20
花香と桂花の祖父であるこの源三郎を一言を表わせば、皐さんに言われたとおり変人である。厳格そうに見えたのは幻覚で、話してみればただのイカレたじじいでしかなかった。
「よし、ではワシが勝てばお主はワシの孫、つまり孫養子になるじゃったな」
「いえ、ちがいます。いきなり虚言を吐かないでください。それにそれだと俺の利点がありません」
言葉遣いがだんだん適当になってきたり、失礼なことをさらっと言ってしまうのはこのじじいのせいだ。決して俺は悪くない。
「なら、わしが勝てばお前はわしの孫で、わしが負ければお前はわしの孫じゃな?」
「どういう経緯でそうなったのか小一時間問い詰めたいところだけど、それは勘弁しましょう。それで今日は賭けもしないただの練習試合でしょう?」
お前の言い分だと勝っても負けても俺はお前の孫になるんだが。ボケも大概にしろ。
「お・爺・様。そろそろ始めましょう。いい加減にしてください」
花香が少し怒り気味だ。いや、気持ちは痛いほど分かるのだが。
「ふむ、仕方がないの。こちらの武器は……竹光で良いか?」
なるほど竹光なら抜刀術も使えるか。でも爺さんクラスの腕になると、普通に人も斬れるぞ? まぁ受けなければいい話しではあるか。
「構いません。それと脇差サイズのはありますか? 有ればお借りしたいのですが」
「桂花っ!」
すっと桂花は立ち上がると部屋を出ていく。そしてすぐに2本の竹光を持ってきた。
一本は50センチいかない位の脇差だ。これは脇差としては中くらいのサイズで、もう一本は脇差にしては長い60センチほどの物。俺は中くらいの脇差を手に取ると、ありがとうと彼女に礼を言った。
「では勝負は一本とるもしくは戦闘不能と判断された場合だ。審判は……花香、お前がやれ」
「分かりました」
源三郎は小さく深呼吸をすると、体中の魔力を心臓に集める。そして先ほどまでの雰囲気を一蹴し、厳格な表情で俺を睨んできた。
(……雰囲気が変ったな)
「位置に付け」
俺は脇差の柄を左手で持つと、言われたとおりに戦闘開始位置まで歩く。スッスッとすり足で源三郎は俺の前に来ると、姿勢を正し、じっと俺の目を見つめてきた。
(この雰囲気はあれだな、喜介さんとかに似てるんだな)
師匠である喜介や、太刀の稽古をしてくれたあの人と戦う時のような感覚。もしかしたら源三郎はかなりの腕を持っているのかもしれない。
花香に言われ、互いに礼をする。
「はじめっ!」
花香が開始を告げた瞬間だった。源三郎はいきなり大きく一歩踏みこみ抜刀したのは。
ガンと竹と竹がぶつかるにしては重い音が辺りに響く。魔力で強化された竹光は、既にその素材である竹から大きく逸脱し、鉄に負けない強度を持っている。
「シッ」
最初の抜刀を止められた源三郎は引くことはせず、更に一歩前に踏こむ。魔力を帯びている所為で白い靄のようなものがまとわりついた竹光が迫ってくるも、俺は自身の竹光で悠々とそらした。
(思ったよりも攻撃が軽いな……)
次いで、中段斬り、上段斬り、突きと連続で攻撃をするも、どれもこれもあの村に居た人たちよりも一歩劣るものだった。
(これくらいなら楽々いなせるな。まぁ年齢を考えると妥当なのかもしれないな。あの異様な雰囲気はなんだったんだ?)
何度刃を合わせただろうか。十や二十ではきかない。ただ、戦闘は圧倒的に俺の有利だった。それほどまでに刃を交わしておきながら、俺から攻めることはいちども無い。なぜなら、攻めてしまえばすぐに終わってしまいそうだったからだ。
(技にキレはあるが、年の所為か体力と魔力が衰えてる。でも威圧は今の喜介さんレベル。昔は喜介さんぐらい強かったのかもしれないな)
表情に変化は無かったが源三郎だが、内心ではもう余裕がないだろう。玉のような汗が額に浮かび、呼吸も乱れている。対して、その場からほとんど動かず最低限の動きで捌いている俺。
(花香のお爺さんであるならばそろそろ使ってくるんじゃないだろうか……?)
俺が竹光を思い切り弾いた時だった。源三郎は大きく後ろに後退し、竹光を鞘にしまう。
もちろん源三郎が降参するわけではない。彼の眼や彼の魔力は、次で仕留めると言っていたからだ。
(居合切り、か)
魔力が腕から竹光、そして鞘に集まっていく。その魔力を爆発させれば音速をこえる速さで刃が俺に飛んでくるだろう。
俺は源三郎を睨みながら竹光を鞘に戻す。そして片足を引いて腰を深く落とした。
(なんだこの魔力……? じじいのじゃない?)
不意に俺は何処かから魔力を感じ、ちらりと横目で周りを見つめる。その時だった。源三郎が俺に向かって足を踏み出したのは。
「きぇぇぇぃ!」
俺は抜かれるその刃に合わせ、鞘に溜めておいた魔力を爆発させた。
『抜刀術 ― 隼 ―』
俺が村で習った唯一の抜刀術。それは実際の隼をモチーフにした技であるらしい。隼という生物は縄張りの見張り場で得物が飛び出すのをじっと待ち続ける。そしてひとたび獲物が領域内に入れば200キロを超える速度で一直線に近づき、爪で引っ掻き殺す、もしくは失神させる……とかなんとか。
その技も基本的に同じだ。刀を構え縄張りに入るのをじっと待つ。そして相手が俺の領域に入った瞬間その刃は牙をむく。仮に源三郎の居合が動の抜刀であれば俺の抜刀は静といっても良いだろう。
ガンと武器同士が衝突する音がして、一本の竹光が俺たちの頭上に飛ぶ。
俺の手にはしっかりと竹光はある。無いのは――――源三郎の方だ。
「俺の、勝ちですね」
くるくると回転しながら落ちてくる竹光。それが地面と落ちると同時に、俺は体を横にそらした。
その瞬間だった。俺のいた場所に、先端が竹で出来た薙刀が通過したのは。
「なっ!」
桂花は驚いているようだ。それも仕方ない。俺に気が付かれないようこっそりと武器を持ち、そして隙を見て放った攻撃がかわされたのだから。
「くっ……」
すぐに追撃に転じようとするその姿勢は評価に値する。だが。
「余りに足元がお粗末だ」
俺はあの源三郎が使った畳み返しを使い、桂花のバランスを崩させる。彼女は腕に魔力を集め、意識をそちらに持っていかれていた。
だから俺のほんの少しの足元への攻撃でバランスを崩す。
彼女は俺の方に倒れ込んできたため、俺は彼女の体を抱きしめて受け止める。そして彼女の首筋に竹光を当てた。
「それまでっ!」
その花香の声に反応し俺は抱きしめていた手を離す。そして手に持っていた竹光を鞘に戻した。
桂花はだらりと腕を下ろし、魔力を霧散させる。そして信じられないものを見たような目で俺を見つめた。
「あのふいうちに……反応した?」
(まぁ、どう言う意図かは分からないけれど、とりあえず何とかなったな。そもそもあの薙刀も竹光だから喰らっても最悪死ぬことは無かったが……なんで攻撃してきたんだ?)
「いや、バレバレだったよ。源三郎さんが抜刀しようとしたときに動いたでしょ。虚をつくならもっと上手くやるべきだった。あと腕ばかりに魔力を集めてちゃいざという時に一歩踏み出せないし、足元がお留守過ぎた。あとは大技を決めるとき以外の魔力は、体中を循環させていた方がいい。まぁ色々あるけどとりあえずこれくらいかな?」
そして必要な時瞬時に魔力をそこに集め、何かあった時に即対応できるようにする。まぁこれは村の忍法使いには基本であるのだが、ヴォーアの一般的に見ればそうではないらしい。循環させていた方が絶対便利なのに。確かに腕や足に魔力を集めておくことがいい場合もあるが。
ふと何かを崇拝するような目で俺を見つめる桂花。彼女は薙刀をその場に置くと、スッと俺のそばによる。そして俺の両手をがっしり掴むと、何か思いつめたような表情で俺をじっと見つめる。
そして不意に手に込める力を強めると、彼女は口をひらいた。
「師匠……いえ、お兄様とお呼びしてもよろしいでしょうか?」
(――真顔で何を言い出すんだこの子は)
100歩譲って師匠は分かる。俺は彼女の薙刀をいなしたし。だけどそこからどうしてお兄様になるんだ。師匠とお兄様のつながりが全く見えない。
「くっ! わしもふいうちをさせた桂花も負けてしまっては仕方ない」
そう言ってこちらに近づくのはあのじじいである。どうやら初めから桂花にふいうちをさせる予定だったらしい。まぁ最初から二人きても桂花が邪魔になるだけだったろうから、ふいうちに徹っさせることは正解だっただろう。
「仕方ない……約束通り花香を嫁に。……と言いたいところだが後継ぎを考えると嫁にはやれん。だからお前が婿に来い!!」
……はて、この爺は何をのたまっているのだろうか。
「お、おおおおおお爺様! いつどこでその話になりましたかっっっ!」
俺が何かを言う前に反応したのは花香だった。耳まで真っ赤にして慌てた様子でジジイに駆けよる。
「なんと音吉殿は鈍い反応じゃな! まさか桂花が気にいったのか? 今なお手を握っておるしの、わしはどちらでも構わん! 好きな方に婿入りしろ!」
花香は慌てながらマイルームから刀を取り出すと振りかぶる。さすがにジジイも焦ったのかマイルームから刀を抜いて構えを取った。
ガキン、ガキンと金属同士がぶつかり合う音が響く。刀から溢れる魔力を見れば分かるが、あいつら本気で斬り合ってる。
「見よ花香。いい空じゃのう!」
「この建物から空は見えません! 大事な所でボケたふりをしないでください!」
「いや、花香が、やぶさかじゃなさそうじゃから」
「だからってなんでそうなるのですか!?」
「わぁーい否定しなかった否定しなかった。花香は音吉にぞっこんじゃぁ!」
(このじじいの精神年齢は小学生かな?)
「……斬る。キエロ」
真剣を抜いてつばぜり合いをしている二人を見つめながら俺はため息をつく。このチャンバラはいつまで続くのだろうか。いやそれよりも、
「あの、桂花?」
「はい何でしょう?」
「その手はいつまで握っているのかな?」
「一生……いえすみませんでした。1割くらい冗談です。今離します」
(冗談の方が1割?! 9割本気だった?!)
なかなか離れなかった桂花の手が離れると、俺は大きくため息をつく。桂花は愛おしそうに触れていた手を反対の手で撫でていた。
「……花香も変な爺さんを持ってたいへんなんだなぁ。……えっともちろん桂花もね」
「あの、お爺様に目を付けられたお兄様も……いえ、何でもないです」
なんかいくつか不穏な言葉が聞こえた気がするが、気のせいだろう。そう思っておこう。
「はぁ」
前途多難だな。
「あ、あのお兄様? ま、まさか……『だんなさま』の方がよろしかったですか?」
両手をほおに当て恥じらうように身をよじる。
うん。お前はあの爺の孫だよ。意味不明なところはしっかり受け継いでるみたいだ。