23
会計さんと別れ校長室へ行く。そこには既に先輩と校長先生がすわっていて、ロールケーキをつまみながら紅茶を飲んでいた。
「遅くなりました」
「いや、私も先ほど来た所だ。それほど待っていないさ」
「さあ、音吉君もそこに掛けて。今紅茶も準備するから」
「ありがとうございます」
(なんか生徒会に来て茶ばかり飲んでる気がするな……)
茶を飲むだけの仕事なら最高なのだが、そんな事は無いだろう。
「さて、まずは君の番号を登録しようか。スマホは?」
俺はスマホを取り出すとそれを見て先輩はふぅんと呟いた。
「花香と同じものを買ったのだな」
「正確に言えばジジイ……ではなかった、源三郎さんに貰ったんですけどね」
「ははっ、源三郎をジジイと言うか。これまた豪胆なやつだ」
「サブちゃんも気にいった相手じゃ素を出しますからね。そう解釈したと言うことは……?」
「ああ、認めたんだろう。さあ登録してくれ」
そう言って先輩は俺にはいと、スマホを差しだす。だけど俺はなぜスマホを差しだされたのか分からず頭を捻った。
「ほら、だから登録してくれ」
「……あの、今メッセージを送ったのでそれから登録すればいいんですけど?」
今先輩のスマホには俺から着信が有ったことを知らせるランプが付いている。あとはただアドレス帳に登録するだけだ。なぜ俺がやらなければならない?
「ああ、そうか。言い忘れていたか? 私は機械音痴なんだ。以前通話を覚えるために家を1件潰してしまったんだよ」
「ははっ、そんなまさか、何が起こればスマホで家が破壊されるんですか。機械が突然変異でもしでかしたんですか?」
と、俺が変な冗談に笑っていると前から校長先生が神妙な顔で口を開いた。
「湊君、お願い。登録してあげて。それ本当に有った話だから、笑えないの」
校長先生の迫力に押され、俺は先輩のスマホを受け取る。そして自分の番号を登録した。校長先生は冗談を言っている様子では無かった。とりあえず先輩に機械類を任せるのは止めよう。
「ああ、ありがとう。基本的に副会長からの連絡は君が受けることになるだろう、私には君が情報が重要かどうか判断してから回してくれ」
「って何ですかそれ? そう言えば副会長も同じようなことを言っていましたけど……」
「仕方がないだろう。副会長の着信を拒否しているんだから」
はぁ? と思わず声が出そうになるのを堪える。おいおい、同業者だろう? なんで拒否するんだよ?
「そう言うことで頼むぞ」
「あら、細流さんはずいぶんと湊君を信頼しているのね」
「ふふ。なに、彼には私のトップシークレットを知られてしまったからな。もう隠すものは無いさ」
「誤解を招く言い方はよしてください。ええ、先生。何も無いです。ただの先輩後輩の関係です」
先輩は、はっはっはと笑いながらロールケーキを口に入れる。甘そうな白いクリームが、パンからはみ出るのを見て俺も少しだけ食欲がわいた。
「ケーキ、頂きます」
「ええ、召し上がれ」
それから魔法ギルドについての疑問や、決まり事などを話しこみ1時間ほどした時、先輩はそう言えばと話を切り替える。
「そういえば、もうすぐテストと文化祭が始まるが、その時期は『穴』がかなりの頻度で発生する。しっかり開けておくんだぞ」
テストと言う言葉がガツンと頭に響く。花香に頼んで対策は一応しているが、不安はぬぐえない。
「あーはい。スケジュールは大丈夫ですよ。スケジュールは……」
「あら、スケジュール以外が駄目だとでも言いたいの?」
「ええ、特に勉強。テスト、ですね」
「なんだ? テストなぞ適当にすればそれなりの点数になるだろう?」
「ふふ、細流さんは例外でしょう? なんていったって2回目の高校生生活なのですから」
(え、いまなんて言った?)
「……すみません。余りに信じがたい言葉が聞こえたのですが、先輩って2回目の高校生活なんですか?」
「5年ぶり2回目だな、もう歴史なぞはほとんど覚えていなかったな」
年齢を考えると、高校100年生を超える先輩からすれば2回目の高校生活はありえるのだろう。一度しかない青春時代とは言われるが、エルフの先輩にとってはずーっと青春時代を過ごす事もできそうだ。見た目だけだが。
「俺もそんな状態ですよ。なにせ3年ヴォーアにいっていたので、習った事なんて頭から吹っ飛びました」
「なるほどね。でも、ゴメンなさい。湊君だけエコひいき出来るわけじゃないから、先生にはどうしようも無いわ」
「ええ、何とかしますよ。花香にもお願いしたし、何とかなるんじゃないかと思ってます。多分」
「ははっ、まあ私で良ければ付き合ってやろう。暇な日にでもな」
先輩は紅茶に手を伸ばし、カップに口に付ける。校長先生は茶を汲みに席を立った。
「凄くありがたいです。でも先輩にはして貰ってばかりなんですよね。なにか出来ることは無いですかね?」
「ふむ、今は特に無いな。生徒会関連ではいつか手伝ってもらうだろうが。他には……魔法訓練を手伝ってもらおうにも、私の魔力成長も止まってしまったし――」
(ん、何を言ってるんだ先輩は?)
「え、全然止まってないですよ? まだまだ潜在能力あるじゃないですか?」
「――はぁ、何だと?」
先輩は笑みを消し、立ち上がると俺の前に来る。そしてすこしだけかがむと真剣な表情で俺を見つめる。だんだんと近づくその顔と、服の隙間から見えるその白い谷間に俺はビビりながら、思っていた事を口にした。
「え、え、え? だってそんなに使ってない魔力回路だって有るし……パスをつなぎさえすれば引き出せる場所も増えるし……以前から思っていたんです。勿体無い使い方しているな、ってせ、先輩?」
先輩は俺の肩を掴むと、ゆっくり口を開いた。
「私の魔力がまだ増えると? そんな馬鹿な……」
「そ、そりゃ増えますよ? ちょっと刺激を与えて意識を向けられるようにすれ――」
「今すぐ出来るか?」
腕に込められた力が次第に強くなってくる。俺の肩はミシミシと悲鳴をあげ始めた。
助けて下さい、と校長先生に目線を送る。しかし、先生はこちらを見ることなく鼻歌を歌いながら紅茶を淹れていた。話すら聞いていなさそうだ。
「えっと、出来るには出来ますけど……あまりやりたくありません。それと此処で魔法の使用は禁止では?」
「そんなことはどうでも良い。それでさっき言ったことは嘘ではないよな? 嘘だったらお前の舌を引っこ抜くが、いいか?」
「う、嘘ついてどうするんですか。な、何なら後で時間をください。花香のとこにでも行って、パスを開通させましょう」
「よし。今から行くぞ」
「え、ええ? 瑛華先輩……?」
「何をしている。早く立て」
俺は腕を掴まれ、グッと引っ張られ立たされる。少し強引では無いだろうか?
校長先生はこちらに来ると不思議そうな顔をして俺らを見つめる。
「魔法訓練に行ってくる、悪いが皿を片づけてくれ」
(先輩が恐いんですけど……先生助けて下さい!)
俺は思いを視線に乗せ、先生を見つめる。
「分かったわ、いってらっしゃい。頑張ってね」
切なる思いは通じなかったのか、先生は屈託のない笑みを浮かべ俺達を送り出してくれた。