14
落ち着いた花香が帰宅し、部屋に残るのは俺と細流先輩だけとなった。
先輩は俺に何らかの話があるようで、此処にとどまっているらしい。多分先ほどバルヒェットさんに言われたことで話があるのだろう。多分。そうでなきゃ俺はこの後どうしていいのか分からない。
「と言うことで、君は今日から魔法ギルドの所属となる。ついては君のギルドカード発行に当たって個人情報を教えてもらいたい」
そう言って彼女が机の上に置いたのは普通のA3の用紙だった。俺は一緒に差し出されたボールペンを手に取ると、内容を読む。
(あれ、顔写真をはる場所があり、学歴書く場所があり、これってもしかして)
「ああ、写真とかそこの志望動機とかは書かなくて良い」
(志望動機って……ここはどこかの企業かよ。まぁギルドも企業みたいなものなのか?)
基本的にそれは履歴書みたいなもので、記載したのはいたって普通の事ばかりだった。幾つか独特な項目をあげるとすれば、『自身が魔法やヴォーアに携わっていることを家族は知っているか。また家族では無い他者(ヴォーア人やギルド関係者等を除く)は知っているか』と言ったものや『魔法使い歴は何年か(魔法使いでなければ無記入)』などは普通の履歴書にはないだろう。
「終わりました」
俺はそう言って先輩に紙を差しだす。先輩は持っていたナンプレの本を机に置くと、その用紙を一瞥し折り畳むと、スマホを数回タッチする。そして指を横にスライドさせながら僕に向き直った。
「さて、本来ならば電話番号を君に教えてもらう所だが……ふむ。スマホが無いんだったな」
先輩はスマホを机に置きながら、何か悩んでいるのかうーむとうなった。
「一応、近日中には買いに行く予定です」
スズメの涙ほどしか登録されていないアドレス帳のスマホではあるが、無いのは無いで困る。特に手持無沙汰な時に。連絡的な意味合いで言えば、残念なことにそれほど困らないだろう。これからは困るのかもしれないが。
「ふむ。家に行けば電話があるのだろう? とりあえずそちらの番号を教えてくれ。君には私の番号を教えておこう」
彼女はそう言うと自分のスマホを触りだして何かをしようとしている。しかし、彼女は何か問題が発生したのか、一向に連絡先を教えてくれない。
先輩が何かと格闘している途中、一人の女性が入ってきたが先輩は振り向きもしなかった。女性は先輩を見て『あっちゃぁ』と言いそうな顔をしていたけど、黙って俺の個人情報を手に取り退出していった。
(いい加減、聞くか……)
「あの、何かあったんですか?」
「なに、たいしたことではない。自分の連絡先が分からないだけだ」
(貴方にとってたいしたことでないかもしれないですけれど、それ結構ヤバいと思いますよ?)
「……自分の番号も分からずにどうやって友人とかに番号を教えていたんですか?」
「あいにく友人と呼べるものは少なくてな。それに私は機械音痴でスマホを扱えないことになっているから、聞かれることはなかった」
そういえば最近は振るだけで連絡先を交換出来るらしいけど、入れてないのだろうか。いや、入っていても無駄か。そもそも俺がそのアプリ入れてない。ましてや自分の番号出せないレベルの人がそのアプリを入れても、使いこなせないだろう。
「なぁ、君は私の番号を出せたりは出来るか?」
お手上げなのか先輩はあろうことか俺にスマホを差し出す。
(おいおい、いいのかよ……)
俺はケースや画面保護用のシールすら貼られていない、その無機質の白いそれを受け取ると画面に触れる。
「出来ませんけど、出来ます」
俺の前使っていたスマホとは会社が違うし、根本的にOSが違うから開きかたが分からない。だけど番号くらいなら開ける。
「? 意味が分からない。矛盾しているぞ?」
「合っていますよ。今は出来ないんですけど、やり方を調べるから出来るようになるんですよ」
「……その方法をみてもいいだろうか」
「構いませんよ?」
そう俺が言うと先輩は立ち上がるとこちらに近づいてきて隣に座る。先輩は真剣な瞳で自分のスマホを見つめた。
(近いな……恥ずかしいのだけれど)
俺はパスワードのかかっていないロックを解除すると、画面上にあるWebブラウザをタッチする。見慣れた検索エンジンで端末名と『個人情報 開き方』と入れればやり方は簡単に出てきた。
(アドレス帳からでも、設定からでも見れるのか)
さすがに他人にアドレス帳は見せたくないだろう、そう思って俺は設定を開き彼女の番号を出す。その文字列を俺は頭に叩き込み、彼女にスマホを返す。先輩は震える手でそれを受け取った。
「こんな簡単に、君は天才か……?!」
(なんで先輩は本気で感動しているんだよ……)
こんなんで天才になるんだったら、世の中のほとんどの人が天才になってしまう。そんなのは凡人じゃあないか。
「いやあ、先輩もいつか簡単に出来るようになりますよ」
「まぁそれは覚える気が無いからいい。……それと話が変るのだが君に個人的に色々聞きたい……聞いても良いだろうか?」
先輩には色々聞かれることは覚悟していた。それはもう彼女の種族についてのことから、俺自身の事まで色々と。だけど別に隠してはいない。本当は隠しておくべきなのかもしれないが。
「構いませんよ?」
「そうか、しかし何だか私が君個人の色々な情報を私が一方的に聞くのは何とも心苦しい」
(そうか? 別に俺は構わないけれど)
「…………なら、そうですね代わりにこっちも疑問が幾つかあるのでそれに答えていただければ」
「構わない。では交互に話すとしようか。まず私から。君はなぜ私の事を先輩と呼んだのかだ。もちろん私なりの予想は出来ているが、一応確認のために、だな」
彼女は俺の履歴書を見ていないのだろうか。いや見ていなさそうだったな。即折りたたんでいた。
「ああ、そう言えば言い忘れてました。俺は先輩と同じ学校の一年生なんですよ。だから生徒会長の事は知っていました」
「やはりそうか……であれば仕事は色々連携しやすいな」
「そうですね」
所在が同じであればすぐに落ちあうこともできるだろう。
「さあ、私の一つ目の質問は終わりだ、君の番だ」
さて、何から聞こうか。先輩は軽いジャブのようだったから俺も軽いジャブから入ろうか。
「じゃぁまず学校について、学校には先輩以外に魔法について知っている人がいるんですか?」
そう言うと先輩は口元を緩め、フフッと笑う。綺麗な人は何をしたって様になって羨ましい。特に笑うともはや女神に見え、思わず跪いてしまいそうだ。
「おいおい、私は君の個人情報を探ろうとしているんだぞ? そんな気かれればいくらでも答えてやることを聞くのか? もっと失礼な質問でも良いんだぞ? スリーサイズとかな」
そう言われて俺は思わず先輩の体を凝視する。
はっきり言って先輩の体は卑猥だ。いや、もはや卑怯だ。卑見を述べさせていただけるならもちろん知りたい。なぜなら先輩の体はありえないぐらい凹凸が激しいから。特にその胸。
○学生にしか見えない柳原さんが『洗濯板』で、花香やナズナが大きめの『蜜柑』だとすれば、先輩のは特上のメロンだ。格が違う。1個当たりの値段だって格が違う。
ただでさえそのエルフと言う容姿が良い種族であって、芸術に近い美しさを誇る彼女がそんな特大なメロンをぶら下げていたらどうする? 気になって仕方がない。それになぜか先輩はやせ形なのだ。やせ形で巨乳ってもはや奇形だろう。いや、以前あったエルフもそんな感じだったからこのボンとしてキュが彼女たちにとって基本なのかもしれない。
だからこそ気になって仕方がない。しかたないのだけど、俺は世間一般から見て紳士でありたい。そう常識人でありたいのだ。
(そんな質問断るのは当然……ととととと、当然だ。そ、それに8割くらいは冗談で言っているのではないだろうか。いやそうに違いない。こう、もち上げてから落とす、それは以前出会ったエルフがそうだったし)
「い、いえ、けっけけ結構です。自分のさっきの質問で構いません」
そう言うと先輩は大きく口を開けて笑いだす。多分からかっていたのだろう。
「はっはっはっ! いや残念だ。聞かれたら本当の数字を答えようと思っていたんだけどなまぁ、聞く気が無いようならいいか」
俺は『しまった』だなんて口には出さない、顔にもだ。絶対だ。思っていても絶対に出すんじゃない、出してはいけない。
「はは……では答えようか、教師に1名、生徒に1名、そして私を合わせて3名だけだ。後で紹介しよう」
細流先輩は花香と同じく基本的に上品だ。しかしたまにその上品さが無くなるときがある。今みたいに。
「よろしくお願いします」
ひとしきり笑った先輩は質問を再開した。
「では次は……何故、君は私たちを助けたのだ? ほとんど見ず知らずの私たちを」
「それは人間として当り前、ってカッコよく言いたいところですけど、現実は違います」
「ほう、なんだい?」
「最初は助ける気はさらさらありませんでした。でもその、ちょっと予定外だったので、思わず手が出た。と言った方が正しいでしょうか……」
実を言えば俺は『穴』をくぐってすぐに蜘蛛を見つけていた。だけど既に先輩達がいて闘いが始まっていたため、討伐をするのは一端やめた。そしてその蜘蛛との戦闘で、魔法に関連する人がどれだけいるかと、日本に居る魔法使いの強さを知ろうと思った。しかし。
「ふむ、手が出た理由はなんとなく察しが付く。それは私たちが弱かったからだろう」
「……端的に言えばそうです。でもただただ『弱い』訳ではないと思います。花香の剣技には目を見張るものがあるし、先輩の魔法は威力がある。そして柳原さんについては……人とは思えない魔力があります」
一瞬ニヤリと先輩が笑った気がした。気のせいだと思いたいが、気のせいじゃないと思う。隣に座っているのに身を乗り出さないでほしい。だんだん近づいているのだが。
「うん。いい着眼点だ」
「ありがとうございます、では次は俺ですね。先輩は『ヴォーア』の生まれなんですか?」
「ああ、答えはYES。一応生まれは『ヴォーア』だ。だけど地球にいる時間も長いし、ヴォーアと地球を何度も行ったり来たりしているから、どちらも故郷のようなものさ」
やはりそうか。そうでなければエルフが此処に居るわけがない。
「そういえば君はヴォーアのどこに落ちたんだ? 忍法なんて滅多に使うものはいないぞ?」
「えっと帝都から馬で1か月くらいかかる所にある村らしいんですけど……」
そう言うと先輩は苦笑した。
「災難だな。帝都に近ければすぐに戻ることもできたんだけどな」
「え、そうなんですか?」
「落ちる人は稀に居るんだよ。だから実はギルドには迷子センターみたいな場所があるのだが、そこに地球人が来れば自動的に都に送る馬車を用意してもらえるんだ。逆に地球に来たやつは魔法ギルドを介してあっちの世界に送ってもらえる」
「へぇ、そうなんですね。それって問答無用に送り返されるんですか? それともそのまま観光とか滞在とかって可能なんですか?」
「観光は可能だ。必ず送られることは無いが、その場合は死んでも自己責任だな」
(自分から残りたいと言ったら、そりゃもう自己責任だよな。そこまで見てらんないだろうし)
「さて私の質問だ」
すっと先輩の表情に影がさす。そして小さく息を吐くと俺にこう言った。
「君の眼には何が見えているんだ……?」