#002『月光』
今朝は、いつもと微妙に違っていた。
柊家にとって非常に珍しい休日。今日は家族全員がゆったりと過ごすことができる。
しかし、朝食後、雄大たちは出かける準備を始めた。
「迅、すまないが、付いてきてくれるか?」
こういったことは、今までにも幾度かあった。
彼ら和解派は、軍に存在自体は知られているが、旧人類全体の方針とは異なっているため、目立って行動を起こすことができない。おそらくこれから、どこかで会合を開くのだろう。俺はその護衛のために連れて行かれるのだ。
護衛は嫌ではない。むしろウェルカムだ。一種の恩返しができるし、めったに外に出ることができない俺にとっては、外気に当たる良いチャンスではあるのだから。
この会合には、姉子や姉姫も参加する。雄大が和解派の一員であることは知っているが、彼女たちの心の内はどうなのだろうか。
二人が生まれたのは、旧人類と新人類の大戦が始まってしばらく後。大戦までの経緯、憎しみの連鎖自体は知らないはずだ。多くの人が傷付き、何かを失ってきたが、彼女たちはどうなのだろう。
「大丈夫ですよ。いつも特に用事とか無いですし。ちなみに今日は何時頃まで出かけるんですか?」
できるだけ、母さんを一人で居させたくない。
「今日も“あの”集まりなんだが、そうだなあ……2、3時間といったところだから、昼ごろ……つまり12時ごろには終わっているだろう。鈴! 昼飯作っておいてくれ。久々に一緒に食えるなあ」
確かに久しぶりだろう。柊家の稼ぎ口、特に雄大と姉子には休日がほとんどない。というよりむしろ、この大陸で軍人に休日はほとんど与えられないのだ。
今日は軍全体で三分の一ほどの人間が一斉に休みとなっている。ただし、各自で要厳戒態勢。いつ呼び出されても速やかに行動できるようにすること。こんなことが厳しく決められているらしい。
「もう行くよね、お父さん」
二階で着替えていた姉子が降りてきたようで、勢いよく扉が開かれた。
今日の格好は中々に……いや、というか今日もかなり露出が多い。薄い布だけに見える、羽織るだけの上着が透けて、中に着たキャミソールが見えている。下半身はホットパンツ着用で、程よく筋肉の付いた細く白い脚がしっかりと確認でき、自然と視線が吸い込まれる。
いやいや! 目立ったら駄目だろう。分かっているのだろうか。不安しかない。
嫌な予感がする。こうなってくると次に現れるであろう姉姫も……ああ。案の定だった。
清楚なワンピース。清楚、とはいうものの、イメージはそうではあるがこちらもやはり中々に、良い。癒されてしまう自分がいるという事実は、もちろん自覚している。
夏場で暑いのは分かっているが、日に焼かれすぎやしないだろうか。肌を大事に、自分の身体を大事にしよう。
とはいっても、この近辺の街は治安がかなり良く、誘拐等の重犯罪はもちろん、高度なセキュリティもあってか、万引きすらほとんど起きないため、身の安全に関して懸念することはない。
犯罪者やそれに準ずる危険因子はどうやら、太平洋の西端に浮かぶ島国に強制的に移送されるらしい。
俺は、窓から見える日の光の強さを察したが、この仕事の時専用の格好である、黒いフード付きのマントを目深に羽織る。視界は無くとも大丈夫。俺の嗅覚ならば問題ない。正体がばれないよう細心の注意を払うのだ。
家を出ると、長らく忘れていた太陽の暑さを思い出させられ、全身が重くなるような湿度と、地面に反射した日光の眩しさに、若干の後悔が生まれた。
雄大たち三人が先を歩き、俺は数メートル離れた後ろを正体がバレないように歩く。
前を歩く三人は世間話など、適当な雑談をして笑い合っている。こちらの気も知らないで。
今俺は全神経を集中し、五感を敏感にし、許容範囲の限界まで情報を取得してそれを整理している。簡単に言うと膨大で雑多な情報を処理しているのだ。
敏感になった聴覚故に、彼らの話声も、周りに住まう人々の生活音も、風が木々を吹き抜ける音も全てはっきりと聞こえる。
俺の付近の空気が痺れていくのを感じ、少し抑える。おっとやりすぎか。目立つ行為はご法度だ。
丘の上の家を出て向かうのは、3キロほど先にある電気街。普段、戦闘を主とする階級の軍人は寄り付かず、比較的貧しい人々や技術屋が暮らしているその街の、廃品回収業者の店の地下室を改装して、会議室としているらしい。
その場所には、今日初めて行く。前回は取り壊し予定のマンションの2室をぶち抜いた場所を会議の場としていた。やはりバレると色々とまずいらしい。
今日の俺の仕事で唯一の救いは、待機場所が常に日陰になっているという点だ。流石に炎天下で一人、気を張り詰めて見張りを続けるというのは、精神的にも肉体的にもキツイものがある。