当プール人魚姫滞在中につき
〈当プールには現在人魚姫が来場しておられます。どなた様もご無礼のないようご配慮いただきますよう、何卒よろしくお願い申し上げます〉
今日は四月一日ではないし、昨日も明日も四月一日ではない。
プールの入場料は通常の倍額ほど取られる上、有料のモノフィンとマーメイドスーツを借りなければならない。それを着用して、人魚姫を驚かせることなく一緒に泳いでください、というのだ。
〈注意事項:来園者各位、速く泳ぐのを競い合わないようにしてください。万が一、競泳かそれに準ずる行為によって事故が生じた場合、当プールは一切の責任を負いません〉
片足ずつ装着するビーフィンと違い、モノフィンは両足を揃えて動かすため、慣れる必要がある。感覚が掴めなくて溺れかける人もいるため、監視台で水中用の銃を構えたスタッフとインストラクターが常駐して面倒を見ていた。
プールサイドは男女の人魚で大賑わいしている。
ここは人魚の世界。
右も左もプールの中も人魚だらけで、自分自身も人魚になっているのだから、誰もがそう思っても不思議ではない。
リアル人魚になったカノジョがプールに潜って目を離した隙に、カレシは他の人魚たちを品定めしていた。腹筋は割れてるか割れてないかそれが問題だ。
監視台のスタッフがプールから目を離さずに囁いてきた。
「探せば見つかるよ」
「え」
「モノフィンの外せない女性だよ」
「へえ。興味ないですね」
「じゃあいいや」
押し黙られて一分もしないうちに、カレシは呆気なく観念した。
「本当なんですか」
「じつは彼女、負かされちゃったんだよね、泳ぎで」
「人魚がですか」
「泳ぎで人間に負けるなんてこと、あったらいけないだろ。でも、彼女、泳ぎが絶望的に下手くそで」
「人魚なのに泳ぎが下手って」
「プライドだけ高いお姫様は困るんだよ。水の中に引きずり込んでしまえばって発想になるから」
「……触らぬ人魚に祟りなし」
「うまいこと言うね――ああ、また始めたな」
戯れる人魚たちが両側に分かれ始めた。その間を二つの魚影が右へ左へ寄れたり、逆走したりしながらも前へ進んでいく。
「こりゃあ、いつになくいい勝負だ。だけど、ルールは守らないと」
スタッフが銃を構え、引き金に指をかけた。
「どっちが人魚なんですか」
「どっちかか、あるいはどっちでもないか」
「え」
「きみのカノジョ、どっちだろうね」