華先輩となにかしているとよく目が合う。
「え、副会長ってなんかしでかしたんですか?」
「しでかしたわよ。瑛華の騎士気取りのストーカーだったわね。瑛華はあんたが来て本当に安堵したと思うわぁ」
(そう言えば先輩が副会長の着信拒否しているとか言ってたな。あの先輩がそんなことするなんて、そうとうヤバいなにかやったんだろうなぁ)
「あんた、気をつけなさいよ? あんまり仲良くしてるとあのクズ嫉妬して襲ってくるかもしれないわよ?」
「まさか、そんな事はしないでしょ?」
「あんたねぇ、ちょっと想像してみなさい。自分の好きな人の所にずっと知らない男がいて、しかもその男は好きな人に笑顔を向けているのよ?」
ううーん。自分に好きな人はいないけど……。まぁ先輩や花香のそんな姿を見たらもやもやしそうだ。
「ってことで気をつけなさいよ? クズのいる所では少しだけ離れるとかして」
「それは無理そうですね。先輩最近何かするとき大抵俺の事呼ぶんで。そういえば最近知ったんですけど、生徒会役員内では先輩と俺が付き合ってるように見られてました」
まぁ孤高の存在(柿原と須藤さん談)としてウチの学校の頂点に立つ会長。そんな彼女が急に生徒会に入れた男性がいて、しかも何かするたびにその男性と行動を共にしていれば、そういうふうに見えるかもしれない。付き合ってないとしっかり否定しておいたけど。議長君は大笑いして会計さんはウソでしょって目をしていた。
「まぁあんたらは男女関係に見られるのね。ならまだマシじゃない。あたしらなんて禁断の関係に見られているらしいわ」
「え? 禁断の関係?」
「あたしと花香が付き合ってるなんて、根も葉もないうわさが一時期広まったのよ。んなわけないでしょ?」
「うわぁぁ……」
思わず声が漏れる。それはまた……ちょっと見て見たいかもしれないな。
「……なんであんた嬉しそうな顔してんのよ?」
「コホン、何でもないです」
「ふーん。まぁいいや。さてとこれで今日のノルマは終わりね」
先輩はそう言ってスマホを取り出すと何かを打ち始める。多分上に報告しているのだろう。
「さーて終わったわ。あんたこの後暇?」
「えっと暇っちゃ暇ですよ」
なんせ時間が時間だからだ。家に帰れば家事をする事も出来るが別にしなくても良い。
「そりゃ、こんな朝早ければそうよね」
スマホを取り出し時計を開く。
『04:10』
普通の人ならまだベッドで夢の世界だろう。
「ちょっと付き合わない?」
皐さんはそう言って近くのファーストフード店を指さした。
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「なんか皐さんがファーストフードって結構意外ですね」
カウンターで幾つかのハンバーガーと飲み物を購入した俺達は、店の隅にある小さな丸テーブルに向かい合って座った。時間も時間だからか客は一人しかおらず、そいつはソファーの上で横になっていた。
「あ? あんたはあたしがお嬢様に見えるわけ?」
背が低いけど気品があって、胸が小さいけど他人をひきつける何かを持っている。それに彼女が紅茶を飲む姿は優雅で、花香や瑛華先輩(なぜか瑛華先輩も優雅だ)と比べても遜色ない。
「ええ、言葉づかい以外は」
そう言うと皐さんは脱力しながら笑うと小さく首を振った。
「慣れたのかしらね。あたしは今でも添加物にまみれた料理を食いたくなることが有るわよ」
先輩の言葉が気になりながらも俺は相槌を打つ。
「確かにポテトチップスとか急に食べたくなりますね」
「まぁいいわ。さて、最近瑛華や花香とずいぶん仲が良いじゃない」
「えっと、それさっきもいいましたね」
確かに良く離すし、よく合うし、一緒に修行したり、一緒に勉強したり……。たしかに仲はいいか。
「ええ。でも今度は話の方向を変えるわ。……瑛華達に何かしたでしょう、明らかに強くなったわ」
「まぁ、魔力的な意味では、しました」
瑛華先輩と同じように花香や桂花にも同じように魔力パスをつなぐ作業をしている。花香たちは先輩と同じように、非常にアレで口に出すのが躊躇われる雰囲気になってしまった……と思い出すのはこの辺にしておこう。
「ふーん。……そういやさ、あんた魔力がみえんのよね?」
「そうですよ。はっきり見えます」
「あたしの魔力は見える、わよね?」
俺は魔力を目に集め彼女の体を見つめる。
「えっと…………見えてます」
しっかりと見えている。今すぐにでも目をそむけたくなるような光景が。
「じゃぁどんなふうに見える?」
不意に乾いた笑いが張り付いていた先輩の顔が、一瞬にして無表情に変わる。均整のとれた顔で小柄な先輩は、まるで人形みたいにも見えた。その渦巻いている魔力も相なって、とても人間には見えなかった。
「それ言って、良いんですか?」
「ええ、言いなさい」
口調も普段の砕けたものとは違い、しごく真面目だった。だから俺も少しだけ姿勢を正しはっきりと言った。
「そうですか。ならば言わせてもらいますけどグチャグチャです。こんな人は初めて見ました。異常です」
「ははっ……グチャグチャかぁ」
椅子にもたれかかり、乾いた笑いを浮かべる先輩笑っているのだけれど、目は光を反射しキラキラしていて、いつ滴が零れてもおかしくなさそうだった。
「そりゃあたしらしいわぁ。んで、あんた、誰かにそれ……喋った?」
「大きな魔力を秘めている、とは言いましたけど。人としてありえないほど魔力があって、それの流れがグチャグチャであることは誰にも言ってません」
「そ。ならさ、悪いんだけどそれ黙っててくんない? 特に……そうね、花香には。瑛華はもしかしたら把握してるかも知んないけど、一応」
「分かりました」
「悪いわね」
「いえ」
その後は何を離していいか分からず黙々と目の前のハンバーガーを片づける。さっきまではがつがつと食べていた先輩は味わうようにゆっくりと食べているようだった。
「あんたお腹すいてる?」
「まぁ少しは」
「ゴメン食べてくんない」
先輩は俺のトレーに一つのハンバーガーを置くとトレーを片づける。
「大丈夫……ですか?」
「あ? なに大丈夫に決まっているじゃない」
先輩の顔は明らかに店に入った時よりも青い。
「あたし、さきに帰るわ」
「先輩」
「あ?」
俺は後ろを向いた先輩を呼びとめる。先輩は首だけだがこちらに向けて足を止めてくれた。
「……理由を聞いても良いですか?」
「後悔するからやめときなさい」
そう言って先輩は後ろを向き、手を振りながら店を出て行く。振り返ることは無かった。