50、食欲不振
ロイズ・ロックは禿げるね。
あたしは心底そう思う。
ロイズの髪は薄い金髪だ。少し硬い。つんつんしてる。
最近のあたしは、この頭に円形脱毛症とかがないかのチェックをかかさない。
実に不憫な男だと思う。ロイズ・ロック――
なんたって、女の影が微塵も無い。まぁ、あたしが思うに、あの侍女のエリサは少なからずこの熊男に気持ちがあるんじゃないかね?
いいと思うよ、エリサ。
料理はどうか知らないけど。ほら、だってこの家の料理を作っているのは通いの人だしね。あたしのご飯を用意してくれるのは侍女、エリサだけど。
―――あたしに言わせれば彼女の用意するご飯は味が足りない。
まぁ、その食事だって最近あたし食べてないしね。
だってエイルのとこで人間的な食事を食べれるのだもの。
今更はいつくばって口で直に食事を取るなんて、イヤよ。
まぁ、何が言いたいかっていうと―――ようはそれがいけなかったのだ。
眉間にくっきりと皺を刻み込み、翠の瞳をひたりとあたしに向け、
「おまえ、何を食って生きてるんだ?」
と、やけに真剣な調子でロイズが猫―――つまり、あたしに言う。
そこもどうかと思うのよ?
いい大人が、真剣に猫に話しかけるのって問題だと思う。
応えたりしないのよ、猫って。
「みゃうっ」
まぁ、あたしも返事くらいはしてあげるけれどさ。
長椅子に座るロイズの斜め後ろで、侍女も困惑が入り混じったような調子で立っている。
「お腹は膨れているようなんですけれど、明らかにご飯のヘリがおかしいんです」
「拾い食いしてるのか?」
ロイズの眉間の皺が益々寄る。
それ、その皺ってきっと年とってから線になると思う。
偏屈親父として名をはせるわよ?
「ブランマージュ、聞いてるのか?」
「みゃおうっ」
あたしは愛らしく返事を返し、てしてしと肉球でロイズを叩く。
あんまり悩むと禿げるから、本当よ?
あんた髪質がちょっと刺々しいのよ。危ないって。
「医者、獣医に診せたほうがいいのか?」
「でもこの辺りで獣医といっても、牛とか馬専門ですよ? 猫を診てくれるお医者様なんて……魔女のブランマージュくらいしか」
ぴくりと耳が反応する。
たしかに、あたしはたいてい好き勝手に生きていたけれど、お医者様まがいのことはしていた。
悪い魔女ってちょっと不便なのよ。
悪いことばかりしてたってお金は入ってこないんだもの。
人間食べていくには仕事が必要。
うちには使い魔っていう無駄飯食らいもいるからね。
「……明日ブランマージュの森に行ってみるか」
嘆息交じりに言いながら、ロイズはあたしの喉元をかしかしとかいた。
――ブランマージュはいないけどね。
あんただって知ってるでしょうに。
ねえ、ロイズ。
あんたあんまり猫に傾倒しすぎじゃないの?
たかが猫よ。
胸元に抱き寄せられて、あたしは頭をすりっと寄せた。
世界はこんなちっぽけな猫でかわったりしないわ。
ねぇ、ロイズ・ロック……
あたしは優しい翠の瞳をみあげ、「みゃうっ」と小さく鳴いた。
以前はね、知らなかったわよ。
あんたの目が優しいなんて。
だってあんたは体がでっかくて、目つきがわるい軍人肌の無骨な男だと思ってた。
でも今はね、その目にちゃんと優しさや悲しさや……色々な気持ちがあるんだってちゃんと知ってる。
――あんたの目を見ていると不安なの。
魔女ブランマージュがいなくても、あんたの世界は変わったりしなかったでしょう?
けれど、このちっぽけな白い猫がいなくなったとき、あんたの世は……どうにかなってしまいそうで、ねぇ、あたし、こわいのよ。
「怒ってるんじゃない、おまえが病気なんじゃないかって心配なだけなんだよ、ブランマージュ」
ふっと、ロイズは眉間の皺を解いた。
あたしはその言葉に応えるように小さく鳴く。
いたたまれない。
そう。こういう感情って、いたたまれないっていうんだわ。
あたしは視線を合わせないようにうつむいて、ロイズの手にすりっと頭を撫で付けた。