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70、始原の森探検15

ロイズの機嫌が最悪だが、あたしはロイズにばかりかまっていられない。

何より、エイルだ。

あの魔道莫迦ときたら、自分の体に無頓着すぎる。


 ゆっくりと瞼を伏せてエイルの気配を探る。

そろそろ日が落ちてしまうから、森に一人でいるのは危険だ。何よりやつの体はちっとも十全じゃないのだ。

あたしが探索の気配を伸ばすのとほぼ同時、森の入り口からエイルの黒い外套が現れ、あたしは大きく溜息を吐き出した。

少しだけ驚いたのはその肩口に血がべったりとついているから。

ああ、あとで着替えの調達してやらねばね。

そういえば、ロイズだって着替えが必要だわ。

あたしは眉間にできた皺を笑みに変えた。


「ダーリン、たまにはいい子で寝てなさいよ?」

「ブランマージュ、火蜥蜴を確認した」

エイルは前髪をかきあげて静かに告げた。


「は?」

エイルの真摯な瞳と言葉に、あたしは間抜けな声を出してしまう。

「えっと?」

「島の西北にある窪地に巣がある」


ゆったりと歩いてあたしの前に立つエイルを見上げ、あたしはしばらく上を見て下を見て、それから意味もなく自らの髪をわしゃわしゃとかき混ぜた。

「……なんだ?」

半眼に伏せられたエイルの黒灰の瞳。

冷ややかさをはらまないその眼差しに居心地悪くなりながら、あたしは笑いたいんだか泣きたいんだか判らない感情に口元がぐにぐにと歪むのを必死に押さえ込み、


「ありがとう」


と口にした。

――ばかだなー。

エイルってば別に火蜥蜴なんて興味ないんでしょ?

いや、アレだって魔物だから多少は興味の範疇だろうけれどさ、でも、それって、


「なんなんだ」

突然礼を言われたことに、何故か不機嫌になるエイル。

あたしはへへへとわけもなく不気味な笑いを口にしてしまった。


――恩義とか感じたわけかね?

そんなもの必要ないのに。

だって……あんたが死んでいたら辛いのは、きっとあたしだもの。

生きててくれてありがとう、本当はあたしがいいたいくらいだ。

「ふふふ」

「だからなんなんだ、気持ちが悪い」

「いやぁん、ダーリン愛してる」

「――」

エイルが一瞬息を詰める。

おや? こんなのいつもの台詞じゃないの。

エイルは微妙に眉間に皺をつくり、やがて息をついてあたしの脇をすり抜けた。


とんっと、一度あたしの頭を撫でて。




夕御飯はまいど同じくエイルの家から――省略。

ま、魔女って便利よね。現地調達は致しません! だってこの島魔物しかいないし、そんなもの食べてお腹壊したくない。


エイルは興味ありそうだけど……

やっぱりエイルはヘンタイの部類だと思う。

ヘンタイは駄目よねー、うん。


「んじゃ、そこにいるのは火蜥蜴が四体ってことね」

あたしは頭の中で蜥蜴のでっかいバージョンがへろへろ歩いているのを想像する。あんまり気持ちの良い光景ではないが致し方ない。


「玉子さえ確認できれば、あたしが召喚かければいいからラクショーよ」

ようはどこに何があるのかを確認できればあたしの魔法が役に立つ。

魔女ってすばーらしい。

「ってコトで、明日はあたしとロイズで行動。

エイルはここで待機。帰りはあんたの魔道に役に立ってもらうんだから、十分休むこと。

ロイズは玉子持ち!」

何よりロイズがやる気満々です。

とってもいいことですね!

「玉子持ちって、オレにも何かできることは?」

「あら、別に火蜥蜴を倒して玉子を奪取するんじゃないもの。

気負う必要なんてないわよ」


あたしはふふーんと鼻を慣らした。

エイルは無言で魔道書を読んでいるが、了解しているだろう。


馬面は相変わらず夜になって帰っていった。

元々役立たずなので必要ないが。


ぱちぱちとはぜる焚き火。この焚き火の火を見るのもこれで最後だろう。

玉子さえ手に入れてしまえばこんな島に用は無い。

あたしは食事を終えると、すくりと立ち上がった。


「エイル」

「ああ」

ぱんぱんっと服についた砂を払い、あたしはエイルに声をかけ、エイルは嘆息気味に応じた。

「なんだ?」

ロイズが不思議そうにこちらを見る。


「あっちの岩陰で御湯を沸かしてもらうの。

エイルが言うには結構簡単にできるっぽいから。御風呂よ、御風呂。あたし先入るけど、あんた達も入るといいわよ?」

汗臭いからね!

――もちろんあたしの魔法でだってできないことじゃない。

けれど、この話をした時エイルは眉を潜めて、それくらいはしてやると低く言った。


面倒くさがりが率先して動くというのはあまり気持ちの良いものじゃない。

――もしかしてあたし、心配されてます?

そう聞きたいけど、聞いたらなんだか色々考えてしまいそうだから聞かない。

 あたし結構後ろ向きな性格かもしれないって、最近気づいてしまったからね。


あたしは岩陰に穴をあけ、そこに軽くシールドを張る。即席の湯船を作って、海水を真水に変化させてそれを入れる。

 あとはエイルに頼んで湯にしてもらえば完成だ。

あたしは嬉々として服を脱ぎ捨て、ついでにその服も魔法でちゃっちゃと洗ってしまう。魔法をあまり使うのをエイルは良い顔をしないが、清潔さは大事ですよ?

「あーごくらくぅ」

ばばくさいと言ってはいけません。


星空の下での御風呂って格別に気持ちいいんだから。

それにね、人形(ひとがた)バージョンの御風呂って久しぶりなのよ! どれくらいぶりか考えたくないくらい。

 今度からエイルの邸宅で使わせてもらおうかな。

あたしは湯につかりながら大きな岩に上半身を預け、ぼぅっと夜空を見上げた。

湯の温かさが体の疲れをとろとろと溶かしてしまう。

そうすると途端に自分の体の疲れを自覚した。

――夜空の星の瞬きをぼんやりと見ていると、まるきり自分のちっぽけさに笑いたくなってしまう。

小さな子供の手をしげしげとながめ、あたしは自嘲気味の笑みを落とした。


「できれば……魔女として死にたいわ」

あの巨木の下で眠りたい。

魔女たちの柔らかな気配に包まれて眠りたい。

そのための道は二つ。

あたしが本来の体を取り戻すこと。

あたしが――全てを諦めてこの猫と仮初の体から抜け出ること。



あたしは瞳を伏せた。

本来の体になればきっとエイルは開放される。魔女からも、そしてあたしからも。

けれどその時にはブランマージュという猫は消滅するのだ。

あたしは無意識に自らの首筋に手をあて、そこに本来あるはずであった首輪が無いことにゆるりと首を振った。


「――死んでいれば良かったのに、あの時」

それが一番誰も不幸にはしない。

私の勝手な我儘で、自分の命惜しさに……

小さくもれた言葉と同時、突然頭から湯がかけられた。



「うわっっ」

「下らぬことを言うな。莫迦娘」

憤りの混じる言葉を吐き捨て、気配が遠のく。

って、あんたずっと居たの? いたんですかっ!

何してんのよ、エイル!

まさか人の風呂覗いていた訳じゃないだろうけど……



あたしは自分の顔にべったりとはりついた髪をかきあげた。

――ま、死んでいたらこんな楽しいあんたとは遭遇できなかったわね。

ロイズが心配性のハゲ要員で面倒見が良いヤツだっていうのも知らなかったかもしれないし。


あたしは鼻のすれすれまで湯に沈んでぶくぶんとあぶくを出した。

空はどこまでも高くて、星はとても綺麗に瞬いていて。こんなちっぽけあたしなんていてもいなくても世界は回る。

 あたしが人でも、魔女でも……猫でも。


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