許されざる罪
貧困層の「僕」と、富裕層の「私」出会うはずのない2人が出会い、恋に落ちた。その落ちる先は、一体何処か
僕は貧民だ。人口爆発の影響で働き口が無いから、収入が無い。国からの支援が無ければ生きられない。しかし国の財政も厳しい。我々貧民は常に貧しくなくてはならなかった。
私は富裕層の人間。いつも高層ビルから地上を眺めていた。双眼鏡で人々の顔を覗くと、だいたいみんな苦しいような表情があった。それがなぜだか私にはわからなかった。
僕らが出会ったのは去年の暮れ。クリスマスにやっと見つけた仕事をがむしゃらにこなしていた時のことだった。
「あら、あなたずいぶんお疲れのようね」
突然彼女がそう言った。
「ええ、3日間寝ずに働いていますから」
「どうしてそんなに働くの?」
「そりゃ、生きるためですよ」
「辛くないの?」
「辛いです」
富裕層の人間。欲しい物が何の苦労もなく手に入る世界。そこで甘やかされてきた人間はだいたいみんな世間知らずだった。
「あなた家へいらっしゃる?今にも死にそうな顔をしているわ」
「良いのですか?」
「もちろんよ。さぁいらっしゃい。こっちよ」
僕は彼女についていった。
「ところであなた名前は?」
「春樹と申します」
「私はサクラよ。よろしくね」
明るいネオンに照らされて、彼女の顔がくっきりと現れる。端正な顔立ちの中に、どこか幼い感じが残る。そんな印象だった。
私は春樹を連れて自宅へ向かった。春樹は黙ってついてきた。
不意にクラクションが鳴る。目の前にトラックがあった。大きな衝撃を感じた。私は歩道に倒れていた。春樹が私を突き飛ばしたのだ。
「春樹さん?」
「危ないなぁ。気をつけなきゃダメじゃないか」
「ごめんなさい」
「とにかく、早く帰ろう」
ありがとう春樹さん。私はその言葉を言えなかった。
私はマンションのエレベーターに、自分の部屋の階を入力した。
ドアが開く。もうすぐ部屋がある。春樹は珍しそうに当たりを見渡していた。
「帰ったわお母様」
「あら、お帰りなさい。隣にいる方は一体どなた?」
「春樹さんよ。私を助けてくれたの」
「サクラさんがトラックに轢かれそうになったもので」
「まぁ!それは大変ね。怪我は無い?」
「ありませんわお母様」
「そう。ではあっちへいってらっしゃい。美味しいケーキを用意しているわ」
私はケーキのあるという部屋に向かった。春樹はついてきていなかった。
「あなたには大事な話があるわ」
僕はサクラの母にそう言われた。少し厳しい声だった。
「なんでしょうか」
「あなた。娘を助けてくれてどうもありがとう。でもね、サクラとはもう会わないで頂戴。サクラはあなたに好意を持っているわ。私達は富裕層。そしてあなたは貧困層。立場、分かるわね?」
富裕層には富裕層としてのプライドのようなものがあった。貧民などは相手にされないはずだった。偶然、今夜はサクラの気まぐれでこんな所に迷い込んだ。汚いネズミ。そんなものは今すぐにでも追い出したい所だろう。
「もちろんタダでとは言わないわ。娘の命の恩人ですもの。これを持って行きなさい」
サクラの母が合図をすると、スーツの男がケースを持って現れた。
「二千万入っているわ。これで手を引いて頂戴」
僕はそれを受け取った。その瞬間僕の心が汚れてしまったのが分かった。現実味のない大金。贅沢しなければ一生を暮らせるかもしれない。
「わかりました」
僕はとぼとぼと歩き出した。本当にこれで良いのだろうか?幸せに暮らせるだろうか?
そう思っていたとき、ドアが開いた。
「あれ?春樹さんもう帰るの?」
そして走り寄って、サクラは僕にキスをした。
「また来てね!待っているわ、春樹さん!」
「サクラ!」
母が大声で叱る。その声はどこか遠くで聞こえていた。
キスをされた。今。なんて無垢で、純粋な、あぁ、汚れた自分の心が浄化されるようだ。美しい。
「すみませんが」
サクラの母が振り向いた。
「なによ?」
「これは受け取れません」
僕はケースを投げ捨てた。
「私はサクラさんが好きになってしまいました」
「あなた、自分が何を言ってるか分かってるの?許されないことだわ」
「素晴らしいわお母様!今すぐ式を挙げましょう?」
「あなたは黙っていなさい」
自分が何を言ってるかくらい分かってる。このまま二千万持ってとっとと帰った方が良いのも分かってる。でも、それでも自分を偽りたくない。
僕はそのまま走り去った。あれから何度もサクラと会った。しかし、妨害されるようになった。嫌がらせをされた。おそらくサクラの母がいろんな方向に圧力をかけているのだろう。僕らの安住の地は無くなった。
そんなとき思い出した。自殺者保護センターのことを。
「なぁ、サクラ。自殺者保護センターって知ってるかい?」
「なぁに?それ」
「そこに行けば、2日間は絶対に誰にも邪魔されないんだ」
「素晴らしいわ!今すぐ行きましょう」
僕らは自殺者保護センターの待合室にいる。二人で申請したから同時に呼ばれるはずだ。サクラにはここがどんなところか教えていない。サクラには悪いが、2日間でどうにか彼女の母を説得してみせる。
「飯田春樹さん、中本サクラさん。お入りください」
「行くよ。サクラ」
僕らはそこで、白衣の男に錠剤を手渡され、それを飲んだ。次に粉薬を渡された。
「これが解毒剤です。死にたくなくなったら飲んでください」
僕らは部屋を出た。
「ねぇ春樹さん。死ぬってなぁに?」
ああ、この子は無知なのだ。それ故にこんなに美しい。僕は必ず守ってあげよう。そう思った。
「それはまだ知らなくても良いことさ。いつか必ず分かることだよ」
施設に入った。10人くらいいる。暗い表情をした者。何かを悟ったような顔の者。諦めたような顔。
「どうしてみんな暗い顔をしているの?」
「さあ?何か悪いことがあったんじゃないかな。僕らには関係の無いことだよ」
「春樹さんなんだか変だわ」
「そうかな?きっと気のせいさ。そうだ、ご飯を食べよう。お腹が空いているんだ」
「それは名案ね!そこのテーブルに座りましょう」
窓から光が差し込む。眩しいくらいだ。僕は普段の生活じゃ見ることも無いくらいのご馳走を食べた。サクラは蕎麦を食べた。
「蕎麦って美味しいのね。一度も食べたこと無かったのよ」
「僕もこんな豪華な料理食べたこと無いよ。ああ、涙が出てきた」
「変わってるのね春樹さん。お食事で泣くなんて」
「気にしないでくれ。今僕はとても幸せなんだ」
食事を終えた僕らは寝室へ向かった。やっと2人きりになることができた喜びが2人を満たした。
夕食。僕はまたご馳走を頼んだ。サクラはうどんだ。
その夜僕らは初めて一つになった。
「昨日は良かったわ。春樹さん、またしましょうね」
「あ、ああ」
時々、僕はサクラを汚しているんじゃないかと思うことがある。はたしてそれは許されるのだろうか。
一日目
僕らは朝食を食べ、面会室へと向かった。僕の母が来ていた。サクラを外で待たせ、親と会った。
「春樹、どうしてこんなところにいるの?」
「大丈夫だよ。心配しないで、サクラの親を説得するためにここにいるんだ」
「中本さんのことよね?それなら分かったわ!必ず結婚しなさい。応援してるわ。なんたって中本財閥のお嬢様よ。よく見つけたわね。逆玉よ!これで生活がずっと楽になるわ!富裕層への仲間入りね。良くやったわ」
ああ、この人は汚れきってしまっているのだ。そう思った。
「僕は彼女をそんな目で見ていない。純粋に愛しているんだ。もう帰ってくれ。話すことはなにもない」
僕はそう言って部屋を出た。
昼食を食べていると、新しい人が入ってきた。若い男性だった。
二日目
僕は苛立ちを隠せないでいた。いつまでたってもサクラの家族が面会に来ないのだ。朝食、昼食を食べた。僕らはあと少しで死んでしまう。そんなときに、サクラの母がようやくやってきた。
「あなた。良くもやってくれたわね。新聞に私の娘の名前があるって、話題になってその処理に追われてなかなか来れなかったわ。あなたのせいよ。何もかも全部」
「なんとでも言ってくれて構いません。が、サクラさんとの結婚を認めてもらいたい。僕らは本気だ」
「そうよお母様。私たちは愛し合っているのだもの」
「サクラ。あなたは世間を知らなさすぎるのよ」
「世間体を気にして僕らの邪魔をしているのですか」
「あなたは黙っていなさい!」
物凄い剣幕でサクラの母は怒鳴った。
「絶対に認めないわ。ねぇサクラ。こんな男よりももっといい男を探してあげる。あなたに見合う男をね」
「嫌よお母様!私は春樹さんがいいの!」
「わがまま言わないで!あなたの幸せのためなの!」
「どうしてお母様は私の言うことを聞いてくださらないの?いつも私にばかり自分の意見を押し付けて。私はお母様の人形じゃないわ!」
そう叫んでサクラは出て行ってしまった。
「サクラ」
「追わなくて良いわ。はぁ、全く。誰に似たんだか。ずいぶん頑固ね。あの子」
「あなたにとてもそっくりです」
「ええ、そうよ。でもあの子は知らなさすぎるのよ」
「僕が彼女を守って見せます。だから」
「そうね。あの子の幸せを考えたら、あの子の好きなようにさせるのが一番なのかもね。分かったわ。結婚を認めてあげる。ただし、絶対にサクラを幸せにしなさい!」
やった。歓喜が押し寄せる。
「はい!必ず!必ず幸せにします!」
「追いなさい」
僕はサクラを追って飛び出した。やった!やった!これでようやく幸せが本物となる。現実のものとなる。やった!やった!
サクラはすぐに見つかった。一番端のテーブルに独りでうつむき加減に座っていた。
「サクラ!やったよ僕らの結婚が認められたんだ!さぁ帰ろう!粉薬を飲むんだ」
サクラはゆっくりと振り向き、弱々しく笑った。虚ろな目をしていた。
「サクラ…?」
「春樹さん…?今分かったわ。これが死ぬってことなのね…最後って事なのね…ありがとう…ありがとう春樹さん…やっと言え…た…」
サクラは弱々しい声でそう言うと、それきり動かなくなった。
「サクラ?サクラ?サクラ!目を覚ましてくれ!ウソだろ…こんなのって…」
サクラはすぐに担当の男が連れて行った。僕は面会室にいるサクラの母に会いにいった。
「どうしたの?サクラは?まさか…!」
「あなたは…あなたは来るのが遅過ぎた。僕は…僕はこんな事しなければ…ああ…サクラ…ごめんよ…ごめんよぉ…」
僕は叫んだ力の限り。息が続く限り。いつの間にか、僕の意識が無くなっていた。
死亡end
ちなみに貧困層の年収はかなり低い。だから二千万でも一生分の大金に思える。って設定。