02
「へえ。つまり、妹さんは神隠しにあったと」
「俺はお前が何を聞いていたのか小一時間問い詰めたいな」
宇宙人にさらわれて頭の中を改造してもらったのだろうか。そうとしか思えない思考の飛躍っぷりだ。
「消えた妹、玄関にない靴、鍵のかかった家これだけ揃えば……」
「揃えば?」
「君の妹は出かけたとしか思えないね」
全くその通りだ。此処で妹誘拐殺人事件だなんて言ったら柿原をそこらの病院へ送り届けなければならなかったかもしれない。いや、こいつの場合は警察でも良いか。部活で怪しい事をしているし。
「だけど湊はどうするのさ? 君も誘われているんだろう?」
(さて、それなんだよなぁ)
確かに誘われたが、どうしようか悩んでいる。妹は一足先に関西に出張している親のもとに行ってしまったらしい。残された手紙にはそう書いてあった。
俺はまだ今日と言う登校日が残っていたから、行くという選択肢が無かった。しかし休みに入っているならば行っても良い。親からは許可が下りている。ただそれは絶対ではなくて、行きたければだ。めんどうなら来なくてもいいとも言われている。
「実は迷ってる。関西に行ってみたいと思うけれど、それと同じくらいに家から出たくないとも思っていてさ。どうすべきだろうか」
そう言うとスマホに視線がくぎ付けだった彼が、勢いよく顔を上げ俺を見つめる。そしてありえない物を見たかのように口を半開きにし、首を左右に振った。
「意外だね。僕はてっきり家に引きこもると即答するものだと思っていたよ」
確かに親が出張に行く前であれば、必ずそうしていただろう。しかし両親が出張にいってから気が付いたことがある。
「いや、思った以上に家事って面倒なことに気が付いたんだ。妹が居れば半分に分担できるからからまだマシだが、さすがに毎日やるのはな。一人しか居ないから気軽で自由なのは良いんだけど」
毎日決まった時間に料理が出され、洗濯物が自動で行われ、定期的に掃除が行われる。それがどれだけ素晴らしいことなのか、居なくなってから理解した。
「ははっ。うん、それを聞いて納得したよ。湊は湊だったね、ぐうたらだよ」
彼にとって俺のイメージはぐうたららしい。
「と言うことで俺は迷っている」
「でも、僕は湊がどっちを選択するか分かるよ?」
「へぇ」
自信満々にそう言う彼は、俺からスマホに視線を移す。指の動きからするに、誰かにメッセージを送っているようだった。そう言えば彼は文字を打つのが早い。超高速で動く彼の指は何秒でどれくらいの文字を打てるのだろうか。早すぎて俺には超能力でも使っているんじゃないかって思ってしまう。
「自宅に残るのさ、理由は簡単だよ」
「なんでだ?」
「だって行くと決まれば新幹線のチケットを取らなければいけないし、電車を乗り継がなきゃいけないし、道を調べなければならないし。行くまでがすごく面倒に見えて、結局行くのを止めるだろうから」
言われてみれば確かに。柿原の言う通り目の前に面倒が山積みだったら、考えるのを止めて布団に入ってしまうことは想像に難くない。
「今、俺は家に引きこもるだろうことを確信したよ」
「うん、違いないね」
どうやら彼は未来を見通す予知能力みたいなものも持っているようだ。柿原はメッセージを打ち終えたのかスマホをポケットにしまうと鞄を持って立ち上がる。
「じゃぁ湊、帰ろうか?」
「ん? って今日は部活は……いやどこもないんだったか?」
途中まで言ってやっと俺は今日は特別な日であった思い出した。
「そうだよ、なんたって今日は終業式でお昼もない午前授業さ。一部運動部は弁当を持参しての部活もあるようだけど我が超能力研はお休みさ」
明日から夏休みだと言うのに部活とはご苦労なことである。何にも所属していなくて良かったと本当にそう思う。俺は立ち上がると、机の中に入れっぱなしにしていた教科書類を全て鞄につっこむ。そしていつもより3倍増しぐらいに重い鞄を持ち上げた。
「じゃぁ帰るか」
「そうだね」
俺らはそのまま階段を下りてげた箱の所まで歩いていくが、その歩みはすぐに止まった。それは何名かの人が集まっているのが見えたからだ。
「アレは……なんだろうね」
(うわ、なんか面倒なの見かけちまったぽいな)
そこでは数人が真剣な表情で何かを言いあっていて、通行人はその剣幕に思わず足を止め見入っているようだった。
その喧騒の中で一際目立っていたのは、今ため息をついた女性だ。165を超える身長、肩まで伸びた長い銀髪、少しだけ釣り上った目、そして高い鼻。まるでフランス人形みたいな美しい顔立ちは、日本人と言うより西洋人にしか見えない。
(あの人かぁ)
その人には見覚えがあった。その髪の色が余りにも特殊だったから、学校でたまたま見かけたときに思わず目を奪われた。初めて見た時は驚きで変質者みたいに何度も彼女を見てしまったが仕方ないだろう。
(なんであの人は銀髪なのに怒られないんだ? やっぱり地毛なのかな? だとしたら怒られないだろうし)
「ふうん、あの美しい黒髪の女性は……うん、新生徒会長様だね。隣に居る男性は新副会長と……校長先生か。何を話しているのだろうかね?」
生徒会長、ね。あの女性は終業式で何か喋っていただろうか? いや、終業式は夢の世界に旅立っていたので、覚えているわけがないか。
「興味ないな……帰ろうぜ?」
「まぁまぁ、少しだけ話を聞いてみないかい。気になるじゃないか?」
「ゆっくり聞いてこい。俺は先にかえるぞ?」
そう言って踵を返そうとしたが服を掴まれ、帰ることを阻止された。またそれだけではなく俺を引きずって歩き出す。
(面倒だなぁ)
柿原は会長達を遠巻きに見ていた、黒縁の眼鏡をかけた女子(確かクラスメイトだった筈)に声をかける。
「ねぇねぇ、須藤さん。先輩たち何を言い争っているか聞いたかい?」
「ああ、柿原君。私も詳しくは聞いていないんだけど、人を増やすとかどうとかを会長が言っていたみたいだよって……あ、」
注目が集まっている事が嫌だったのか分からないけれど、先生達は歩き出し職員室に入っていく。それを見ていた野次馬たちだったが、居なくなったのをきっかけに人は散り始めた。
「うんうん、それで?」
生徒会長らが居なくなったが、まだ続きが気になるのか柿原は須藤さんに続きを促す。
「あ、うん。会長がそう言ったんだけど副会長が要らないっと意固地になっているような感じだったよ。校長先生は副会長の説得してた」
俺はどうでもよすぎて何とも思わなかったけれど、どうやら柿原は違ったようだ。
「人を増やす? 確かにうちの生徒会は普通の学校とは少し違った生徒会だから、忙しいとは思うけれど人は足りているんじゃないかな?」
「そうよね……私もそれが気になって話を聞いてたの。そしてふと思い出したんだけど、確か生徒会長って必要であれば生徒会に庶務を指名できるってあったじゃない? もしかしたらソレの話をしてたのかなって」
そんなものあっただろうか。俺は胸ポケットから生徒手帳を取り出す。貰った時に開いただけのそれは、ペリペリと音を立てながら開いてくれた。
「うん。不思議な校則だったから、僕も覚えているよ。確かに有ったね」
(校則、校則……っとあった)
どこの学校にでもありそうな校則を読み飛ばし、ページを進める。そして何ページか進めると、確かに須藤さんや柿原が言うように『庶務を任命することが出来る』とある。いやそれだけじゃない。
(なんだこれ? 生徒会の仕事で授業に出席できない場合は、無条件で出席扱いにする? こんなの有るのか)
「もしかしたら誰か指名される、かも?」
「そうだね……。うん須藤さんありがとう。何をしてたかは大体分かったし、先輩たちもいないし、僕たちは帰るよ」
「うん、またね、柿原君、それと」
(つか、校則で髪を染めるのは禁止ってあるんだけど、やっぱり地毛なのか)
俺が生徒手帳を読んでいると肩を叩かれる。顔を上げるとじっとこちらを見つめる須藤さんの姿があった。
「湊君も、またね」
「あ、ああ。また、な」
軽く手を振る彼女に、俺も小さく手を振った。