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81、玉子

半泣きの状態のあたしはそのままエイルの寝室まで赴き、寝台の上にやたらと意思表示をしている玉子を発見した。

「室内で見ると更に大きく見えるし……」

やれやれと手の中に杖を呼び出す。

それでもって転移しようとして――間抜けなことに気づいた。


昨日できなかったことが今日できるかボケ。


「だから、レイリッシュの王宮に転移はできないっつーの!」

あの馬面! 判っててのイヤガラセじゃないだろうな?

そう思ったが、一応試しに頭の中でレイリッシュの私室をイメージした。豪奢な赤を基調とした部屋。レースのカーテンにゆったりとしたドレープを重ね合わせた真っ赤なカーテン。というかむしろ緞帳だろ、あれ。猫足に金色の縁取りのソファ。

 飾られたなんだか金きらきんの悪趣味な飾りの数々。

そして、いつだって何故か(すみ)の一人掛け用椅子に座っている黒緑のふわふわとした髪の御人形さんのような少女。純白の総レースのドレスの愛らしい子供。

 はじめこそ本当に人形かとおもったそれは、実は大魔女レイリッシュの使い魔の一人であるらしい。

……アンニーナの部屋がアンティークで趣味がいいのに対し、レイリッシュの部屋は趣味が悪かった。


そのソファの上、クッションの良さそうな場所を思って玉子を転移させる。


いがいにもそれは容易く適った。

玉子は瞬時に消え去り、しばらく音沙汰もなし。

「ああ、シールド解いてくれたのね」

あたしの言葉に、壁に背を預けて腕を組んでいたエイルが身を起こそうとした途端、寝台に玉子が出現した。

「……おかえりぃ」

乾いた言葉が口から漏れる。


これは地道に運べってことかしら?

もしかして昨日馬面におとなしくあたしは乗っかってれば良かったのか? などと考えていた途端、耳が傷むような緊迫感がぶわりと辺りを包み込み、魔法の風と共にその場に一人の魔女が降り立った。


「まっくろくろすけっ」

「……末っ子、あなたあたくしを心の中でどう思っているのかしら?」

艶やかな赤い唇を歪めて微笑する大魔女レイリッシュの姿に、あたしは条件反射で悲鳴をあげてわたわたとエイルの後ろに隠れようと暴れた。


ひぃぃぃ。


「まぁいいわ。あら、今回の姿はちょっと違うのね?」

くすくすと笑みを零し、レイリッシュはストレートの髪を跳ね上げる。

一つ一つの所作がとても綺麗だと思うけれど、最近覚えたレイリッシュへの恐れが体を小刻みに震えさせる。

 レイリッシュが自分に害なすはずが無いと信じているというのに、何かがコワイと思わせるのだ。


その作り物じみた美貌か!?

実年齢を公表してみろ。大師匠!

「いらっしゃい、末の魔女ブランマージュ」

ゆっくりとした命令。


あたしはこくりと喉を上下させ、縋りついたエイルの腕から離れた。

――誰も、レイリッシュの命令に逆らえる筈が無い。

だというのに、エイルがわずかにあたしの腕をつかんでおさえ、前へとでる。

「魔女殿――本日は何用か?」

「魔道師、ただの(ねぎら)いよ? きちんと任務を果たした子には褒美が必要。そうではなくて?

怯えさせるようなことは何もなくてよ?」

レイリッシュは笑い、もう一度あたしへと声をかける。


「いらっしゃい、子猫ちゃん」


褒美、という言葉がいかにも胡散臭い。

だがあたしは渋々レイリッシュの前に立った。

逃げていても仕方ない。女は度胸!


覚悟を決めたあたしはレイリッシュの前で口を開いた。

「玉子、ちゃんととって来たわよ?」

「そうね。イイコだわ」

レイリッシュの手が優しく頬を撫でる。

慈愛のこもった眼差しで。

だが次の瞬間には、その手がぐにりと頬をつねりあげていた。


「火蜥蜴はね、貴重な種なのよ? 薬として乱獲された物凄い種なのよ。まぁ魔物ではあるけれどね? それを一体は滅ぼし、一体は……その魔道師が持ってるわね? あとで没収。とりあえず一体滅ぼした責任として更に面倒くさい仕事をくれてやるから覚悟なさい」

「にゃーっっ」

「あの警備隊長は今頃始末書を書かされてるわ」


……酷いレイリッシュ。

そして背後のエイルよ、引きつってるぞ。気配がいやがっているぞ。

せっかく火蜥蜴を手にいれたというのに哀れだな!


しかしレイリッシュはふいに声音を変えた。

「けれどその貴重な種の玉子は――あなたの為のもの」

その言葉と同時、レイリッシュはあたしの頬から手を離し、とんっとあたしの額を小突いた。


途端に魔法が発動する。

また眠らされる! と気づいたところで抵抗できる筈がない。


あたしの体は後ろに倒れ、どさりとそれを……おそらくエイルが支えてくれる。

「治療に入るわ、寝台に寝かせて」

……レイリッシュの言葉が、耳の奥で反響した。



***



意識を失った魔女の体を容易く抱き上げ、寝台に横たえようとするエイルの前に、すっと魔女の手が伸びた。

冷たい指先が唇を掠める。

「魔女の魔力……」

くすりと笑みを落とす。

ひやりと血の気が下がる思いを隠し、視線を向けるエイルに、魔女は妖艶な笑みを浮かべた。

「咎めているわけではないわよ。今までにだってコイビトとして魔女と魔道師が睦みあうことなど多くあった。

――そうね、心を捉えるのは上策」

「――」

「それがただの手管であれ何であれ、あの子の能力を縛り付けて無理矢理奪うのでない限り、あたくしが過保護に口を出すことではないわね?」

くすくすと微笑を落とす魔女を無視する。

「してはいけないことだけを理解していれば、言う台詞などないのよ」

「そのわりには饒舌だな」

「あら、ごめんなさい?」

レイリッシュは喉の奥をならし、息をついた。

「……出ておいきなさい、魔道師。

治療を始めるわ」



***



それからどれくらいの時間がたったのかは判らない。

ふっと目をあければ、そこは見覚えの無い天井。

白くて当たり障りの無い文様がつらつらと綴られている天井。

エイルの寝室のそれだというのは、程なく気づいた。

あたしの横には気配が一つ。

「……今、どれくらい?」

「昼過ぎだ。何か食べるか?」

「あんまり時間たってないのね……レイリッシュは?」

「戻った」

 淡々と交わされる会話。

なんだってこの男は寝台に座って本を読んでいるのかしらね?

膝に乗せた本に視線を落としたままのエイルがただ静かに言葉を重ねる。


あたしは自分の前髪をかきあげて、自分の体がやけにきしきしと悲鳴をあげることに気づいた。

「なにされた?」

「治療だそうだ」

「……治療、ね」

「猫の体に魔女の魂は負担が大きい。

その為の補強だ――少しだるさが残るそうだが、平気か?」

 確かにだるい。


だが、それ以上にあたしは動揺を押し隠した。

もしかして、結構あたしってばやばかった? レイリッシュに治療されちゃうくらい……魔女同士は基本的に他の魔女の事に干渉などしない。

けれどこれは明らかに過干渉。あのアンニーナまで迎えに来たくらい……あたし、結構やばかった?


自分のリミッターが、判らない。

そして、魔女達がどれだけ自分を【生かす】為に動いてくれているかに動揺してしまう。

嬉しいという想いと、戸惑い。

腹の底からわきあがる感覚にぷるりと身を震わせ、ふと自分の両手を見た。


「まさかと思うんだけど、また縮んでない?」

「そうだな、半刻程も持たぬようだ」

それに、とエイルは続けた。

「おまえはチビでいたほうがよい」

あたしはエイルの横顔を凝視し、ゆっくりと距離をとった。

「一応忠告するけど、幼女趣味は人間としてどうかと思う」

「だ・れ・が、幼女趣味だ」


怒鳴るでなく、低く淡々と言いながら口元に笑みを刻む。

その手が無常に伸びてあたしの薄い耳を引っつかみ、引っ張った。

「いたいいたいいたいいいいっ」

やーめーろぉ。


おまえ最近耳引っ張りすぎだろう!

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