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さて、俺が玉響家に行ったことは、源三郎と知り合ったこと以外プラスになる事ばかりだった。まず魔法練習のために道場やらホールやら体育館やらだが、玉響財閥所持の場所は無料で借りれるようになった。
次にスマートフォン。玉響財閥が経営しているキャリア最新スマホを1台プレゼントしてもらえた。どうやら花香が俺のスマホが壊れた事を伝えたら、じじいが用意してくれたらしい。そのスマホの凄い所は、どれだけ電話を使っても料金は0であることだ。ちなみに花香、桂花とお揃いの機種である。
今度は勉強だ。花香に許可をもらっていたのだが、道場を利用させてもらった後に少し勉強を教えてくれるらしい。
そして一番俺的に嬉しかったのが、花香の口調が敬語では無くなったことだ。話しやすくなったし、仲良くなれた気がする。これは源三郎のおかげ……だろうか?
さて代わりにだが……俺は花香と桂花(ついでにジジイ)に稽古をつける約束をした。これは花香から直接頼まれただけではなく、ジジイが頭を下げて頼んできた。俺は勉強を教えてもらうから別に構わない。と言ったのだが、それでは気が済まない、と言うことで先に述べたスマホの利用料無料となった。
「ふぅ」
俺は自分のコップをテーブルの上に置くと、新品のスマホのアドレス帳を見つめる。
あの試合後、桂花から茶室で渡された物だ。それには俺が登録する前に既に3件のアドレスが登録されていた。
『玉響花香』 うん、分かる。すぐに登録しようと思っていた名前だ。
『玉響桂花』 うん、これから稽古するにあたって、連絡先ぐらい知っておくべきだ。
『漆黒の騎士★じぃ~じ』 ……。
削除を一瞬考えたが、何かが有るかもしれないので残しておいた方がいいだろう。そもそもアイツは全然漆黒では無い。髪は白髪交じりだったし、服も白かった。次に騎士と言っているが、刀を使うなら武士だろう? そして『★』。萌えアニメかよ。しかも『じぃ~じ』って何だよじじいでいいだろう。
それだけではない。名前の読み仮名の所に『あああああ』と入れているのも性質が悪い。このままだといろんな人をアドレス帳に登録したとしても、一番上に表示されるのは『漆黒の騎士★じぃ~じ』だ。自己主張激しすぎだろう、喧嘩売ってるのだろうか。
俺はじじいの名前を入れ直し、瑛華先輩の番号と魔法ギルドへの番号を登録する。
(後必要なのは……)
「葵、ちょっと父さんたちのアドレス教えてくれ」
テレビを見ながらスマホを触っている葵は、聞いていたのかいないのか、んーと声を出す。そして少しして俺に手招きをした。
俺は父さんたちのアドレスとついでに葵のアドレスを登録し、ふと思いついたことを聞いてみる。
「そう言えば……玉響桂花って知ってるか?」
花香が桂花は一つ下と言っていたから、多分妹と同じ年齢だろう。そして庶民で有りながらお嬢様学校へ行っている妹と、学校も同じはずだ。
「……桂花様? どうしてお兄ちゃんが桂花様を知ってるのよ?」
(さ、様付?)
「ああ、ちょいと意識不明になってた時に助けてもらっただけだよ」
ヴォーアに行っていた時の言い訳は、俺は頭を打って意識不明で入院していたことになっている。その時にお世話になったのは玉響病院という設定で。
(つか病院まであるとか、財閥って凄いな)
「うわぁ、ちょっと桂花様に迷惑かけるのは止めてよ。ウチの学校のトップの人よ? 容姿も勉学も運動も家も完璧。私が会話するのもおこがましいくらいなのに……」
ちなみにその人は俺の弟子です。お兄様って呼んできます。これから週2回は必ず会います。魔法に関係する事だから、口に出す事は出来ないのだけれど。
「へぇ、そんな人に助けられたのか……」
「次会っても話しかけないでね。失礼だから」
そう言って彼女はスマホを持ってソファーに寝転がる。そしてまたポチポチと何かを始めた。
妹は話しかけるなと言っていたが、仮に俺が桂花に助けられていたとすれば、会った時にお礼をいわないのは失礼に値すると思うのだが……まぁいいか。
親にスマホを買ったことのメッセージを送り、ふうと息をつく。柿原の登録は明日でいいだろう。
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「へぇ、湊にしちゃぁずいぶんと良い機種を買ったんだね?」
「ん、そうなのか?」
柿原が俺のスマホを見て言ったことはそれだった。
「気が付かないで買ったのかい? それ結構な値段だよ。羨ましいね、僕のと交換しないかい?」
無償で貰って利用料金もゼロ円です、とは口が裂けても言えない。
「結構だ。それにあんま気にせず買ったからな値段とか見てない」
「……ふぅん、まぁいいや。僕のアドレスだね」
俺は差し出された番号を登録していると、柿原は不意に何かを思い出したように話を始めた。
「そういえばさ、どうだったかい?」
「いや、何がだよ?」
あの変人との対話だろうか。まともに話しているのが馬鹿らしくなってくるレベルだった。
「生徒会に決まっているじゃないか。他に何が有るっていうんだい?」
そう言えば忘れていた。確かにそんなこともあった。余りにインパクトの強い一族(主にジジイ)とやりあっていたので、完全に頭から抜け落ちていた。
「忘れてた。今日は放課後行かなきゃいけない……面倒だ」
「さて、どうして君が生徒会長の謎権限『指名権』で指名されて、生徒会役員になったのか教えてはくれないかな?」
「言われても分からないよ。俺だって生徒会長は……休み中に会って話はしたけど変な人としか思えなかったし」
と、言っておく。じつは生徒会役員になった理由は既に聞いていた。それは『生徒会特権』を利用できるためだ。
以前生徒会手帳を読んだ時に気に会っていた項目が幾つかある。
①生徒会会長は庶務を一人指名できる。
②生徒会活動によって生徒が授業に出席できない場合、対象の生徒は出席扱いとする。
これらは全て魔法ギルドの仕事をさせやすくするために作られた規則だそうだ。確かに昼間にヴォーアへの穴が出来てしまえば、授業を抜け出して塞ぎに行かなければならない。その際の授業を出席扱いにさせるためだとか。表向きは文化祭球技大会といったイベントを『生徒会活動』と定義することによって、文化祭出れば欠席しているわけではないよ、といったように装っているらしいが。
「生徒会、ね。まさか湊が、か……。何だか湊は変ったね」
「そうか?」
「ああ、まずアンニュイな雰囲気が無くなったよ。あんなにけだるげで、何もしたくなさそうだったのに。今は力とやる気に満ち溢れているように見える、どういうことだい?」
「そうかぁ?」
とは言うが、3年間異世界に行ってみてほしい。変らない方が凄いと俺は思う。
「ああ、そうだよ。なんていえばいいんだろうね? 頭を打って記憶を飛ばしたか、もしくは真理を見て悟りを開いたとか」
「真理、ね……」
確かに世界の真実を見てしまったような気はするが、見えたのは魔法が日常的に使われる世界だけだ。真理の魔眼もケイオスの真実を見てくれれば、良かったのだけれど。
「まぁ、そんなものを見て来たんだったら、湊は超能力を使っていそうだね」
俺は目に魔力を集め柿原の魔力を見つめる。
「……なぁもし超能力や魔法とかが有るとすれば、柿原はどんな事をしたい?」
「おいおい、どうしたんだい。湊が超能力を肯定するような言葉を放つなんて……」
「肯定してないさ、あくまで『もし』の話だよ」
本当にあることは……言えない。それに余りこいつには言いたくない。
「そうだね。ありきたりだけど物や自分を浮遊させてみたいね」
柿原は笑顔で手を大きく開き、机に向かって突きだす。もちろん机が浮遊することは無い。
「それは念動力ってやつか?」
「まあそんな感じ…………アレ、僕呼ばれた?」
そう言われて俺は彼女の存在に気がつく。いつの間にか彼女は俺たちのそばに来ている。
「須藤さんが呼んでいるみたいだぞ?」
俺は首で横を差す。その方角には須藤さんがいて、ニコニコしながらこちらに近づいてきた。
「柿原君、超能力研の人たちが呼んでるみたいだよ?」
「ああ、今行くよ」
そう言って柿原は席を立ち教室のドアへ歩いていく。そして魔力がその辺の一般人と大差ない柿原と、超能力研の人が興奮した様子でなにか話しこみはじめた。
「UMAだって? ありえない壊れ方、そりゃ興味深いね。放課後か。もちろん行くよ、それで――」
ふと俺と同じように柿原の事をじっと見つめている須藤さんが目に入った。彼女は俺や先輩達には遠く及ばないにしても、柿原とは比較にならないくらいに魔力を持っていて、今すぐにでも初級クラスの魔法なら扱えそうだった。訓練さえすれば物を浮遊させる念動力だっていずれ扱えるだろう。
「ねえ、須藤さん」
「ん、どうしたの?」
「ちょっと聞きたいんだけど……須藤さんは魔法や超能力は実在すると思う?」
須藤さんは顎に手を当て小さく唸る。
「有るかもしれない。だけど私はなくてもいいかな?」
「なくていい? 有った方がおもしろそうだし、それを使ってみたいとおもわないの?」
「使ってみたいとは思うけど、無くても今普通に生活できているし。それに魔法が無くても楽しいこともいっぱいあるし。面白そうなものなんて周りをしっかり見つめていれば、簡単に見つけられるものだと思うんだ。気が付くか気が付かないかのどちらかだよ」
須藤さんは後ろに手を回すと、はにかんだ笑みを浮かべる。
「私は魔法が無くても楽しいし、このままでいいよ」
「そっか……ありがとう」
「うん」
(残酷だが……こればっかしは俺もどうにか出来るわけではないんだよな)
柿原は魔法(超能力)に関心が有ってどうにか使えないか頑張ってはいるが、魔法に関しての才能を全く有していない。だけど魔法なんてどうでもよさそうな須藤さんにはそれなりの才能が有る。
皮肉なものだ。