#001『真偽』
この家は、酷く住み心地が悪い。
太平洋に浮かび、灼熱の太陽に照らされた人工大陸。軍の本部のある中心部から離れたこの場所は、人々の居住区となっている。
見せかけの自然に囲まれ、無色透明な遮熱フィルターによって保護されたこの場所で、俺たちは暮らしている。
高台に建つ数軒の家屋のうち、一際横幅が広いのが俺の住んでいる柊家である。見晴らしがよく、中心部を見るとそびえ立つ詳細不明の軍事施設『黒槍』が見え、逆を見やると美しい海が僅かに視界に入る。
柊家の外見は曲線が多く、白色や銀色で塗装されている。階段、廊下の行き来がしやすく、生活に便利な機能が多い設計になっているそうだ。
だがこの家は、俺にとって、とても住み心地の悪いものである。
先の大戦で親父が消息不明となった俺は、再婚を決意した母に付いてこの柊家にやってきた。優しく迎えてくれた義父方の家族、それにあっという間に溶け込んで笑顔を浮かべるようになった母。そしてそれに付いていけず、この状況をくだらないと思う一方、微かにも羨ましいと思っている自分に嫌気がさしているのだ。
この部屋は、酷く寝心地が悪い。
今までずっと俺を苦しめていた暗闇の世界から覚醒し、両腕にかかる重みを徐々に認識していく。悪夢のせいだろうか。
目を閉じたまま両腕を動かそうとすると、何か重いものが腕にのしかかっているようで、寝起きの身体はそれを持ち上げて起き上がるのを拒否する。
二の腕の内側から伝わる温もりに、それが生物だということを認識した。
おそらく人型のそれは突然寝返りを打ち、俺の腕の筋肉が押しつぶされて妙な音が鳴る。
痛みに思わず目を開ける。
白色の壁紙、少し高めの天井が広がる。この部屋はそこまで広くないためか、心当たりのある良いにおいが、安心するにおいが充満している。俺は、汗だくになっていた。
首を動かすと、俺の両腕の上には二人の女性が下着姿で眠っている。特に驚きもせず、一つ、大きな溜め息を吐いた。
これが俺の、ここでの日常の一端である。スースーと寝息を立てる彼女らは、柊姉子と柊姉姫だ。柊家の娘であり、俺の姉たちである。可愛らしい寝顔を晒し、隙だらけで眠ってはいるが、彼女たちはれっきとした軍人である。
当たり前のように思えてしまうこの状況。俺の安眠はいつも彼女たちに邪魔されっぱなしだが、俺は彼女たちに反抗できない。立場はもちろん、もし武力で対抗しようとしても俺は彼女たちに勝てない。俺は、無力な自分が心底嫌いだ。
「おい、姉ちゃんたち。朝だぞ」
声を掛けると、両脇でモゾモゾと動きがある。
彼女たちには専用の部屋、二段ベッドがあるはずなのだが、毎朝毎朝俺のベッドにいる。いつの間に潜り込むのだろう。鍵を付けたこともあるのだが、見事に無意味だった。
「おはよう。迅くん」
俺の胸部に手を当て、見上げながら話す彼女は、上の姉である姉子だ。寝起きにも関わらず彼女の特徴である美しい長い髪はあまり乱れていない。これは布団に入ってからそこまで時間が経っていないということだろうか。それはさて置き、重いのだが早くどいてくれないだろうか。
「ああ。おはよ」
俺は目を逸らしながら挨拶を返す。自然ともう一人の少女に目が引かれる。肌着が乱れて露出が多くなっている。どちらを向いても目の毒だな。
反対側に居るのは下の姉の姉姫。姉子に比べて口数が少なく大人しい。よって、俺との会話も少ないが、なぜだか少し気の合うところがある。しかし本当に重いので早くどいてください、お願いします。
二人は目を擦りながらゆっくりと起き上がり、俺からタオルケットを奪い取っていく。
「先に行ってるね~」
言うと姉子は、俺の額に口づけをした。そして姉姫はそれをじっとりと見守る。身体の芯から熱くなっていくのが分かる。頭の中に、奇妙な薄い、ピンクの霧がかかるような感覚。毎日のように思い出すこの感覚の正体を、俺は詳しく知らない。
「ああ。俺もすぐ行くよ」
姉子は微笑んでベッドから降りる。続いて姉姫がベッドから降り……ようとして俺を踏む。ビクンと反応し、俺はすぐに丸まり、腹をかばう。そして姉姫は謝りもせずベッドから降りた。寝ぼけているんですか痛いです。
扉の閉まる音がした後、俺は起き上がる。頭を強く振ると、先程まであったフワフワとした感覚が吹き飛んだ。
部屋を見渡すと、いつもと何も変わらない、見慣れた殺風景な部屋。
まったく。毎朝毎朝寝心地の悪いことこの上ない。
早く着替えを済ませて部屋から出よう。母さんの作る極上の朝ごはんと、居心地の悪い食卓が、待っているのだから。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
「おはようございます雄大さん」
「おはよう迅くん。今日も疲れた顔をしているね」
そう言ってこの人は、良い笑顔で高らかに笑う。ふむ。あなたやっぱり俺がどんな目に会っているか知っていますよね。とは言えない。
ダイニングテーブルで情報端末を眺めながら、いつもの、コーヒーが入っていると思われるカップを口に近づけるこのおじさんは、俺の義父である柊雄大だ。
彼は、俺の父親が消息不明になってしばらく後、どのような経緯で母さんと知り合ったのかは知らないけれど、“人”には言えない俺たちの境遇に気を使って、生活の補助等をしてくれた。そして俺の母さんと、形式上だけとはいえ結婚をして現在、同居しているのだ。
彼は、仕事のある日の朝、家族のだれよりも早く起き、今も着ている黒色の軍服――軍人にとっての正装を、キッチリと来て定位置に座っている。
日焼けした肌に爽やかな笑顔、性格も明るく、俺に積極的に話しかけてくる人物である。
「疲れますよ、本当に。訳も分からず疲れている感じです」
いや、訳は分かっているのだけれど。
トーストをかじろうとしていた姉子の方をチラと見ると目が合い、何が可笑しいのか、微笑を浮かべた。心の内を見透かされている気分だ。
「やっと起きたのね」
キッチンの方から聞き慣れた声がして見やると、俺の愛しい女性が目に入る。
俺の母さん、御堂鈴だ。容姿は整っており、性格は優しさに溢れ、俺が息子でなく他人なら真っ先に惚れるだろう。そんな母さんを射止めたのだ。俺の父親や雄大は羨ましい限りだ。
出来立ての朝食がテーブルに置かれ、そのままの流れで俺と母さんが席に着く。
「今年も志願兵採用試験の時期がやってきたぞ。今年こそ、迅くんも受けてみたらどうだい?」
雄大が俺の瞳をしっかりと見ながら、真剣な顔で訊いた。
「遠慮しておきますよ。色んなことで、また雄大さんの手を煩わせることにもなりますし、それに俺は母さんの居場所であるこの家を、守っていられるだけで十分ですから」
この場所、人工大陸では、俺と母さんの二人は異端者である。言ってしまえば、即刻排除すべき危険因子なのだ。
――『新人類』――なのだ。俺たちは雄大たち『旧人類』と敵対し、鬼共と呼ばれる種の者である。
故に俺は、彼らの味方として戦うことはできない。だが敵として戦うこともしたくない。中途半端な男なのだ。
そんな俺たちがここで暮らしていけているのは偏にこの柊の家のおかげである。
「そうかあ。まあ確かに大変な境遇ではあるがなあ。それに君も、我々旧人類と新人類の和解に賛成なのだろう?」
雄大は心底残念そうに肘をつく。
「まあ、そこを含めても、雄大さんの知り合いの新兵に新人類がいたなんてバレたら、ただでさえ肩身の狭い和解派の皆さんに迷惑が掛かりますから」
俺の父親は、先の戦争で新人類側として戦い多くの人々を倒した英雄。旧人類側からしたら恐ろしい存在だった。だが俺は、そんな父親とは意見が違い、今は和解を望んでいる。それはこの場所で長い間生活し、平和に馴染んでしまったからかもしれない。
姉子と姉姫が朝食を食べ終わり、続いて俺も残った食事を口に詰め、皿を下げる。
「ごっそさん。今日も上手かったよ」
俺はいつも通りの笑顔で母さんに笑いかける。
「はいお粗末様」
母さんもにっこり微笑んで俺を見つめた。どこか俺に気を使っているかの様な表情に見えた。
姉姫が半開きのカーテンをいっぱいに開くと、強くなった光に照らされて、母さんの笑顔が一層美しく見えた。
姉姫は朝日を浴びてスッキリとした表情を浮かべている。
母さんの笑顔をしばらく眺めた後、俺は振り返って呆れ声を出す。ずっと気になっていたんだけれど。もう言っちゃうよ!
「おい姉姫……お前だけなんで服着てねえんだ! シャツだけじゃなくて早く服を着ろ! 外から見えるぞ見られるぞ!」
あえて触れないようにしてきた、というかほぼ毎朝だけれど今日はいつも以上に酷い。
「見られて困るようなものじゃない。それに外は庭。暑いから仕方ないと思う。それに、その発想に至るのは、迅が私をそういう目で見ている証拠。違う?」
特に感情の乗っていない声色で俺に向けて言う。
「迅は、見て困る? それとも人に見られたくないの?」
続けて安定の無表情で問う。
「困りはしないけど、言っとかないとダメだろ」
困りはしないけど嬉しくもないぞ。なんせこっちにとっては見飽きたものだ。なんて考えてしまうあたり、やはり俺の貞操観念はこの姉妹に毒されてしまっているのだと再認識する。
「しょうがないよぅ、姫ちゃん。迅くんはお姉ちゃんたちのこと、大好きだから」
先程からニヤニヤと観賞を続けていた姉子が余計なことを言う。
「良かった。兄弟仲良しで嬉しいわ」
母さんは誤解したうえでもっと余計なことを言う。穏やかでいいけれど、天然すぎるぞ、わが母よ。
「ククッ……さぁて、そろそろ俺は行こうかな」
いや待ってください!助けてください雄大さん!行くにはまだ早い時間じゃないですか。ていうか今笑った!?
「いやいやあんたら……示し合わせて楽しんでねえか!?」
俺が憎み口調で言うと、姉子が皆の顔を見回して、言った。
「どうだろうね!」
ああなんて楽しげで、落ち着いてしまう家なんだ。この家での生活、義父や姉たちに対して言いようのない不安な気持ち、嫉妬の気持ちを抱いてしまっている俺は、この場所にいていいのだろうか。今すぐにでも母の手を引いて、海の向こうに逃げていきたい。
俺はこの朝の光景を眺めて、薄い笑いを浮かべた。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
そろそろだ。
何が、と聞かれれば、姉たちの帰りが、である。考えたくもないことなのだが、俺は毎日この時間になると、姉たちのことを考えざるを得ない。
広大な人工大陸の中心付近には、人々の暮らしを守り、新人類が占拠した外部の領土を奪還すべく戦っている、連合軍の本部基地が広がっている。
柊家の三人は毎朝毎朝、家からここへ向かう。
往復で一、二時間も掛かるのだが、わざわざ彼女らは周りに軍の人間がほとんど住んでいないこの高台まで帰ってきてくれる。
俺はそんな彼女たちを、毎日待ち続ける。待たされ続ける。
俺の内には二つの感情が交差し渦巻く。
夜もなかなかに遅い時刻。天候が荒れやすいが、空がきれいに見えるこの大陸。今晩は星が綺麗に見える。
柊家では、朝夕の食事は、外食の時以外家族全員で食べるのが日課だ。
バルコニーで星を眺めていた俺は、座っていた椅子をギシリと鳴らし、立ち上がる。
匂いがする。すぐそこまで帰ってきている。
しばらくすると、門を開く音が聞こえ、そのすぐ後に、ゆっくりと玄関の扉が開く音がした。
ほう、と一息つき、日中太陽に蒸され、室内の温度や湿度が上がりまくった自分の部屋を通り、ダイニングまで一気に駆け下りる。
「あ、迅くん! ただーいま」
「おう」
おかえり、とは言わずに俺は食卓に向かう。一番乗りだ。これから姉子たちはシャワーを浴び、それから夕飯になる。
雄大さんの帰ったよ、という声が玄関から小さく聞こえた。
一人、首の後ろを手で支えて、思い切り天井を見上げてみる。
久々に、親父のことを思い出す――
親父は、頼れる男だった。今となっては生きているのか死んでいるのか確かめようのないことではあるが、俺の憧れだったあの父親は、ある日突然、母さんと俺を置いて姿を消した。いや、夢に見て思い返す度後悔することが一つある。
あの頃の俺にとって突然の出来事に思えたこの事件は、後に思い出す度に、そんな予兆はあったのだと気付く。
先の大戦。旧人類の大半が、生物として高位に立った、立ってしまった新人類を迫害し始め数年。俺はまだ生まれていなかったので、社会の状況についてはあまり知らないのだが、新人類側でも、今で言う過激派、或いは帝国と呼ばれる集団が宣戦布告も無しに、世界中の旧人類を殺戮し、多くの死体が生まれた。詩的な表現をするならば、死体の山を築き、世界中を血の海に溺れさせた。という感じだろうか。
すべての発端はここにある。戦う意思のない、普段穏やかに暮らしていた新人類たちにも憎悪の矛先が向き、俺の親父や、その他大勢が戦争に参加することを余儀なくされた。喰うか喰われるか、だったのだ。
もちろん、兵器と互角に渡り合えるような戦士が何人か存在する新人類側に分があった。これを見越しての大量殺戮、挑発だったのであるが。
俺の親父も戦った。誰よりも多く戦ったそうだ。多くの人々をその手に掛けたのだろう。その英雄は、戦争を収めるために戦った。しかし状況はなかなか好転せず、終息することはなかった。それどころか、新兵器が開発され、戦争はさらに激化した。
戦争が起こったのは百年と少し前。新人類の寿命は、詳しい平均データ等は出ていないが、三百年を超える可能性もあるという。そして、その成長は早く、老化は極度に遅いそうだ。寿命で死ぬ際には、その前の数年で一気に老けるという。
俺が夢に見るのはいつも、旧人類が人工大陸に住み始めたころの話。夢に見ると言っても、親父の顔だけは何故だか、記憶に霞がかかったように、思い出すことができないのだが。
夢の中の俺は、自分の体格、年齢を把握できない。そして、目の前には、手を差し出す俺の親父と思しき男が立っているのだ。
何もない、音もない、真っ暗な場所。無音から生じる耳鳴りすら存在しない世界。手を引かれて連れてこられた不安な暗闇の中で、一人浮き出た男が言う。
「迅、お前は、俺を見て生きてくれ。人々を見て生きてくれ。世界を見て生きてくれ。救うんだ。俺達でな。やらなければいけないことがある。分かるか?」
訳も分からず、身体は俺の意思には関係なく、二度、しっかりと頷き、視線を落とす。差し伸べられた堅そうな手は、無機物であるかのように微動だにしない。
「真実を見に行こう」
ここで、男の言葉は止まる。俺は、この先を知っている気がする。この続きは決して思い出せない。
そして、俺は、その手にゆっくりと触れた。すると、手は溶けだし、骨以外の部分が爛れたようになり、下に落ちる。
俺はそこで叫ぶ。が、音は生まれない。口を大きく開いて空気が喉を鋭く通り抜け、腹筋が攣りそうになるくらい叫んだ。俺が触れたそれは、人間の骨――正確に言えば、左手の骨だが――だった。灰がかった白の脆そうな骨の上に、赤っぽい肉の痕が乗っている。
反射的に顔を上げると、そこには見知った男の顔があった。親父ではない。何か恐ろしい得体のしれない怪物のようなものに思えた。俺はそいつも、知っているのだろうか。
そして俺は、目を覚ますのだ。柔らかく、温かい、人間の感覚に包まれながら起きる。
俺の見る夢は、まだ誰にも語ったことはない。語ったところで、何も戻らないし、何も進まないのだから。
長い間物思いに耽っていたようで、姉子たちはすでにシャワーを終え、ちょうどダイニングに入ってきたところだった。
暗い気持ちになっている中で、水分豊かに輝く彼女たちの身体。薄着なのはいつも通り。もう分かりきったことである。まったく、いつ見ても目の毒だ。やめていただきたい。
「出たよ~、迅くん! 一緒に入りたかったかな?」
「迅は、いつも私たちをいやらしい眼で見る。それなのにやめろやめろって言う。なんだっけこれ。ツンデレっていうか、偽善者? 体裁なんて気にしなくていい。家族に遠慮はいらない。私たちの身体をどれだけ舐め回しても、文句は言わない」
姉子と姉姫は元気そうである。ところで姉姫、舐め回すの後にもう一個動詞を入れていただかないと変な感じになるから訂正してくれ。わざとなのか天然なのか、あの無表情からは何も読み取れない。
「うるせーよ。別に嬉しくないから……自意識過剰かよ」
姉子は変わらず笑顔である。こいつこそいやらしい。色んな意味で。
「なんだ、迅くんはうちの娘たちを舐め回したいのか?」
ほら見ろ! 案の定誤解してる人がいるじゃないか! だからやめろと!
雄大さんも軽く湯を浴びたようで、身体から湯気が出ている。普段から湯気が出てそうな肉体だけどな。
「舐め回す?」
もういいよこの流れ! 母さんまで入ってきて俺をいじめるんだ。
俺は表情こそあまり変えないが、心の内ではだいぶ困っている。
「や、やめろ。この話題は終われ! 早く晩飯食おうぜ。」
晩飯はいつも通り母さんの手作り。旧人類も新人類も、俺が知る限りではあるが、味覚は同じらしい。美味しい料理に、皆ほっこりする。俺の身体は、準備を始める。この後が問題なのだ。俺がこの家に来て三年間。身体に染み付いてしまったあの感覚がこみ上げる。
母さんは気付いていない。母さんと雄大さんの部屋は一回にあるからである。それがせめてもの救いだ。
食事を終えると、俺は風呂に向かい、身体を清めて“姉たちの”部屋に戻る。
新人類の感覚は鋭敏だ。視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚が常人の数倍だ。そして空気を感じ取る力も異常なほどに高い。俺は、皮膚にピリピリ来るような感覚を思い出し、部屋へと向かった。
ここからは両親とは不干渉の秘密の時間。俺が忌み嫌い、求めてしまう時間である。扉を開けた瞬間から、息が荒くなってしまう。口角が上がってしまう。
そこには、生まれたままの姿の姉子と姉姫が座っていた。
「「ハイ、いらっしゃい」」
姉子は愉悦に染まった艶めかしい表情で笑い、姉姫は感情を出すことなくミステリアスな微笑で居た。
引き締まるところは引き締まり、しかし全体的にむっちりとした女性らしい躰。昼間に見る時よりはっきりと、くっきりと見える。唇に、首筋に、胸元に、腰回りに、太ももに、脚に、視線が吸い込まれ。身体がゾクゾクする。
始まりは決まっている。
姉子が立ち上がり、こちらにゆっくりと、見せつけるように歩いてくる。
そして――俺のシャツを脱がし、舌を腹から首へと這わせ、唇と付ける。口づけを、交わす。舌の絡み合う激しいキスに、頭がおかしくなる。身体の芯から熱くなる。
口と口を離すと、唾液が糸を引き、俺はまだ反抗する意思を見せようと姉子を睨む。
「くっ」
俺は変わった。変えられた。この自覚があるからこそ、俺は今の自分に嫌悪感を抱いているのである。
刃向えない。刃向えない。
次に姉姫も加わって、ベッドの上に連れて行かれる。姉姫は横から少し手を出すくらいだが、姉子の手は決して緩まない。
この時間、俺はしばらくの後意識が薄れる。彼女たちは何を思っているのだろうか。
ああ、胸糞悪い。嵌められている。これはなんなんだ。そろそろ俺は、潰れる。
気持ちよさと同時に、骨の腕を思い出し、吐き気を催した。
今日は、なんだかいつもと違う気がする。これから、なぜだかいつもが違う気がする。
そして俺は、いつも通りに溺れた。
#001『真偽』了




