8、猫・食われる
あたしはくぅぅと屈辱に身を震わせた。
そもそもおかしいのだ。
あたしが体を奪った猫は、決して子猫ではなかった。
白くて光にきらきらと輝く不思議な虹色の瞳の猫は、確かに美しい白い猫であったけれど、子猫では無かったのだ。
あたしは鏡に自分の姿を映す。
金色の瞳に赤いリボンをつけた、白い子猫。
――間違いなく、子猫だ。
それも生まれたて。
へ その緒こそついてはいないが、まだまだ母猫を恋しがるような子猫。角度をかえてみても自分はやっぱり子猫だった。
「――」
これはいったいどういうことだろう?
あたしはあの猫の体をのっとった筈だ。
魂を癒す為に。
だというのに、子猫。
「まあ、おまえってばナルシストね」
くすくすと侍女が笑う。
あたしはムッとして睨みつけたのだが、どうも子猫の眼光はちっとも相手を威圧しないようだ。あたしは彼女を無視し、逃亡を図ることにした。
とてとてと歩み、開いている扉へと向かう。
それに気づいたのか、侍女は微笑んだ。
「屋敷の外に行っては駄目よ?」
ばーかーめぇぇぇ。
あたしは廊下に出た途端走り出した。
――窓はおろかどこも開いていないことに気づくには、二刻の時間を必要とし、あまつさえ体力を相当奪われたあたしは廊下でへたりこんだ。
うううう、誰か助けてぇ。
お腹すいたし。
もう動けない。
そんなあたしの前に、ぬっと影がさした。
突然あらわれたその影に、へろへろの体の反応は遅れ、あたしは驚愕に瞳を見開いた。
それは巨大な口!
あたしはがばりとその口に食われたのだ!
「ふぎゃぁぁぁぁぁっっっ」
あたしの鳴き声が屋敷に木霊す。
その声につられたのか、侍女がぱたぱたと現れ、安堵したように笑った。
「ああ、やっと見つけてくれたのね、ダスティ」
おまえはいい子ね。
言いながら侍女は巨大なシェパードに咥えられたあたしをひょいっと引き取ろうと手を伸ばした。
が、口の間に子猫を挟みこんだ巨大犬はとてとてとその脇を抜けてしまう。
くわ、くわ、くわれてない?
あたしもしかして欠けてない?
あたしは身を硬くして犬の口の中で震えた。
犬は静かに廊下を歩いていく。
侍女は少し慌てた様子で「ダスティ、猫を放して」というのだが、相手は一向に彼女の言うことを聞かず、ダスティと呼ばれた犬は自らの指定席である居間の片隅に座ると、ころりと転がり、自分の腹の横にあたしをとんっとおろした。
ふんふんふんふん。
でかい鼻でふんふんとあたしの匂いをかぐ。
辞めて。
鼻息がすっごいイヤ。
というか、あたしを食べても美味しくないから!
あたしは怖さでそれこそ失禁しそうだったが、やがてダスティと呼ばれた巨大犬はベロリとあたしを舐めた。
ぶんっと体が振り回されるように倒れる。
慌てたのか、ダスティはついで先ほどよりも優しく舐めてくる。
「まぁ! ダスティってば」
心配そうにしていた侍女だったが、やがてころころと笑い出し、犬の頭を撫でた。
「種族を超えた母性本能かしら?」
母性本能って、あんたこの犬どう見てもオスでしょうに。
そもそも、その湿り気の強い舌で舐めるの辞めて!
うひぃぃぃ。
それでもしばらくすると、食べられることはなさそうだと気づいたあたしはやっと大きく息をついた。
まったく驚かしてくれる。
極度の緊張から解かれたあたしはぽてりとその場でうずくまる。
逃げ道は見つからないし、お腹はすいたし、もうへろへろだ。
気弱な声で「みーみー」と声が出てしまう。
侍女が笑いながらミルクをもってきてくれるまで、あたしはダスティにべろべろと舐められ続けていた。