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59、始原の森探検4

猫の姿でスタート地点、浜辺へと戻ると馬面が寝ていた。

――むかつく。


岩に寄りかかるようにして寝ていた馬面が、猫であるあたしに片眉を跳ね上げる。

「来い」


命令するな!

と文句を言いたいが、こいつに逆らうのは得策で無いと判っている。

少なくとも猫であるイマは。

――しかし! 覚えていろよ、馬面っ。

そんな偉そうなことを言っていても、おまえは所詮使い魔なのだっ。

 あたしが完全復活を遂げた暁には、おまえなどこてんぱんにしてやるからなっ。


今は無理ですが!


あたしはとんっと馬面の前まで歩む。

「おまえの姿を人形(ヒトガタ)にするのは莫大な魔力が必要だぞ」

今度からは猫になる前に来い。


冷たく言い放ち、わざとらしいくらいに嘆息する。その瞳が意地悪く輝いているので、イヤガラセだろう。

言っておくが、あたしにイヤガラセは通用しない。なんたってあたしはイヤガラセのエキスパートだからね!


片手で軽々と持ち上げられ、以前レイリッシュがあたしにそうしたように、馬面の口が猫であるあたしの口を塞ぐ。

 清涼なる風が全身に巡っていく感覚。

レイリッシュの魔力を感じながら、あたしは自分の体が猫から人へと変化していくのを感じる。


 なんというか――さすが珍獣!

魔力の供給と同時に変化までさせるとはっ。

くそぉっ、蝙蝠とは何かが違う。

これで性格が悪くなければ是非ともうちの蝙蝠とトレードをお願いしたい。

まぁ、使い魔って言うのは一度契約してしまえば他の主など持たないものらしいけど。


片手で持ち上げられていた猫が人にかわると、その手は背中を支える。

もう片方の手が顎を掴み、唇の角度を変えて魔力が注ぎ込まれる。

 歯列を舌先がなぞり、口腔に進入する。

そこまでする必要などないだろうと眉を潜めても、相手の力は緩もうとしない。

あえぐように酸素を求めて逃れるように腕を掴んだところで、ばさりと背中に上着がかけられた。

「そこまでにしておけ」


冷ややかな言葉に、ふっと馬面が笑って、あたしの舌先を吸い上げて唇を離した。

ぴちゃりと音が響き、なんとなく気恥ずかしさに顔が赤らむ。


これは魔力供給であって決してキスではありません!!!


「やりすぎだ」

低い声にハッと息を呑む。

馬面は実に楽しそうに肩をすくめた。


「子供は趣味じゃないからな」

あざ笑うような言葉に、あたしはやっとエイルの言う意味に気づいた。


「ちょっ、このサイズはどうなのよっ」


――あたしの体は明らかにチビの倍。つまり大人のそれに変化していた。

「!!!」

これが普段であれば喜びもしよう。

ビバ、本来のあたし!

……耳と尻尾は健在ですが。


「ああ、魔力を入れすぎたな。

抜いてやろうか? 

なに簡単なことだ。逆に吸い取ればいい。来るがいい」

こぉの、腐れ馬面がぁっ。

ろくでもないぞ、おまえはっ。


岩に背を預けて手を差し向けてくる使い魔は底意地の悪い笑みを浮かべている。

あたしはエイルの外套を肩に掛けたまま立ち上がり、ふんっと横を向いた。

「結構よ。着替えなら自分の家から転移させるから」


言葉と同時に杖を呼び寄せ、自分の着替えを召喚しようとする。

しかし、その魔法はあっけなくはじかれた。

「……」


「どうした?」

エイルの言葉にあたしは悔しさに唇を噛んだ。

「エリィフィアが家にいる。干渉できないようになってるんだわっ」


そういえば時々家に来ていると使い魔が言っていたのを思い出す。

その世話もあって使い魔は今回ここにいないのだ。


岩場に座る馬面は実に楽しそうにこちらを見ている。

なんて主そっくりなイヤなヤツだろう。

あたしが屈辱にうち振るえて一歩、ヤツへと近づこうとしたのをエイルの手が留めた。


嘆息交じりに。

「魔力を抜くくらいなら私がする。それで異存はないな?」

「……ダーリン?」

「おまえが、か、魔導師?」

「問題は無いな? 大魔女の使い魔よ」

「――問題だと思うがな。

魔導師が魔女の魔力を手にしようというのはいささか問題だろう?」

「それを引き起こしたのはおまえだ、使い魔」

傲岸不遜に言い切り、ぐいっとあたしの腰へと手を伸ばし、引き寄せられる。

慌てたあたしの目に、ガサリという音と共にロイズが入り込んだ。



***



「いったい、なん……」

なんなんだ、と続けようとした言葉を、ロイズは飲み込んだ。

――突然身を翻したエイルを追って浜辺までおいついたのだが、その場の空気はぴんっと張り詰めていた。


岩場に座った使い魔。


そして、そこから少し離れた場所にエイルとブランマージュ。

ブランマージュの肩にはエイルの外套が掛けられ、すっぽりとブランマージュを覆い隠している。

内側から押さえるようにして着ているブランマージュの姿は、本来の彼女と変わらない――ただし、耳は相変わらず付いている。

――尻尾の存在は外套にくるまれている為判らないが。

「ブラン?」

怪訝に眉を潜めるロイズの姿に、ブランマージュはぐっと手を握りこんだ。



***



「――ありがとう、ダーリン」

とんっと、外套の隙間から手を出してエイルの胸を軽く叩く。

「悪いけど外套はしばらく貸しておいてちょうだい」

「――大丈夫なのか? 必要以上の魔力はおまえの体に」

「使い魔」


ゆっくりと瞳を伏せ、あたしは呼気を落とす。

正面から馬面を睨みつけた。

「下らないマネは許さないわよ。

あたしは魔女ブランマージュ。エリィフィアの弟子にして娘。おまえがあたしに害を為すことがどいうことか判る?」


クッと、馬面が笑う。

口の端をひきあげて、そしてわざとらしく立ち上がりまるで騎士のように一礼した。


「ご無礼をお許し下さい、末の魔女ブランマージュ殿。

我が主レイリッシュの正統なる末の姫よ。我の行動があなたを害することは無いと、誓約いたそう。我が主の名にかけて」

「今の状態があたしの体に負担を掛けることはないというのね」

「我が主がそれを許すとお思いか?

現状、その魔力で汝に負担となることはない」

「――信じるわ。

もちろん、おまえではなく、あたしの姉であり母であるレイリッシュを」


「なんなんだ?」

静かなロイズの問いかけに、あたしは苦笑した。

「ちょっとした手違いよ。この格好は気にしないで――そのうちいつも通りにミニマムになるから」

 それもどうかと思うが。


あたしは嘆息し、肩から引っ掛けているだけの外套に内側から腕を通す。

くそっ、でかい。

ちらりと隣のエイルをみて、ほんの少しの悪戯心がうずく。

「ダーリン、前を止めてくださる?」

「……」


ちっ、振られたわ。


そっぽを向いた男に、ついでターゲットをかえる。

とてとてと砂地を歩き、なんだか憮然と眉間に皺を刻んでいるロイズを見る。

「ロイズ」

「――」

「ねぇ、隊長殿? ちょっと自分ではやり辛いの。前、とめてくださる?」


首をかしげてお願いしてみる。

ロイズは一瞬顔をしかめ、何か言いたそうに口を開いたが、ちらりとあたしの背後に視線を向けて大きく嘆息した。

 無言で外套のボタンをはめてくれる。

ふふふ、あんたが世話好きだっていうのは知っているのよ。「お願い」といわれて断ることなどできまい。

 今度なにか困ったことがあったら「お願い」してみよう。

エイルに頼むよりもずっと容易いと思われる。

それはそれでつまらないんだけどね。

あたしの好みとしては、ものすっごい嫌がって不承不承承諾するくらいがオイシイのだ。


「ブラン」

背後でエイルが言う。

「日が落ちる。今日はこれまでだ」

「そうね……さすがにこの森に夜入るのは楽しくないとあたしも思うわ」

あたしは嘆息した。


……エイルとイチャイチャ失敗。


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