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88、再会

「どうかしましたかー?」

猫の前足の下に手を差し入れて、小首をかしげる使い魔。

なんだってこのイキモノはこう呑気なんだろうね?


エイルと同じ顔していてもその性格はまるきり違う。

ま、顔はね、もともと違う顔だったし。色々しかたないんだけどさ。

「あんたちょっとエイルの真似してくんない?」

「エイルさんのですかー?」


翌日、あたしは「謝る」と心に決めたもののなかなか実行に移すのは難しいと考え、とりあえず練習することにした。

いつものようにエイルの屋敷の裏手門から入り込み、そこで使い魔の足を止めさせたのだ。

……ぐずぐず時間を引き延ばしてるわけじゃない。


「そう、エイルを昨日怒らせたからね。あんたは代役としてちょっと受け答えしなさい。エイルになりきって!」

「はーい」

「んじゃ、いい?」


ってか持ち上げられっぱなしもどうなんだろうね?

まあいいけど。


「昨日はあたしが悪かったわ。ちゃんと反省してます。ごめんなさい」

許してくれる?

「もちろんですーっっ」


失・格!


「どこがエイルだ!」

このド阿呆っ。

「本物のエイルだったらこの場はギロリと睨みつける場面でしょ! あいつがたかが一度や二度の謝罪で許すかっ」

自分で言っておきながら、色々と気力がそがれそうになる。


だよねー、一度や二度のごめんなさいであいつが許すわけないかー。

なんかあいつ人間ちっちゃくない? もっとおおらかにイキロ!


あたしは嘆息し、まずはやっぱりチビ魔女ブランに変化しなければいけないのだなぁと気落ちした。猫のまま謝ったところで通じない気がする。

なんというか誠意というヤツが?

それに白猫が一生懸命「ごめんね」と首をかしげても完全黙殺で終了しそう。

そう、第一関門は何よりも変化だ。白猫からチビ魔女にならねばならぬ!


「でもそこまでがまず難しいなぁ」

「何がだ?」

「だって怒ってるわけだから無視しそうじゃない?」

「怒っておるのか?」

そうよぉ。

だって絶対昨日あれだけ怒らせた――という言葉の途中、あたしはぎゅんっと使い魔の胸に抱き寄せられた。


「何の用ですか!」

使い魔の強い口調にはたりと気づく。

おそるおそる視線を向ければ、エイルの屋敷の裏手門に背中を預けて立っていたのは白髪の老人――ではなく、


「馬面っっ」

「それは我の名ではないぞ、末の魔女ブランマージュ」

「……うわぁ、なんか予想つくんだけど、何してるのよ、あんたこんなトコで」

「予想がつくならば尋ねずともよかろうに」

……おまえも相変わらずいやなやつ。

皮肉気に笑みを湛える馬面に対し、うちの使い魔ときたら精一杯威嚇するかのようににらみつけている。


その顔は確かにエイルっぽい。

先ほどまでの間抜けなエイルでは無い。

今なら合格の印すら押してやれることだろう。

「それよりも、人の姿になりたいのであろう? 心優しい我がしてやろうか?」

その瞳がやけに嬉しそうだ。

あたしは奥歯をかみ締めて思案した。


エイルは現在絶賛大魔王降臨中だろう。その相手を篭絡(ろうらく)――なんかこの単語もなぁ――する為には白猫ブランでは難しい。猫ブランで落とせるのは猫フェチロイズくらいのものだろう。ならばやっぱりここは背に腹は変えられぬ……

なんといっても今回の作戦名は【チビ魔女ブランでめろめろ大作戦!】だ。

今決めた。


「うぅぅ、お願いします」

「マスターっ」

「あんたは着替えの用意してきなさいよ。ほら、上着貸して」

あたしをそっと地面に下ろした使い魔だが、その顔は心配気に歪んでいる。先ほどはエイルそっくりだが、今はエイルとは別のイキモノと成り果てている。

「大丈夫だから、ほら」

「……はい」


あああ、なんか悪いことしている気になるから辞めてよね、そのシュンっとした態度!

あたしは溜息を吐き出し、とてとてと天敵ともいえる馬面の前まで歩んだ。

ほれ、好きにしろ。

もう色々覚悟は決めた。あんなのはキスじゃない。

あたしの初キスはまだまっさら!――じゃない気もする――あれ、いや、うん? なんか考えちゃ駄目だ。

ふんっと鼻を鳴らして見上げれば、馬面はふっと笑い、あたしを持ち上げるとその手のひらの中に小さな光の珠を出現させた。


一目でそれが魔力の塊だと判る。

練り上げられたそれはレイリッシュの気配を濃厚に知らしめた。

「ほら」

「……」

「取り入れればよいだろう」

当然のようにそういわれましてもね? なにこれ。

あたしは覚悟を決めていただけに拍子抜けしたものだし、なんというか相手の意図が判らなかった。

口元に差し出されたそれをおそるおそる口に含む。

ソレと同時に、馬面が魔法を発動するのを感じた。魔力が体を巡り細胞の一つ一つが活性化するような奇妙なざわめきと同時に喜びが広がる。

 失われてはじめてそれがいかに自分を充たしていたのか知る――恩恵。

あたしの髪がぱさりと肩に触れ、それを押さえるように上着が掛けられた。


うわー……

キモチワルイ。


「なんだへんな顔をして」

あたしの体を支えている馬面を見上げ、あたしは正直に言った。

「あんた、ニセモノ?」

「は?」

「口付け以外で人間にしてくれるし、上着まで掛けてくれる優しさは馬面には無い! あんた実はニセモノ!?」

「のわけがあるまい。あいもかわらず愚かなことよ」

「えーっ、だってキモチワルイ」

「猫に戻すぞ」


あたしは慌てて飛び退(すさ)り、上着の前を合わせて肩をすくめた。

「で、で、あんたは何しに来たのよ?」

「それよりも先にすることがあるのであろう? 魔道師と仲たがいしたというならケリをつけて来い。話しがしづらい」

もっともらしく言うが、その瞳が愉しそうにしている。


あたしは引きつりながら確認した。

「おもしろがってるでしょう?」

「いいや?」

「おもしろがってるわよね?」

「いいや?」

「嘘よね?」

しつこく食い下がれば、馬面は肩をすくめた。

「多少」

――ちっ。


くくくっと喉の奥を鳴らし、馬面は指をぱちりと鳴らした。

途端に違和感が自分を包む。

「着替えはすんだ。仲たがいとやらをなんとかしてこい」

……親切でしてくれている訳ではないのが駄々漏れですが。

あたしはばさりと上着を剥ぎ取った。すでに着替えの済んだその現状。くそっ、なんというかうちの使い魔とは大違いの芸の多さがむかつく。


これで性格さえ良ければ完全トレードをお願いしたいところだが!

性格の悪さは天井知らず。セクハラ大王だしね。

あたしは剥ぎ取った上着を馬面に押し付け、深い溜息を落としてエイルの邸宅を睨んだ。


……ああ、ごめんなさいって謝るのって物凄い勇気が必要。

しかも自分が悪いのは承知しているのだけれど、あそこまで怒る理由がまったくもって不明です。

気分がおもいよー。

あたしは耳がへたりこむのをなんとか引き上げるように、自分の頬をぺしぺしと叩いた。


よし!


【チビ魔女ブランでめろめろ大作戦!】

幼女趣味などイチコロだ……ってのも正直どうなのさ?

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