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72、始原の森探検17

翌朝は曇天――あまり天気が宜しくない。

これは早々にケリをつけて帰れという神様の啓示に違いない。


 エイルの灰黒の瞳が冷たくこちらを睨んでいる。

留守番と言われたことが相当イヤそうだが、だからといってエイルに無茶をさせるなどできようはずがない。それに何度も言うけど、あんたもう十分魔物のストックは溜めてるでしょう! たまにはじっとしときなさい。

――忘れてもらっては困る。

あの左肩の傷は生まれたての赤ん坊かと言いたいくらい薄くて桃色をした新しい皮膚なのだ。昨夜も確認したし、完璧に治したが当人が気をかけてやらなければすぐに痛みくらいぶり返す。

 それに、絶対にどっかオカシイ。

心が不安定とかきっとその辺り。でなければ昨夜の状態はまったくの意味不明だ。

――いや、魔道馬鹿らしい理由は判るけどね。体内魔力を増やして自分の治癒能力でもあげようっていう魂胆だろう。

むかつく。あたしだってそもそも魔力少ないというのに。

あんたは鬼か。

「あんたに必要なのは休息よ!」

あたしはびしりと決め付け、ふんっと身を(ひるがえ)した。

「ロイズ、行くわよ」

「ああ……」

 ちらりとロイズはエイルを気にかけるように見たが、すぐにこちらについてくる。

昨夜のうちにだいたいの場所は教えてもらっているし、火蜥蜴の弱点は背中だというのも教えられているので、エイルはまったく必要ありません。知識も魔道馬鹿も怪我人も要らん。

強いて言えば必要なのは体力馬鹿だ。


だが後悔は容易くやってきた。


……くそっ、ロイズも置いてくるべきだった。

一般人であるロイズがいるのだから、当然あたしは飛べない。共に飛ぶことは可能だけれど、極力魔法は使いたくない。魔力を温存したいのだ。

 ふいにロイズがクっと喉の奥で笑うから、あたしは唇を尖らせて振り返った。

「なによ?」

「おまえ、眠いのか? 疲れてる?」

うっ――

「なんだか時々頭がふらふらしてるぞ? 少し休もう」

「あたしは疲れてないけど、一般人のあんたが疲れているだろうから、休んであげる!」

なけなしの矜持で言えば、ロイズが喉の奥を震わせ、

「ああ、そうだな」

なんて言う。

なんかもうむかつく。なにそれ、オトナの余裕? あんたってば時々イヤなヤツにもなれるのね。

 ロイズは足を止めて木に寄りかかるようにどかりと胡坐をかくと、ほらっと手を差し伸べてくる。

「なに?」

「膝かしてやる。少し寝ろ」

膝、といわれてあたしは眉を潜めた。

途端にくんっと引かれて抱き込まれる。

「尻尾とか耳とか触るの禁止だから!」

「判った」

ならよし。

あたしがやっとおちついてロイズの膝に座り、背中をロイズの胸に預けると、ロイズが自分の腰から下げていた水筒を渡してくれる。あたしはそれを素直に受け取って水を一口飲み込み、いがいと自分の喉が渇いていることに気づいた。

 確かに疲れているし、眠い。

あたしは眉間に皺を刻みつけ、そのまま水筒をロイズへと手渡す。

ロイズはなんだか微妙な顔をしたが、すぐに自分も水筒に口をつけた。

ムッ、まさかおまえ他人が口をつけたものに口をつけることのできないという潔癖症か? あたしを汚いもの扱いしている訳じゃあるまいな!

――一瞬暗い感情が過ぎったが無視。

ないない。だってこの男は熊だもの。

繊細さの欠片もない熊男! あたしみたいに他人のココロまできっちり考えるような細やかな機微とかそういったものなんてあるわけがない。

まったく粗暴な男ってイヤよね。

「体温高いな、本当に寝ていいぞ?」

ま、それくらいの優しさは持ち合わせているみたいだけど。

「……じゃあ、ちょっとだけ」

「ああ。おまえが一番疲れてるんだから――大丈夫。シールドしてあるんだろ? それに、何かあればちゃんと守るから」

「……」

あんたに守られるなんて、冗談じゃないわよ。

そう軽口を叩きながら、あたしはゆるりと睡魔に身を委ねた。

だってやっぱり――ロイズの腕の中は安心して寝れるのだもの。

ああそうだ、そういえばエイルの心もなんかへんだけど、もともとこいつの方がなんかどっかおかしかったんだっけ。

――心の病ってたいへんらしいよ、ロイズ……

まぁ、このところのあんたはなんだか元気だけどさ、そのうち、ちゃんと話を聞いてあげる、から……


***


猫耳が時々小さく揺れる。ぷるぷると痙攣したりするし、ぱたりと尻尾が動く。

「……」

なんというか微笑ましい光景だ。

ロイズは木に背中を預け、辺りの気配をさぐりながらも腕の中のブランマージュをしげけじと観察してしまう。

――今頃は自宅のブランマージュも寝ているだろう。

あの猫も良く寝ている。

こうしてブランマージュを身近にしていると、やはりあの小さな白猫は魔女ブランマージュに似ていると思う。

 光の角度で金色に輝く瞳。

懐いたかと思えば、突然かじりついてくる。

ふっと笑みが浮かんだ。

――そして少しだけ落胆する。


玉子を手に入れれば、こんな風に魔女ブランマージュと接することはなくなるだろう。

ヘタをすれば、本来の姿に戻るまで会うこともない。

 もしかしたらエイルの元に行けば会うこともあるかもしれない。

だが、それはどこか面白くない。

だからといって玉子を手にするのを遅らせるのもいやだった。

――魔力の供給方法があんなものだと知っていれば、もっと一日でも早く玉子を奪取することを願っただろう。

 あの使い魔に覆いかぶされるように「供給」を受けていた姿を目にした時、何のタメもなく銃を放たなかった自分すら呪ってやりたい。

 いや、撃たなくて正解だったハズだ。

少なくとも、ブランマージュにとって必要なことであるならば。

「早く、元に戻れ――」

そうしたら、好きだと告げよう。

共に居て欲しいと言おう。


そこではたりと気づいてしまった……――これってもしかして、誰かに似てないか?

なんだか身近にブランマージュを好きだと公言している男がいることを思い出す。

警備隊第一隊隊長――

「ギャンツ……」

小さく呟いた言葉に、それまですこやかに眠っていた小さな魔女が「イヤーっ」と悲鳴をあげて顔をあげた。

「いやっ、なにっ、えええ? ギャンツ? ギャン? どこぉっ」

「あ、いや、すまん――独り言だ」

完全に取り乱したブランマージュを、落ち着かせるために支えてやる。

ぶるぶると身を震わせ、耳を伏せて辺りを見回している魔女は、やがてゆっくりと息をついた。


「驚かさないでよ!」

「おまえ、本当にギャンツさん苦手だな」

思わず口元が引きつってしまうほどの狼狽っぷりだ。

「……だって怖いんだもの。あの人、あたしのこと好きだとか愛してるとか言うのよ!」

ブランマージュが嫌そうに言う。

「信じられる? 普段は温厚なのに、突然ヒトが変わったみたいにすがり付いてくるのよ! 罵って欲しいとか、蹴って欲しいとか。私の天使とか言うのよ! あたしは魔女だよ!気持ち悪いっ」

普段は理想の上司である男だが、ブランマージュのこととなれば目の色が変わる。おかげで第一隊の前にはブランマージュは一切姿を見せないのだ。それはそれでブラン被害ばかりを蒙る第二隊としては羨ましい限りだが……


――いや、俺はあそこまではいかないから……大丈夫だ、多分。


だけれど、まさか、好きだと言った途端――

同じ扱いを受ける訳じゃないよな?

自分の感情はギャンツさんとはまったく違うものだろう?



ロイズはじっとブランマージュを見つめてしまった。

「なによ?」

「いや……」

――いや?

「言いたいことがあるなら言いなさいよ」

「お前、好きだと言われるのはイヤなのか?」

おそるおそる言えば、しばらく考える風に首をかしげる。

「好きな相手になら言われたいかも」

「好きな相手がいるのか?」

ブランマージュはじっくりと考えるそぶりをしたが、やがて眉間に皺を刻み込んだ。


「いない」

「じゃあどんな相手ならいいんだ」

「んー」

ブランマージュは益々眉間に皺を寄せたが、やがて言った。


「あたしより強い?」

――それは凄く無茶だろう。

「それもなんか違うかなー? んー、なんかまだ判んない。

でも初恋の相手も何か違かったしなぁ」

「初恋があるのか?」

「――かもしれないってだけよ」

「どうしたんだ」


心臓がとくとくという。

ブランマージュは耳を伏せた。

「半殺し」

「――」

「まぁ、なんていうの若気の至り?」

はははははっと笑う魔女を見つめながら、ロイズは深くため息を吐き出した。


***


本当は――消し炭だけど、屋敷ごと木っ端微塵にしてやったけど。さすがにそれは引くわよね?

愚かな小娘を手なずけようとしたあの男を、きっと……好きだったのよ。

あたしを騙したあの男をね。

あたしはその心を深い場所へと閉じ込めた。

もう二度と引き出されることのないように。

お詫び*本編のみをお楽しみの方には「ギャンツ・テイラー」さんは理解できなかったと思います。ギャンツさんは【魔女と白い猫】の番外編を集めた【魔女猫番外地】及び【web拍手お礼】の方に出ているキャラクターです。upする段階で気づきました。エピソードを削ることも考えましたが、このままupさせて頂きます。ギャンツさんに興味のある方は【魔女猫番外地】にいますので探してみてください。

簡単に説明すると、完全M属性です。(うわ、簡単)

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