53、浸透
「ブランマージュ」
ぎゃっ、とあたしは飛びのいた。
窓辺から部屋の中に入って、ようやっと体を落ち着かせた途端に屋敷の主が帰還し、自室にいるあたしを呼んだのだ。
ううう、心臓に悪い。
ってか、あんた馬を走らせたでしょ?
危ないじゃないの。
あんたそれほど乗馬うまくないでしょ。
あたし知ってるんだから。
「ブラン」
やめてよ、なんで猫の名前をそんな必死に呼ぶのよ?
これだからいい年して女のいない男っていうのはイヤよ。
癒しを猫に求めるなんて本当はろくでもないと思わない?
そんなことしているともてる男だって……――
ぎゅっと、抱きしめないでよ。
あんた自分の力がどれだけ強いか知らないの?
うちの使い魔だってもぅちょっと力加減っていうのを知ってるわよ?
ねぇ……――
「無事でよかった」
無事って、あたしはいつだって無事よ?
ちゃんといるじゃないのさ。
あんたどうかしたの?
はぁっと大きく息をつき、どさりといつもの長椅子に体を預ける。
「なぅ?」
「……もう心配させるな、ブランマージュ」
だから、ねぇ。
あんた本当に禿げるわよ?
あたしは身を伸ばし、ロイズの頬に頭をすりつけた。
「なんかおまえ、獣臭くないか?」
ふと、ロイズは眉を潜めた。
――ああ、使い魔がぐりぐりとやってたからね。
蝙蝠ってそんなに獣臭いとは思わないけれど、あいつってば無遠慮に触るから。
「また悪戯でもしてたんだろ?
知らない人間からほいほいもの貰って食ってたら腹壊すからな?
まぁ、あの魔女が小さな生き物を苛めることはないと思うが――」
優しい翠の眼差し。
無骨な手。
あたしはまたしてもお腹の奥がむずむずするような奇妙な気持ちを覚えて、「なぅー」と鳴いた。
――小さな命を奪ったあたしに、そんなことを言うのね。