75、始原の森探検20
「目標発見!」
あたしはロイズの腕に抱っこされる形で前方を指差した。
――はい、楽させていただきました。
やっぱり体力馬鹿ってベンリだわ。なんというか自分の思い通りに動く人間っていいわよね。便利アイテムの一つとして重宝。
森をひたすら進み、時々姿を現す魔物を痺れさせ、時にはロイズの銃で滅してあたし達が平原地帯にたどりついたのは昼を大分過ぎた頃合だった。
おもったよりも随分と時間が掛かってしまったが致し方ない。
あたしはとんっと勢いをつけてロイズの腕から抜け出ると、ロイズを振り返った。
「んじゃ、あんたはこの辺りで隠れているよーに」
「大丈夫か?」
「魔女を舐めるのも大概にしてもらいたいわね?」
胸を張ればロイズが苦笑する。
その手がぽんっとあたしの頭を撫でた。
「気をつけろ」
「くぅぅぅ」
だから舐めるのは大概にしておきなさいよ。
あたしはふんっと顔をそむけて、勢いをつけて地面を蹴った。そのままふわりと宙を浮く。
少しだけ不安があるとすれば、時間が掛かりすぎている。
――魔力、足りるかしら。
舐めるな、とは実はあまり胸を張っていえないのが本来の現状だ。
極力温存してきたし、途中の魔物の数体はロイズが腰に吊るした銃で対応してくれたりもした。
宙を飛ぶ速度も抑えているし、高さも調節している。
――自分の胸に手を当てて魔力数値を探る。
まぁ、なんとか、ぎりぎり。
戻る時間も考えて、ぎりぎり――危ない。かもしれない。
遅いようであれば手はうつとかなんとかあの馬面が言っていたが、いまいち信用ができない。なんたってあいつは性格が悪すぎる。
あたしは顔をしかめながら、視界の中に巨大な火蜥蜴を入れた。
「うわぁ……」
確かにその姿は蜥蜴……と言えなくもない。
ただし、ドラゴンと言われても納得できてしまうサイズと質量。
ずるりと太い尾を持ち、同じく地面を踏みしめている四肢は丸太のように太くずしりずしりと地面を這う。
相手の警戒区域に入らぬように空を飛びながら、あたしは自然と身震いした。
大きさは箱馬車程度もある。想像していたよりもずっと大きく、そしてその口からは鋭利な牙と涎とがのぞく。
尾を軽く振れば樹木を容易くなぎ払うだけの力がありそうだ。
体に対して目が小さく、もしかしてあまり視力は良くないのかもしれない。こちらに気づいているのかいないのかすらあやしいくらいだ。
いやいや、本体に用はありません。
私が命じられたのは玉子です。
玉子の奪取!
つまりそれは巣にあるのだ。
あたしは喉の奥に自然とたまってしまった唾液を、音をさせないようにゆっくりと嚥下して、なんだかこちらを見ている気がする火蜥蜴から視線を外せずにそろりそろりと移動する。さっきまでは確かにこちらに意識など向けていなかったくせに。
こっちを見るな!
――怖い。
物凄く。
見てる。見てる。凝視されてますよ!
ただしその顔からは敵意とかそういったものは感じない。無、だ。
視線はがっちりとあっているが、こちらが見えていないのかもしれない。
自然と手の中に杖を出現させる。
何かあれば魔法を使わなければならない。
――できれば使いたく無いけれど。
そろりそろりと移動し、平原の窪みをおそるおそるチェックする。
その頃になると、あたしの恐怖心は多少薄れていた。
「なぁんだ、動き鈍いんだこいつら」
ほっと息をつき、少しだけだいたんに動いて数分後――やっと砂地を掘り返して作られた火蜥蜴の巣を発見するとその玉子の大きさにぐっと詰まった。
しまった、ロイズは本気で要らなかった!
その玉子ときたら一抱えもある。
しかもロイズでさえ困難そうな大きさだ。
玉子持ちなど必要ない。
――これは大人しく浜辺に戻って玉子を召喚するのが正解。いやいや、エイルの自宅でもいい。
あたしはやれやれと肩をすくめ、ぽんっと自分の目印として卵の先端を叩いた。
途端、激しい轟音と共に炎が湧き上がる。
あたしは唖然としてそれを避ける為に地面に手をついて転がった。
「ブランっ」
平原の入り口あたりからロイズが声をあげる。
気づけばあたしは二体の火蜥蜴に肉薄され、その迫力に悲鳴をあげた。
がばりと口を大きく開いた火蜥蜴の口から、炎が吹き上げられる。
「きゃぁっっ」
ってか、お前たち意外に俊敏じゃないの!
体の横につけられた野太い手足を素早く動かして近づいてくる巨大な火蜥蜴に、あたしはわたわたと慌てて森の方へと逃げ帰る。ロイズがこちらに駆けてきて腰の銃を抜き放つが、その弾丸は火蜥蜴に当たる前に空間が歪むような障壁にぶち当たり落とされた。
「魔法使うなんて聞いてないからーっっっ!」
悲鳴のようにいいながら、前方から来るロイズに「戻れ!」という。
銃なんて役にたちそうにありませんからっ。絶対に駄目っ。
と叫ぶ前に、二匹の火蜥蜴が連携をとって炎を繰り出してくる。
「来るなっ!」
怒鳴り声を無視して、ロイズの腕があたしを抱え込む。
あたしは咄嗟に「辞めなさいっ」と叫んだが――炎の熱と激しさがその全てを包み込んだ。
あたしは瞬時にシールドを強化する。
魔力の温存とかもう考えてる時間などない。
馬面! もしあたしが浜辺に戻る間に猫に戻ったらヤツを絞める。
ロイズっ。
という声が炎にかき消され、ロイズはあたしを腕に抱いたまま地面を蹴り上げそのまま火蜥蜴の背に一度片足をかけ――火蜥蜴の皮膚に銃口を押し当てるようにしてもう一度引き金を引いた。
銃弾の音と共に火蜥蜴の断末魔が響く。
それとほぼ同時に反対方向から緑色の光が派生する。
もう一匹の火蜥蜴へと向かうそれを感知しながら、あたしは脱力した。
「無駄に運動能力たかっ!」
火蜥蜴に直に鉛球を撃ち込んだ男は、火蜥蜴の霧散した地面に降り立った。
「無駄ってなんだ」
不機嫌そうなロイズがあたしを地面へとおろす。
――ちょっと格好イイとか思っちゃったじゃないのさ。
うわびっくり!