62、始原の森探検7
――なにこれ?
なんでだと思う?
なんで、あたしってばエイルの腕の中にいるのかしらね?
悪いけどちっとも寝れないわよ。
冗談とかイヤガラセっていうのはさらっと流すものであって、真に受けるものじゃないのよ。それにさ、エイルのキャラじゃないでしょ? あの場面で腕枕に応じるなんて!
――地獄に落ちろっていう視線を向けて無視するトコじゃないの。
あたし間違えた?
イヤガラセしたつもりがこっちがイヤガラセされたようなもんよね?
あたしはこそりと溜息をつき身じろぐ。
この距離で誰かと眠るのって、子供の時いらいよ。
ああ、そうか、さっきロイズと寝てたわ。
でもロイズは――なんていうのかしらね? 慣れてるのよ、あたし。普段から一緒の寝台で寝てるんだもの。
当然その時は猫だけどね。
ことりと額がエイルの胸に当たる。
ロイズと違って平常体温が低い。こんなに近くに触れていてもその体温はあまり感じない。それでも、相手の血の流れが――心音が、聞こえる。
その音に耳を傾けているうち、あたしはとろりと眠りに落ちた。
ああ、エイルも生きてるんだなぁ、なんて馬鹿なことを考えながら。
***
何をしているのか、実際エイルには自分の行動が不可解だ。
何故、腕の中にブランマージュがいるのか。
――自分の行動に眉を潜めて、腕の中で身を縮めて眠る幼い娘の姿に困惑する。
耳がぴくぴくと時々痙攣する。
しばらくの間は居心地悪そうに身じろぎを繰り返していたブランマージュが、やがてすこやかに寝息をたてる。
コレは――魔女だ。
そう、それは理解している。
魔女はモノと同様。異質な存在で、ただの魔力の入れ物だ。
確認するように胸の中で反芻する。
魔力の入れ物だというのに生意気な言葉を操り、まるでヒトのように振舞う異質なモノ。
ブランマージュは研究対象だ。
そう、げんに今回のことは全て事細かに書き記している。
魔女の魔力を、魔女の理を、魔女の――
腕の中にいるというのに、コレは自分のものでは無い。
魔女の魔力を己がモノとすることは、危険が過ぎる。
一度した過ちを、失敗を、なぞるほど馬鹿なことは無い。
――魔女を手にいれるなど、愚かな夢だ。
コレは決して自らの魔力とはならない。
してはいけない――ただ許される位置で研究するのみ。
だがその位置を手にいれられる魔道師は少ないだろう。毎日魔女を観察できるものなどそうはいない。
今現在の境遇は魔道師の間では幸運とすら呼ばれるのだろう。
ただ、
――冷やりと、腹が冷えたのだ。
すっと、血の気が下がるように体中の温度が、冷えた。
ブランマージュが、他の誰かの腕の中にいるというそれだけで。
まったく意味が判らない。
それは不可解な現象としか言いようがない。
何故なら、ロイズ・ロックには魔道の才など欠片としてないのだ。
たとえあの男がブランマージュと共にいたとして、その魔力に触れることなどありはしない。エイルが欲するものを、あの男が手にいれることは無い。
ならばこの感情は――
モノにたいする所有欲か?
あの男はそれを手にいれることはできないのだと理解していながら?
――ブランマージュが、ダーリンと呼ぶたびに、ロイズ・ロックの眉間がきつく皺を寄せ、憤りのようなものをむけてくるたび、嘲笑が口元に浮かぶ。
まったく下らない。
そう、下らない。
物体に対してそのような感情を持つ意味が理解できない。
あの男はコレがモノだと理解していないに違いない。
ブランマージュがぬくもりをもとめるように身を寄せる。寝息が触れる。
――まるでヒトのように。
ヒトの形をした、ただのモノ。
心音があるのも、温もりがあるのも。全て、まやかしに過ぎぬ――モノ。
ゆるく開いた唇に、魔力を求めて唇を寄せた。
――あの使い魔の真逆の行為。
ほんのわずかな魔力を、求めて。
それは抗いがたい誘惑だ。
身じろぎして、眠るブランマージュの頤を軽くあげて小さな唇に触れる。
甘い、吐息が触れる。
柔らかな口唇。
魔力の風が体をなであげ、それ以上の何かを求めそうになる。
もっと深く、強く。
だが、ふっと腕の中の重みが変化した。
――白い体毛の小さな子猫。
かわらず眠るそれをみて、エイル・ベイザッハは何故か安堵の吐息をついた。
呪縛から解きはなたれたように。
柔らかい体毛に触れ、首にある皮の感触に触れた。
目くらましの魔道を更に上乗せする。
――あの男が、コレの所有者であるという印。
思った途端に、驚愕した。
魔道の調整を誤った指先は、赤い首輪を焼ききっていた。