45 白と黒
「まぁ」
と、玄関のほうで侍女の声が跳ね上がる。
あたしはいつものソファで丸くなりながら、耳だけをぴくぴくと動かした。
今日はね、疲れたのよ。
珍しく魔物討伐なんてさせられたの。張り切ったわよ。あたしがんばった。はじめはね。
大きさがさぁ、手の平サイズの猪みたいなヤツ。数が馬鹿みたいに多くて、途中でエイルによじ登っちゃったわよ。
だってああいうのって鳥肌たつくらい気持ち悪い。
エイルは嬉々として魔道呪文を唱えておりました。
……ストレス溜まってるのかしらね、あいつ。
悩みがあるなら言えばいいのにねぇ?
どいつもこいつも溜め込んじゃって、ストレスで禿げるわよ。
ま、エイルは禿げそうにないけどね。
エイルは禿げじゃなくて、白髪になるタイプと見た。
「なんでも拾って来る癖どうにかして下さい」
玄関からこちらに声が向かってくる。
「いや、拾ったんじゃなく預かっただけだ。
所長のお宅に御孫さんが来るとかで」
「それならいいですけど。ノミとか大丈夫ですか? ブランちゃんにうつったりとかしません?」
「来る前に丸洗いした」
「それで引っかき傷があるんですね」
クツクツと笑う声と同時、居間の扉が開かれた。
帰宅した主に、あたしは体をぐっと伸ばして「なーん」と鳴いてやる。
おかえりー。
と、その腕にバスケットがあった。
えっと……
「んなーん」
とさりと出されたのは猫だった。
ゆうにあたしの倍近くでかい猫。
エメラルド・グリーンの瞳に黒い猫。
ちょっと、あらハンサムとか思ってしまう。
やっぱり猫は黒のほうが良くない?
魔女には黒い猫よね。
「クロウ、だそうだ。仲良くしろよ」
クロウはふんふんっとあたしの匂いをかぐ。
あたしはそういった習性は無いし、別に猫だからって仲良くする気も無い。
ということで、ソファに戻ろうと身を翻した。
「ブラン?」
微笑ましそうに見ている人間二人。
そして、フンフン言う猫。
おもむろに、あたしの首筋あたりががぶりと噛まれた。
「ふぎゃっ」
なに、なに、なにすんのよっ。
あたしが低い威嚇音を出すのも構わずに、でかいクロウが背中にのしかかる感触。
って、ちょっ、この体制はイロイロやばい!
やばくないですかっ。
ちょぉぉぉぉっ、
「何してるんだっ!」
咄嗟にロイズの手が伸びてクロウの襟首を掴みあげ、引き離される。
うぉぉぉ?
もしかして今ってば、テイソーのキキでしたか?
こともあろうに猫如きに襲われるとこだったんじゃありませんっ!?
身をぶるぶる震わせるあたしを、侍女が抱きしめて撫でてくれる。
その顔は困惑し、そしてロイズは渋面。
「エリサ」
「はい」
「この黒いヤツはどこかに閉じ込めておけ」
「それが宜しいですね……ごめんねぇ、ブランちゃん、びっくりしたわね?」
びっくりしたわよっ!
侍女とロイズが猫を交換し、縮こまっているあたしをロイズが膝に乗せてソファにすわる。
「大丈夫か、ブラン?」
――労わるように撫でられる。
あたしはその手におとなしく撫でられながら、ロイズが止めてくれて良かったと安堵した。
「もうちょっとオトナにならないと駄目だよな」
いやいやいや、そういう問題じゃないよっ!
苦笑しながらあたしの首をロイズの肩に預けるように抱きなおし、
「ブランマージュ」
吐息のように囁いた。
「……ああ、なんか縁起の悪いもの見た」
縁起ですか!?
なんだそれっ。
「重症か、オレ」
落ち込むように言うロイズ。
落ち込んでるのはあたしですよ!
はじめて感じるテイソーのキキ第一号が猫って、自慢話しにもならないわよっ。