46、噂を信じちゃいけない
エイルの手によって使い魔が壁に叩きつけられたのは、道端であたし達がロイズと遭遇してしまってから三日程のこと。
いつも思うけど、この使い魔は意外と頑丈だ。
「警備隊長が来るのであれば言っておけ」
冷ややかに言うヤツは、どうやらロイズに「おまえ具合悪かったのか? おかしな顔と声していたしな」と言われたらしい。
――挙句、頼んだことを忘れたのかと非難されたようだ。
「何のことだ」
と告げたエイルに、ロイズは眉宇を潜めて「そんなに具合が悪いのであれば出歩くな。まぁ、そんな状態でものを頼んだオレも悪かった。すまんな」と、無理矢理寝室にまで押し込まれた。
元々ロイズは寝室を知らなかった為か、随分と部屋を覗かれたし荒らされたらしい。
――ん、まぁ、エイルは縄張り意識の強い生き物ですからそれはたいそう屈辱であったことだろう。
その場を見れなかったのが残念ですが!
熊に振り回されるエイル!
想像しても楽しい。
まぁ、それよりも……蝙蝠よ、ちょっとおいで、せめてそのよれよれの羽はなおしてやるから。
使い魔でよかったな?
おまえのような小さな魔物、魔女と月の加護がなければその一撃で昇天するぞ。
「あの脳みそ筋肉なロイズが魔道書って、へんな組み合せよね」
「――そんなことはいい。手を動かせ」
はいはい。
今日の御仕事はデスクワークです。
――地方領地の税額のチェック。
……って、これのどこが魔女の仕事かちょっと教えてくださいレイリッシュ。いくらなんでもこの扱いは酷くないですか? 絶対にレイリッシュの仕事ではないよね?
魔女のあんたがこんなことしているはずないよね?
「手が足りないんですもの。ごめんなさいねぇ」
って――王宮官吏は何をしてるんだ。
体を取り戻したらやつらにも目にモノみせてくれる。
「んー、数が多すぎっ。ちょっと、ダーリンっ」
あたしは羽ペンをぷらぷらさせ、相手の機嫌をとるように口にした。
「うちの使い魔変化させていい?」
「駄目だ」
「猫の手も借りたいっていうでしょ」
「猫はおまえだ」
……そうだけどさ。
「そもそも、ダーリンには使い魔はいないわけ? 今まで見たことなかったけど」
「出してもいいが」
「うん」
「手足が六本あったり、尾が蛇だったり、溶けてるやつでいいならな」
「うん要らない」
あたしは却下した。
――趣味悪い。最悪。
そうよね、そもそもこの男は魔物の融合とかやってる気色悪い魔道師でした。
と、あたしは気になっていたことを尋ねてみた。
「ダーリンってさぁ」
「なんだ」
「使い魔にハアハアすんのが好きなんでしょ?
手足が六本ついてたり、尾が蛇だったりするのに欲情するの?」
足フェチ?
「どこからそんな話が出た!」
声と同時にエイルの手の中のペンがべきりと折れる。
こらこら書類にインクが飛んでるぞ。
「違うの?」
あれぇ?
インクはともかく、この噂はどこから出たんだっけ? あたしは振り返ってみたが思い出せなかった。
噂の出所っていうのは結構判らないもんなのね。
「あたしてっきり変態だと思ってたから」
ごめんね。
そして噂っていうのはやっぱり信憑性が薄いんだわ。
信じていたのに。
なんだか凄く裏切られた気分。
「――宵闇に淀み潜むほの暗い……」
「まて、まて、まてぇいっ、何の呪文となえようとしてるのっ!
悪かったってば」
あぶないなぁ。
「貴様とは一度じっくりと話し合ったほうが良さそうだな」
殺人光線がものすっごい出てますよ!
やる気満々です。
口元に笑みを貼り付けているのが凶悪ですよ。
「えっと、御仕事しようね? あたしの時間も短いしさ」
根も葉もない噂をすっかり信じちゃったよ。
ちぇー、がっかり。
すんごい騙された。
誰から聞いたんだっけ? こんど文句つけないとね。
あやうくあたしがエイルに酷い目に合わされるとこじゃないのさ。