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47、快楽主義者

アンニーナの許を訪れたのは間違いかもしれない。


「……」

「……」


自分の体を捜すため、しぶしぶ知り合いの魔女の許を尋ねたあたし。

アンニーナは王都から北方に位置する場所。転移のできないあたしには容易く来ることができる場所では無いから、移動用にレイリッシュの使い魔を貸してもらって来たのだ。


レイリッシュの使い魔は馬だからね。

しかも一角獣、ヤツは空を飛べるのだ。便利だが性格は悪い。

もう本当に飼い主そっくり。


 アンニーナの屋敷、二階のテラスに降り立ったのはそこしか結界が開いていないから。

魔女はそこから出入りできるようになっているのだ。

 だがそのテラスから入った途端、あたしは呆然とその部屋を見てしまったし、部屋の中央――猫足の白いバスタブで優雅に入浴中のアンニーナは、


「猫ぉぉぉっ」


と爆笑した。


「いやだ! 猫耳よっ、しかもチビっ!

ぎゃはははははっ、無様ね、ブランマージュ」


 体に泡をつけてこちらに指を突きつけて叫ぶ女の周りには、うっすうすペっラペラのつけてんだかつけてないんだかあやしい衣装の男が四人、はべっている。

 薄い布地が濡れた肌にはりついて、くっきりとその逞しい肢体を見せ付ける。

 うぉう、この状態でも気にせずアンニーナの体を洗ってるおまえ達ははっきり言って、こわいわ!


「昼間っから何してんのよ、このエロ魔女っ」

「ふふん、人生を謳歌しているのよ。小娘にはこれの良さが判らないのね。

ま、今は子猫ちゃんだものねぇ」

ぷぷぷぷっ。


 バスタブに両腕をあずけてニマニマしているアンニーナ。

染めているのかアンニーナの髪は紫黒。緩く巻かれた髪が耳のところで垂れている。

 あたしよりも少しだけ年上のアンニーナはレイリッシュのようなきりりとした美貌ではなく、甘い笑みを浮かべる――くやしいけれどやっぱり男を手玉に取るだけはある美貌の持ち主。


「子猫ちゃんも入る?

なんならあなたにあたしの可愛いコを貸してあげてもいいわよ?」

 アンニーナの手がすっと横にいる男に伸びて、その胸元をそっとなで上げる。


 くぅ、恥ずかしいのはあっちの筈なのに、何故にこちらが恥ずかしい気持ちにならねばならぬ。

「っと、ああ――ソレが、あの魔道師ね」

 あたしの後からテラスに訪れた魔道師の姿に、アンニーナの顔が歪む。

ちらりとエイルを見れば、エイルは瞳を細めていた。

イヤそう。

物凄く。


そ もそも一々付いて来なくていいのにと思うのだけれど、これもまたエイルに課せられた罰の一種なのか、エイルはいつもあたしと行動を共にしている。


「結構いい男じゃないの。ふふ、あたしと遊ばない? 魔道師」

エイルはアンニーナを無視し、あたしを睨んだ。

「用件を早く済ませろ」

「判ってるわよ」

「あーら? もしかしてあたしってば振られたのかしら。生意気。

それとも、魔道師は小さな子猫ちゃんじゃなければイヤなのかしら。おまえ、魔女が好きなのでしょ?」


 ククっと喉の奥を鳴らすアンニーナ。

その瞳を見て、あたしははじめて気づいてしまった。


違う――アンニーナは怒っているのだ。

その怒りの矛先は、エイル。

そしてエイルも剣呑な雰囲気をかもしだす。


 うぉう?

なんだよおまえ達は。険悪な空気を垂れ流すな。

「アン!」

 あたしは二人の間に割って入った。


「あたしの体のことは知っているでしょ?

探しているのよ――何か、知らない?」

 あたしの言葉にアンニーナがぱしゃりと水音をさせる。

そうすると、部屋の中に薔薇の香りがたちのぼった。

「ブラン、いらっしゃい。あたしと一緒に楽しむ?

いい男をあげるわよ。なんなら一人二人連れて帰っても良くてよ?

どの男もおまえを天国に連れていってくれるわ」

「アン! そんなことを聞いてるんじゃ」

「そこの魔道師でもいいわよ? いらっしゃいよ」


 ううう、判ってはいたが言葉が通じない。

この快楽主義者めっ。

 話しにならないとエイルの怒気が溢れる。

アンニーナは挑発的にエイルを見上げ、口の端をゆがめた。

「おまえは魔女が欲しいのでしょう?

魔女の体液がどれだけの力を持つか、試したい?

それとも、もう試したことがあるのかしら?」

「アン、いい加減にして。

あたしの――」

「ブラン、あんたの体のことを魔女は感知しないわ」

 アンニーナはつまらなそうにくるりとバスタブの中で反転し、男の一人にしなだれかかる。

「どの魔女の許に行ってもいっしょ。

誰も力は貸さない。自力で見つけなさい――おまえに協力を許されているのはその魔道師と、そうね。あとはおまえの飼い主だけよ」


 飼い主、という単語に眉宇を潜めて、ついでロイズのことだと気づく。

くそぅっ。なんかイヤな単語だ。

今更ロイズ一人の協力が増えたところで何がどうなると? 

ロイズはただの一般市民。

 魔法とは無縁の生き物ではないか。


「安心なさい、ブランマージュ」

 アンニーナは挑発的にこちらへと視線を送った。

「おまえが滅んだら、その時にはあたしがその魔道師に報復してあげる。

レイリッシュは怒るでしょうけれど、かならずあたしがしてあげる。

あたしの許に(ひざまず)かせて、泣いて許しを乞わせて、快楽と恐怖とを味あわせてずたずたにしてあげる」

 その眼差しでエイルを睨みつけ、

微笑んだ。

「だから安心して死になさい」


 安心できるかぼけぇぇぇっ。

あたしはエイルの腕をぐいっと掴み、「お邪魔さまでしたっ」と吐き捨てた。

くそぉっ。

 人選が悪かったか?

いや、そもそも魔女は駄目だ。

結託してる。


 テラスに出れば一角獣がつまらなそうに待っている。

馬面がちらりとこちらを見るなか、あたしはエイルを振りあおいだ。

冷ややかな表情が怖いですよ?


「えっと、うん……体、見つけるから」

へへへ、とできるだけ明るく言ったのだが、エイルの灰黒の眼差しは何も伝えてはこなかった。


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