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5.作戦準備

『……確認しましたが、ご類推されている通りかと』

 電話の向こうで、酷く腰の低い声がそう告げた。

「そうですか。お手間をお掛けしてすいませんでした。ご協力に感謝します」

『いえ。弊社も管理局様には感謝が絶えないものですから。むしろこちらの不手際として――』

「何をおっしゃいます。同じ制服で客の多い昼日中のことです。同僚だって、発見するのは難しいでしょう」

『そう言って頂ければ幸いです。後日にまた、お気持ちをお送り致しますので……』

「気にしなくていいんですが……ありがたく受け取らせて頂きます。では、また」

『はい。またのご利用をお待ちしております』

 通話を終え、新島は短く息を吐いた。

 昼前に来たデパートに確認したところ、警備会社から派遣されている異人種にリザードマンはいないらしい。

 制服に関しては、非正規で売買しているショップもある。

 ならばどうやって鍵すらない車両を盗むのか。これについては異人種特有の『力』も考えられるが、技術的な面から見ても難しいことではない。相手がリザードマンならば、力づくでも可能だろう。

 問題はどうやって相手の居場所を特定するか、だ。

 どの時点で車両から逃げ出すのか。どうやって……は飛び降りだろうが、しかし。

「それで目撃者が居ないっていうのも、妙な話なんだけどなぁ」

 暴走車は嫌でも目立つ。だがその速度故に避けられない。

 しかしその事故の目撃者というのは、先ほどのように人気のない街路でない限り存在するはずだ。

 それが今まででゼロ。念の為に佐戸に確認してみたが、情報は入っていない。

 となれば、だ。

 新島は冷えきった缶コーヒーを一気に飲み干して、網目状のゴミ箱に投げ入れた。

「さて、と」

 時刻は午後二時。

 新島は腰を落としていたベンチから立ち上がる。広い公園には、にぎやか過ぎるくらい子どもたちがはしゃいでいて、その親御らしき主婦たちは子どもを横目に井戸端会議としゃれこんでいる。

 ちょっとした異物のように、彼の周りには誰もいない。平日の昼日中から公園に出入りしている男なぞ、怪しくて当然だ。

「エルクとも連絡がつかないし、参ったな」

 八割ほど彼女――四人目、というか実質一人目の入居者――が今回の大きな役割を背負う予定だった。有無をいわさずメールを送ったのだが、『死ね』の一言で帰ってきた。

 家賃すら貰ってないのに、だ。確かに一ヶ月のうち二週間ほど家を開ける彼女だが、居る間は丹精込めて労っているのに。

 仕方がない、本気で追い詰めるしかないのか。

 新島は再び携帯電話を取り出して、管理局へ電話する。一番最初に繋がるのは上下市の支部だ。ここから、東京支部までつなげてもらって、初めて佐戸へと繋がる。

 交換手との幾度かのやりとりを経て、ようやく佐戸が応答した。

「いい加減、私用の番号教えて下さいよ」

『お前とはプライベートの関わりを持ちたくないんでな』

「正直ショックです。……まあ冗談は置いて――今日中に方をつけますよ」

『……思ったより、動くのが早いな』

「僕に連絡をしてきたってことは、そういうことなのでは?」

 すっとぼけたような声に、電話口から深い溜息が聞こえてくる。

『栄転先では、随分と頑張っているらしいな』

「言いたいことは色々ありますが、先に要件だけお願いします」

 この上下市はモン・ステア学園の設立をきっかけとして、異人種の支援に莫大な資金が投じられた。政府の考えとしては、世界中、ひいては日本中に一定の集団がバラバラに点在するより、管理しやすく一点集中して欲しいというものがあったのかもしれない。

 それはひとまず置いておくとして、それ故に異人種関連の問題は他の都市、あるいは国の十、数十倍とまで膨れ上がってしまっているのは置いておくとして、だ。

「暴走車の初出ってわかりますか?」

『う……む。記憶では、二週間ほど前だな。上下市への検問を抜けたのは二日前だが』

「何件です?」

『七件だ。うち軽自動車が三件、普通自動車が四件うち上下市が二件』

「なら九件ですね。僕の原付がやられました」

『ニ台もか?』

「ユリさんが狙われましたよ。大型トラックで、ハイビームの目潰しまで効いて」

 大きなため息。

 つられるように、新島も苦笑した。

『お前が狙われてどうするんだ』

「何言ってんですか」

 新島は誤りを訂正するような、後ろめたさなど一分もない自信しかない声で言った。

「だから動き出したんですよ」

『やりすぎるなよ。ただでさえ、お前のところはワケありすぎる』

 かつて、そんな事があった。

 昔話だから、もはや語られぬことだが――新島夕貴が上下市のたった一人だけの管理局員として派遣された理由の原拠。

 走馬灯のように過る硝煙、鮮血、罵声、暴力の嵐、悲鳴、絶叫。

 今だって、何も変わらない。

 人間だって、異人種だって、どうしようもないバカが居る。そのバカを殺――懲らしめる。その仕事を、彼はもっとも得意としている。

「徹底的に」

『やるなと言っているんだ、馬鹿者』

 嘆息。

 佐戸はわざとらしく息を吐いてから、言葉を継いだ。

『それで、関連性がありそうな事件を訊いてどうするつもりだ』

「ああ、そうそう。その被害者について聞きたいことがあったんですよ」

『済まないな、時間がない』

「五分で終わらせてください」

『一分もない。端末にデータを送らせるから、他のことは他のやつに訊け』

「それだと権限とかでいちいち許可に時間が――」

 ぶつり、と電話が切れる。

 新島は肩を落として、端末を睨む。しばらくしてから、データの転送があった。

 エクセルファイルには、被害者の名前、性別、人数、場所、種族などがきちんと記されている。事故発生時の状況から時間まで記入されているから、だいぶ状況を把握できた。

 さらに関連性も、だ。

「ま、上等かな」

 新島は公園を後にする。

 一先ずは、準備をして待機。

 もしこの共通した状況通りに動いてくれれば、次の事件は深夜だ。

 悪辣な、と言うにはあまりにも穏やか過ぎる笑みを浮かべながら、新島は寮を目指す。頭の中は、早くも分厚い皮膚に通用する弾丸を選定し始めていた。

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