57、始原の森探検2
始原の森の入り口を見る限り、ブランマージュの森と何が変わるのか判らない。
「静かなものよね?」
あたしが首をかしげれば、ロイズが嘆息した。
「おまえな、良く考えろ。静かなほうがおかしいだろうが」
「ああ、そっか……」
虫の羽音もしない。
静かな、ただ静かな森だ。
ちなみに、現在あたしはロイズと共に森の中に入り込んでいる。
ロイズはいちいち木の幹にナイフで傷をつけていく。
エイルは別行動――おそらく本気で魔物を探しているのだろう。玉子探しには役立ちそうにない。
そして、あの馬面だが。
「あれは、誰だ?」
「ん?――」
「やたら背のでかい」
「ああ、馬面? あれはあんたをここに運んだ魔女の使い魔。正体は一角獣よ」
「なんの為に来たんだ?」
うん、気持ちは判る。
あのあと、馬面ときたらさっさと浜辺の隅に自分の居場所を確保し、留守番を決め込んだ。
――何しに来たのよ!
と怒鳴ってやれば、
「オレはおまえの魔力補充だ。足りなくなったら言え」
とぞんざいに言われてしまった。
くそっ、使い魔ってヤツは本当に役に立たない!
「魔力の補充用」
「……おまえ、大丈夫なのか?」
ふいに腕をつかまれる。
身長差が激しいから、あたしは随分と首をそらして相手を見るしかない。
「なにが?」
「サイズ――エイルに聞いたが詳しくは……」
「んー」
あたしは顔をしかめた。
「悪いんだけど、ロイズ」
「――」
「あたしのサイズの問題とか、エイルに聞くのは辞めて。聞きたいことがあるならあたしに言いなさい」
ぴしゃりと言ってから反省する。
エイルにだって欠片くらい人の心がある。きっとあたしの体のことを突きつけられるのは、本当はイヤだろう。
――毎日顔を合わせるのだって、辛いのではないだろうか。
ま、これはあたしの勝手な想像だけれどね。
でも、何も知らないロイズが心配してくれたのは理解できる。
もっとあたしもいいようがあるだろうに。
「……おまえ達は、その……付き合ってるのか?」
だからその次にロイズの口から出た言葉に、あたしは「は?」と間抜けな口調で返してしまった。
「えっと、誰と、誰が?」
ってか、なに?
「おまえと、エイル・ベイザッハが」
「それは、つまり――エイルがロリコンという意味かしら?」
「違う。誰がそんなことを言っている?
おまえ、さっきあいつのことを――」
ロイズは言いづらそうに視線をそらした。
「ダーリン、て」
「ああ、あれはイヤガラセ」
あたしは嘆息した。
「本気でダーリン、ハニーとか言ってるカップルいたら水をかけてやるわよ?
エイルが嫌がる顔が面白くて、ずっとダーリンって呼んでいたから、まぁ、慣れたんでしょうね? あいつってば最近ちっとも嫌そうな顔もしなければ普通に応えるのよ?
つまらなくなっちゃったけど、こっちもクセだからね。言ってみればダーリンってあだ名みたいなものよ」
「ああ、そうなのか」
ほぅっとロイズが息をついた瞬間、あたしはロイズの後ろでうごいた影に気づいた。
ガサリと腰程の低木がゆれる。
咄嗟に杖を召喚したあたしに代わり、ロイズは腰に吊るされている短銃を引き抜き、その勢いのままにあたしを抱え込み、転がった。
腹に響くような銃弾の音、腕の中に抱き込まれたあたしには見えずとも、その断末魔は辺りに響き渡った。
ヒギャァゥゥゥっっ。
耳の鼓膜を振るわせるような悲鳴と共に小さな魔獣がしゅぅっと消える。
あたしは舌打ちした。
「ばかっ、この熊男っ」
「え?」
「あたしは魔女なのよ? 庇ってる場合じゃないでしょうっ」
「だが……魔力が少ないのだろう?」
いや、それは確かにそうなのですがね。
あたしはなんとも苦い気持ちになる。
魔物、魔獣を退治するのは魔女と魔導師の仕事で、ロイズの仕事は町の警備だ。
そうだ、彼は一般的な警備隊隊長なのだ。
――レイリッシュは本気で何を考えているのか。
地面にしゃがむようにしてあたしを抱え込んでいたロイズの腕の中、あたしはぐいっとそこから身を起こし、ロイズの体に怪我がないのか真剣に確かめる。
「傷は? 無茶に転がったりして、どこか傷めたりしていない?」
「いや……うん、平気だ」
「そう? 痛みがあったらちゃんと言いなさいよ?
それくらいならいくらだって治せるんだから。大事になったら、魔力が十全じゃないあたしには時間がかかるのよ?」
ぺたぺたと肩や頬を叩きながら、ハっとした。
―――猫の時のクセで無遠慮に叩いてますね、あたしっ。
肉球でてしてししているのとはわけが違うというのに。
ひぃっと、気づいた時には遅い。
ふいに、ロイズが手を伸ばし、あたしをぐっと抱きこんだ。
「な、なに?」
「いや――落ち着かん。悪いが少し触らせてくれ」
はぁぁぁ?
「おまえなんで猫の耳つけてるんだ? どういう仕組み?」
そっちか。
そっちですか!
この猫フェチめっ。
どかりと胡坐をかき――先ほど魔物が出た場所だというのに、なんと無防備な!――その膝の上にあたしを乗せて興味深い様子で猫耳に手を伸ばす。
「逃げるな」
触ろうとするとへこりとへこんで逃れる耳。
「――知らないわよ。それ勝手に動くんだから」
あたしは諦めてロイズの胸に肩口をあずけ、そっぽを向いた。
――良く考えれば恥ずかしい格好なのだけれど、猫の時にいつも座っている場所。
あたしもどこか麻痺しているのだろう。
「あ、手触りがいい」
ふいにつっと耳の表面を撫でられ、うひぃっと声が出そうになる。
普段はちっとも気に掛けない場所。あるのか無いのか判らないそこに、意識が集中してしまう。
もう片方の手が、あたしの尻尾に触れた。
「これは付けてるのか?」
「――あの、あんまり触んないでくれる?」
無造作に握りこまれて、ぞわぞわと背中に鳥肌が立つ。
自然と声が小さくなって、あたしは身をよじった。
「感覚があるのか?」
ぎゅっとつかまれた尻尾を引かれ、なんともいえない気持ちが湧き上がる。
毛並みにそって撫でていた手がふいに逆に動き、あたしは堪えられずに「や……」と涙声を零した。
っっ逆撫では駄目っ。
こちらに集中していた為だろう、あたしも、そしてロイズも人の気配に気づかなかった。
ひょいっと手が伸びてあたしのわきの下あたりを掴みあげ、そのまま体を浮き上げる。
静かな眼差しのエイルが、あたしをその腕に抱き上げた。
二の腕にすわらせるように。
「銃声がした。何があった?」
あたしはくたりとエイルの肩口に寄りかかる。
こんなにこの男の登場を喜んだことがあろうか?
いいや、無い。
ううう、なんか疲れたよぉ。ぐったりだ。
猫フェチめっ。
確かにあたしには猫耳と尻尾がついているが、今は十歳児の姿なのですよ。
警備隊長殿、自分の行動にもうちょっと気づけ。
「魔獣だと思う。咄嗟に銃で撃ったら消えた」
勢いをつけて立ち上がり、ぱんぱんっと手を打ち合わせながらロイズが言う。
「……そうか、おまえの銃は魔物を滅するものだったな」
忌々しそうに舌打ちし、ふいにエイルは小さな声であたしに囁いた。
べったりと肩口になついているから気づくのだろう。
あたしの小刻みな振るえに。
「どうした?」
「――猫フェチに猫耳猫尻尾は抗いがたいものでもあるんでしょ。
ううう、まだなんかぞわぞわする気がするっ」
侮りがたし猫フェチ!
道端に猫がいたら声を掛けて触らずにはいられない人間に違いない。
「あたしロイズと一緒だと色々まずそう。
ダーリン、悪いけどロイズと一緒に行動してあげて」
「なぜ私が」
「あのね、あんたは魔導師でしょ? 一般人を守りなさいよ。
あたしは一人でちょっとまわってくるから」
とんっと肩を一回おして地面に着地する。
ぱさりと髪をかきあげた。
「魔物を見つけるのもいいけど、できればちゃんと火蜥蜴も探してよね」
「――」
エイルが瞳を細める。
嫌そうな顔。
「五日なんて冗談じゃないわ!
とっとと終わらせてかえるっ」
あたしはぽんっと手の中に杖を出現させた。
活動報告を読んでくださっている方なら「ああコレか」と……
一番書きたかったシーン。ロイズの膝の上のチビブラン……セーフですよね?