15
何が見えているか、そう問われれば答えは――
「簡単に言えば嘘偽りなんかない真実ですね。あとは魔力でしょうか」
俺は彼女から投げられる鋭い視線を受け止め、はっきりそう言う。すると先輩はふっと笑みを浮かべ、『おいおい』とばかりに手を振った。
「……聞いた私が言うのも何だが、君はいささか不用心ではないかい?」
「不用心ですか?」
「今日会ったばかりの私にそんな事を言うなんて、な」
「どうせ今さらですよ。すでにエルフって叫んでしまっていますからね。それに仲間となるであろう人に自分の能力を話さないのはフェアじゃないと思って」
俺はそう言って先輩から目をそらす。
「君は話していたとしても、私は話していないぞ?」
(とはいえ話していなくても、勝手にコピーしてしまうんだよな)
「……ヅォルツヴェイグ」
俺は魔力を抑えて氷を生み出す。余りに弱い魔力だったので小さな氷の塊にしかならないが、先輩の度肝を抜くには十分だった。
「君は……エルフの魔法が使えるのか……?」
「さっき覚えたんです。先輩が使いましたよね? 俺は見えるんです。どう言う魔力を出してどう言った構築をすれば同じ魔法になるかが……これが俺の持っている『真理の魔眼』の力」
教えてもらわなくても、一度じっくり見てしまえば完ぺきと言って良いほどの制度でコピーできるこの能力。卑怯以外の何物でもない。
先輩はとても驚いたようでマジマジと俺の目を見つめてくる。綺麗な先輩からじっと瞳を見つめられるのは恥ずかしく、思わず目をそらしてしまった。
「じっと見つめられると照れるんですけど……」
「いや、すまない。魔眼持ちなんて私の人生でも初めてだったからな、思わず凝視してしまった」
そうじっと見つめられると、うっかり惚れてしまいそうなので止めてほしい。
「しかし、ならば私の姿を看破したのも納得だ。君の目には最初から銀髪に見えていたんだな」
「ええ、『穴』に落ちるまではずっと疑問でしたよ。友人に『銀髪の人』と聞いても、そんな生徒居ないぞなんて言われましたからね。まさか魔法で黒くしていたなんて、全く気が付きませんでしたよ」
俺は皆の目がおかしいと思っていたけど、おかしいのは自分の魔眼だったと。
「ふむ、ではエルフことは学校では内密にしていてくれ。もちろん魔法ギルド関係者には言っても良いがな。それと君の魔眼は花香、皐以外にはまだ話すな」
(エルフの事は話しても良いのか……そして俺の魔眼は秘密にしとけ、と。理由がわからないがとりあえず言われたとおりにしておくか)
「ああ、それで不思議に思ってたんですけど、花香や柳原さんは先輩の正体を知らなかったんですか?」
「まだ話していないだけだな。皐の方は知ってるかもしれないが。実を言えばこのチームは、今年に入って組み始めた、いわゆる結成したてのチームなのだ」
「チーム?」
「ああ、基本的に魔法ギルド所属の人員は4、5人のチームを組みケイオスやモンスターに対応するのだ。一人じゃ対応できないことも多いからな」
「なるほど。じゃぁ最近になって組み始めたから、まだ知らないってことなんですね?」
「ああ、話さなくても仕事は出来るからな」
(おいおい、知らないのかよ。ギルド内の信頼も無さそうなのに、チーム内の信頼もそれほどないと言うのか? いや、エルフと言う種族であるからこそ、明かすのは危険なのかもしれないな。分からないけど)
「ちなみに君はほぼ確実に私のチームに入ることが決定している。もっと早く私のチームに人を増やすべきだったんだが……実を言えば夏休み前に人を増やす事を提案していたんだが、副会長……っとすまない。まだ紹介していない奴だが、そいつに反対されたのだ」
(副会長? ウチの学校の生徒か)
「それで一旦様子を見ることになったが、あの事件だろう? もう人を増やさざるを得ない」
(あの事件とは多分鬼蜘蛛のことか)
「そんな時だ、君が登場したと。学校も私と同じだし、もうほぼ確定で私たちのチームに入るだろう」
そうか、まぁ学校が同じ先輩が一緒に居れば何かあった時一緒に行動出来るし、妥当なのだろう。
「えーとチームメンバーってどうなっているんですか?」
「もうすでに君は全員と会ったよ。花香、柳原、私、そして君だ」
「……あの、副会長は違うんですか?」
チームに人を増やすのを反対していたなら、てっきり副会長も一員だと思ったのだが?
「副会長は部署が違う。アイツは『諜報部』なのだ。ちなみに私たちは『実行部』所属だ、それはおいおい紹介しよう。これ以上詰め込んでも混乱するだけだろうしこの話は此処までだ」
「そうですね……」
(確かにこれ以上話されても混乱しそうだ。もういいか。どうせこれから長い付き合いになりそうだし)
「さて、君も質問をするといい。私は聞きにくい話を聞いてしまったし、答えずらい事にも大抵は答えてやろう」
「えーっとじゃぁ。話せるならでいいんですけど、この組織ってギルド員からの信頼ってあまりないんですか?」
「……まぁ別に私としてはどうでもいい事だから話しても良い。しかしどうしてそう思うかを先に聞いても良いか?」
「いやぁ、花香が上司に殺気を飛ばしてましたし、先輩は笑ってますし……」
そう言うと先輩はニヤリと笑う。
「ははっ、大丈夫だそれは此処のチームだけだと断言しよう。此処が酷いだけだよ」
「そうなんですか?」
「そうだ、このチームは実は問題児が集められているのだ。忠誠心は結構高いが真面目すぎて扱いずらい花香。やる気も忠誠心もない皐、まともなのは私だけだな」
(いやいや、バルヒェットさんが花香から殺気送られているときに、笑ってたあんたこそまともに見えないんだけど)
「へ、へえそうなんですね」
「それにしても皮肉だな。私たちのチームではギルドに一番忠誠的で一番信頼していたであろう花香から、真っ先に睨まれたんだからな。バルヒェットは知らなかった。花香がこれほどまでに義に厚い人だってことを。私も知らなかった。でも今知れたし、彼女となら仲良くなれそうだな、いや、面白い。ははっはははは」
(思ったより花香や先輩達は仲が良いわけではないのか?)
「じゃぁ最後に私が聞こうか…………」
「……何ですかそんなにためて?」
俺は花香に注いでもらったお茶を飲み込みながら彼女の言葉を待つ。だんだんと内容が重くなってきているから何かしら覚悟しても良いかもしれない。
「ん、いや。好きな人はいるのか?」
「げほぉっ」
思いもかけない質問に、俺は思わずむせる。
「ゲホォッゲホォ、いきなり何を言ってるんですか!?」
「いや、気になるじゃないか。ほらどうなんだ? ちなみに私はいない」
(何だこの人は。つうかこれ答えなきゃだめなの? 別に居ないから答えても良いんだけど)
「いませんよ、気になる子はいくつかいましたけどいません。ええ、いませんとも」
この質問は少し遊んだだけだろうか。余りに魔法が関係なさすぎる。それに彼女の表情を見れば、俺の反応を見て笑っているだろうことは分かる。
「そうか分かった。では私の質問はこれで終わりだ。そこで君の質問を最後に終わらせようか」
(いやしかし、そう言われても俺がききたい事なんてもうないぞ?)
「えーと……何を聞きましょうかね?」
「私に聞かれても困るが、なにか無いのか? 私の年齢とか」
「えぇー興味無いですね」
先輩は何かを思いついたのか『そう言えば』と前置きし話し始める。
「魔眼の事に付いて聞いても良いか? 魔力が分かると言ったが、どんなことが分かるのだ? 年齢とかも分かるのか?」
もう質問は無いんじゃないのだろうか……まぁ良いのだが。
「いや、さすがにそこまでは分かりませんよ」
「ふむ、やってみなければわからないだろう? どうだ、一つ。わたしの年齢を当てて見ると言うのは?」
(当てろと言われてもね、見えないんだし分かるわけないだろう。どれぐらいエルフは生きると思っているんだ?)
期待の表情で俺を見つめる先輩。どうやら予測を言わないといけないらしい。
(さて、適当に言って間違えて終わらせようか。適当、ランダム、無作為……無作為?)
無作為、その言葉を思い浮かべてふと古典の先生の顔が頭に浮かぶ。彼女ならこんな時なんて言うだろうか。多分、月と日をベースにして予測不能な計算式をおこなうだろう。
(うーんじゃぁ今日は8月31日だし逆から読んで138。それに(8+3+1)を引いて126。うん126で良いや。うわぁ、凄く古典の先生っぽいな。しかもとても適当だ)
「126、とか?」
余りにも適当な事をすぎたか、余りに大きな数字を言い過ぎてしまったから怒ったのか、彼女は表情を変える。
一瞬の真顔、一瞬の静止。そして
「ははっっあっはははは」
突如大きな笑い声。もしかして適当に言った割には思ったより近かったのだろうか? いや余りにありえない数字を言ってしまったせいで思わず笑ったのかもしれない。
「ふぅ、私は凄く君の事が気にいった。大層気にいったし運命を感じたと言っても良い。音吉と呼ばせてもらうよ。君は瑛華とでも呼んでくれ」
いったいどうしたのか、彼女は俺の肩をポンポンと叩く。俺はどうしようか悩むも、言われたとおり名前で呼んでみた。
「は、はあ。瑛華先輩?」
「ああそうだ。では音吉、これから色々とよろしく頼む」
彼女とは学校も組織も同じだし、多分一番ギルドで接する人になるだろう。ちょと意味が分からないけれど彼女から気に居られた(本人談)のなら良かったのだろう。
(んで先輩の年齢っていくつなんだろうな……まぁ失礼だし聞けるわけがないんだけどさ)
と、俺がそんな事を考えていると不意に彼女は僕のそばに近づいてくる。俺は思わず驚いて体を引くも、彼女はなんら気にすることなく、さらに接近してくる。それも吐息がかかりそうなほど。
(いや、むしろかかっているって、何だよこの人は!)
俺の前にはその美しい銀髪が、長いまつ毛が、その青い瞳がある。そして鼻からは少し甘いような不思議な匂いが入り込み、頭がもやもやする。
コクリ、と思わず唾を飲み込む。
彼女は顔を僕の唇………………ではなく、横の耳元へもっていくと小さな声で呟いた。
――私の実年齢、他の人には言っちゃだめだぞ――
(えっ?)
「ほ、本当ですか!?」
「ふふっ、本当だ。嘘偽りのない真実だ。魔法ギルドも私の実年齢を把握してないのだと言うのに……ははっはははは!」
(な、なんで当たるんだ?! 俺が信じられないんだが。と、とりあえず誰にも言うな、と言っていたよな)
「わ、分かりました。誰にもいいません」
「ふふっ文字通り、二人だけの秘密だ」
そう言って細流先輩は僕から離れると片目をつぶる。
さてさて、古典の教師は自分自身の事を運命の女神と言っていたらしいが、それはあながち間違いではなかったのかもしれない。