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79、実験

あたしの首に首輪がないこと、そしてあたしが数日いなかったことはすでに侍女が報告していたようで、朝食を済ませたあとでロイズはあたしの頭を撫で回しながら嘆息した。

「どこに隠れてたんだ?」

隠れてなんかないわよ。

堂々としたものだったわ。

なんたってあたしはずぅっとあんたと一緒にいたんだもの。


あたしは「にゃー」と鳴いたが、ロイズは渋い顔をしている。

だがやがて深い吐息と共に口にした。

「新しい首輪を用意しなければな」

いや、要らないからさ?

それでも尚つけたいのであれば、普通のヤツでお願いします。魔道なんちゃらではなく、極普通の。簡単御手軽、片手でも外せます的なものを!


ロイズはとりあえずというように、以前と同じようにあたしの首に赤いリボンを結びつけた。

軽く頭を撫でて「いいこにしてろ?」と仕事へと出かけていったのである。

真面目なヤツめ。

数日間の出張だったんだぞ? 今日くらい休めばいいだろうに。おまえが休めばあたしだって玉子の転移なんぞ明日に先延ばししてやるというのに、おまえが仕事なんぞに行って留守にするものだから、あたしは渋々エイルの家になんぞいかなくちゃならなくなるんだ。


「だってぇ、ロイズが家にいるんだもの、外に出れるわけないでしょお」

という言い訳が使えないでは無いか。


まさに使えないヤツ!!!


あたしは案の定朝っぱらから上機嫌のエイルの顔した使い魔の迎えによってロイズ宅から連れ出されたのだった。


「はい、これでいいですか?」

使い魔が持ってきたのは、昨夜のうちに命じて作らせた白猫の人形。簡単な魔法をかけてロイズの部屋の書棚の上に置けば完成!

「……なんです?」

「身代わり人形に決まってるでしょ。またいなくなったって騒がれたら面倒じゃないの!

声を掛けられたら返事もするし、尻尾も動くのよ」

だが、持ち上げられたら目眩ましが解けてしまうから高い場所に置いておくべし!


そんな細かいところまで気のつくあたしって偉い!

すごい、かしこい、素晴らしい。


――……あんな風に泣かれるのは正直堪えるのだ。


使い魔に抱っこされてエイルの邸宅を訪れれば、使い魔は瞬時に蝙蝠へと変化した。そしてまるきりブローチの如くあたしの背に張り付いたのだが……仕事部屋で書棚に向かっていたエイルの手によってべしりと剥がされ、ついで窓から捨てられた。

「何すんの!」

「ゴミがついていたから捨てた」

ゴミ……うう、うちの子不憫。


つぶらな目でいがいに可愛いところもあるというのに。

ま、いてもいなくてもいいけどね?

「玉子は?」

「寝室」

どうやら無事にあるらしい。元々割れたりしないようにとエイルの寝台の上に転移させたのだ。エイルの端的な言葉にうなずき、ふと眉を潜めた。

「まさか寝てないの?」

「少し新しい術式を考えていたからな――人にした方が良いのだろう? さっさと魔方陣に入れ」

 ぱたりと本を閉ざし、エイルが灰黒の眼差しを向けてくる。

寝ていないというわりには、なんだかうっすらと笑みさえ湛えていたりして愉しそう。

「……なんか、あんた機嫌良くない?」

あたしはとんっと魔方陣に入り、首をかしげた。


何かいいことでもあった?

「面白い実験を思いついた」

「ああ、魔物を一杯捕まえたから?」

あたしの上にばさりとエイルが外套を掛ける。

それを合図にして自分の足元から緑色の光が発動し、風圧が吹き上がる。エイルの低い詠唱の声。けれどいつもと違うその文言と風の感触に、あたしは「おまえぇぇっ」と声をあげていた。


実験って、


「あたしで何の実験してるんだよ!」


外套を引っ掛ける格好で床にぺたりと座ったまま、あたしは目の前に立つエイルを睨みつけた。

エイルの冷たい灰黒の眼差しがじっとこちらを見ている。

実に――興味深そうに。


自然とあたしの口元は引きつっていく。

明らかに何かが違う。

何かをされた。いつもと違う何かを。

「いまいちだな」

なにがだぁぁぁっ。

「だが悪くない。改良の余地はある」

エイルは呟き、さっさと自分の執務机へと戻り、あたしはむかむかとしながらたちあがり、エイルの机の前で怒鳴りつけていた。

「何をしていると聞いてるのよ!」

「見えてるぞ」

「何がっ」

「胸が」

淡々と返されるが、あたしの怒りは収まらない。それどころか更に怒りが沸きあがる。

外套を肩から引っ掛けただけの格好だ。

だが羞恥などよりも怒りしかない。

「知るか! つるぺたの胸などこのさいどうでもいい! 何をしたと――」

「多少はあるようだがな」

 ふっと鼻で笑われ、あたしははたりと動きを止めた。


ゆっくりと視線をおろす。

多少……と言われた胸。

ぺたりと自らの手で振れ、自らの手の大きさを確認し、

「大きく、ない?」

あたしは息が止まるのではないかというくらい驚愕した。

子供の丸っこい手とは少し違う。

伸びやかな指。大きいとは言い難いが膨らむ乳房……ぺたぺたと自分の体に触れ、自分の顔に触れ、はたりと気づく。

あたしの前にある執務机。今までの自分の大きさだと胸の辺りの高さだった筈だというのに、今は腰程になっている。


「えええええ?」

自分の頬に両手をあてて声をあげるあたしとは違い、エイルは喉の奥で笑うように瞳を細め、

「だから胸が見えてる」

せめて隠してから叫べ。

とすまして言った。


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