42、囚われる
「たいちょー」
子供の舌ったらずな言葉に、ロイズ・ロックは危うく持っていたマグカップを落としてしまいそうになった。
「なんだ、おまえらか」
窓辺に顔を出している三つの頭に苦い笑いを零す。
「ねぇ、たいちょー」
「ブランいつ帰るの?」
そう言われても困る。
自然と眉根を寄せながら、ロイズは棚から菓子鉢を取り出し、それの中身が残り少ないことに気づく。
子供達の為に欠かしたことなどなかったソレ。
うっかりと補充しておくのを忘れていたようだ。
それでも子供達の手を濡れタオルで拭ってやり、そのまま差し出せば、嬉しそうに手が伸びる。
だが今日は何故か子供達の表情がいつもより冴えない。
「ブラン捕まっちゃったてホント?」
「は?」
「オトナが言ってたの」
「そだよー」
何の話だ?
「今のところブランマージュが警備隊に捕まったなんていう報告はないぞ」
脳裏で考える。
もしかして他の町で悪さをして捕まったか?
――いいや、魔女が捕まったのであれば報告書は必ず入るであろうし、何よりすぐに釈放されるだろう。それなりの罰はあるだろうが、魔女と人間の法律は違う。物凄く甘いのだ。許しがたいことに。
だから増長するんだあの馬鹿。
いや、まさか第二隊ではなくて第一隊に捕まった――とかか?
第一隊の隊長であるギャンツ・テイラーはブランマージュにある種の拘りを持っているというのが頭をよぎる。
「ちがうよー」
子供達は菓子を食べるのを辞め、不安そうにロイズを見上げた。
「町の外れのさー」
「怖い家」
「なんだそれは」
子供達の話しは要領を得ない。
少しだけ苛立ちがうまれたが、ロイズはそれをねじ伏せた。
胸がやたらと鼓動を早め、不快感が巡る。
――あの馬鹿娘。
舌打ちしながら、自分が本当に何故焦るのか、その現実はとりあえず遠い場所になげておく。
「魔物とかケンキューしてる人」
「そこでブランを見たって人がね」
「いるんだ」
子供達は目配せしあい、意を決するように言う。
「どうしよう、たいちょー」
「ブラン殺されちゃう?」
「ケンキューされてるの?」
怯えるその瞳を呆然と見ながら、ロイズは喉の奥が乾くのを感じた。
「それは……ないさ」
彼等が言う家に思い当たる。思いついたからこそ首を振る。
それは無い――
そう、信じたい。
奥歯がギリっと音をさせる。
脳裏に赤味の強い金髪、琥珀の瞳とが浮かぶ。
小生意気な小娘が、どこかに囚われているかもしれない。
そう思うのはとても腹の奥をぎりぎりと締め付ける。
自分を見上げる視線があることに気づき、ロイズはハっと息をのんだ。
不安そうな子供達の頭をぽんっとなでて、
「大丈夫だ。
しばらくしたらひょっこり顔を出すさ。
あいつはあれで魔女だからな。魔女っていうのは、魔物の討伐とかもするんだぞ? 強いし、大変なんだ」
自分で言いながらうそ臭いと思うが、それでも子供達は少しだけほっとした様子でうなずきあう。
――ただの噂だ。
魔女は魔道師に囚われるほど弱くない。
魔法について詳しく知らぬロイズでも、それくらいのことは知っているのだから。
ふと口の中に慣れた鉄錆のような味がひろがり、気づかぬうちに唇をかみ締めていたことを知る。
自嘲するように小さく笑い、一度頭をふった。
――囚われてなどいない。