66、始原の森探検11
「森を破壊する気か!」
悲鳴のように怒鳴ってはみたものの、相手には通じないことは判っている。
エイル・ベイザッハ、嬉々として魔道を放つ。
奥へと行けば行く程に魔物が現れ、それと同時にエイルはそれまでの気だるげな――明らかにやる気の無い態度を払拭させ、幾つもの増幅器を駆使して魔道を放つ。
ロイズはそれを呆気にとられるように眺めながら、手を出すなと言われエイルの用意した魔方陣の中に入れられている。
――これではそもそも手の出しようが無い。
「銃は使うな。それは魔を払う。
おまえが魔方陣よりそれを放てば、結界は解かれる。
おまえが死のうが生きようが気にせぬがな」
冷たい口調で言われている為、銃は腰に下げたまま。とっさに使ってしまえば自らの首を絞めかねないのだから仕方ない。
エイルが緑の魔方陣を駆使して戦う様を眺めながら、ロイズは顔をしかめた。
――次元が違う。
確かに魔法とは一般と相容れぬものなのだろう。
ロイズのように魔法、魔道とはまったく無関係で生きているものにとって彼等は管轄外だ。
「エイル、エイル・ベイザッハ!
上っ」
ざっと飛翔する大型の鳥のような魔の姿に咄嗟に叫ぶ、腰に吊るされた銃に手が伸びる。
エイルは自らに向かっている牛のような大きさの巨大一つ目の化物を相手にそれどころでは無い。
咄嗟に銃を引き抜いて撃ち放つが、一瞬間に合わない。
銀の弾丸が獣を引き裂くより先に、その爪がエイルの肩口を引き裂いていた。
「エイルっ!」
ロイズは続けて弾丸を放つ。解かれた結界から抜け出す前に、辺りの獣は全て塵と化した。
***
ばふりとぶつかりあたしは足を止めた。
ぶつかったのは馬面の背中で、そしてそこが終点なのだと気づく。
――あのあと、幾つかの幻影があたしの耳を、脳裏を過ぎった。
考えるなといわれても無茶な話で、それはそのたびにあたしの腹の底を冷やす。そしてそのたびに馬面の手があたしを引き戻し、
「囚われるな」
と幾度も叱責した。
現実にあった過去。
あるかもしれない未来。
白い闇があたしの脳裏に描く全ては、やがて激しい愛惜を、怒りを沸き起こす。
気持ちの高ぶりが意図もせずに魔法を発動させようと蠢く。
気分の激しい波が、全身を貫きやがて潮のように引いた。
「目を開けよ」
静かな言葉に目をあける。
空虚な心に馬面の言葉は、どこか水の中で聞く音のように響いた。
白い闇に沈んでいた森が、今は光に溢れた場所へと変わっている。
体の気だるさをふるりと払い、あたしは小さく呟いた。
ぼんやりとしたまま。ぽつりと一言。
「木?」
「――墓標だ」
静かな馬面の言葉。
それは確かに一本の巨大な木だ。幹周りがどしりと太く、大人が幾人も手をつなげてもなかなか一回りするのに困難そうな巨木。
大地と接する部分は、それが幹であるのか根であるのかすら判然としない。
行く筋も盛り上がり、沈んでいる。
「墓標」
あたしはぽつりと口にし、ゆるりとその木に近づいた。
清浄な空気が溢れ、奇妙なほどの優しさを感じる。
あたしはゆっくりとその木に触れた。
「魔女の亡骸は他の魔女によって燃やされ、灰になる。
けして誰にも悪意によって使われることのないように――そしてここに魂と共に眠るのだ」
それに触れ、激しい喜びのようなものを感じるのと同時、ひどく落胆もした。
――魔女の気配に、自分の体を想像した。
こんな場所にある訳がないと思うと共に、こんな場所だからこそ何があるか判らないという期待。
あたしはその墓標に寄りかかるように額を寄せて、
「あたしも……ここで眠れるかしら」
と乾いた口調で呟いた。
「おまえが魔女として死ぬならば」
「……猫は駄目ってことね」
「おまえがその意識を保った段階でその身を抜けるのであれば、あるいは」
どちらにしても最悪だ。
自嘲的な笑みがこぼれる。
――あたしは呪われている。
一匹の猫を殺した呪いだ。自らの命惜しさにその魂を弾き飛ばした呪い。
ククっと喉の奥が鳴る。
魔女は自らの命を惜しみ、体を換える行為を繰り返すことを禁じられている。
知らずに頬に涙が零れた。
「末の魔女」
ふいに、馬面が低い声をあげた。
「なに?」
少しほうっておいてよ。
しばらくこうしていたいのよ。
額を大樹に預けたまま、あたしは投げやりにかえす。
「森で血が流れた――」
その言葉に瞳が見開かれる。
「来い」
馬面の姿が一瞬にして変化する。
ましろの獣。天かける天馬へと。
【番外地】の方にいただいたブラン・ロイズ・エイルのイラストを掲載してあります。是非皆さんにも見て頂きたいので、普段【番外地】を見ないという方も、是非のぞいて見てください。作者のマイページ、もしくは作者名をクリックで【番外地】が出てきます。ブランが可愛いですよ~