40、猫つぶれる
あたしは人間としての何かを失いつつある自分に頭を抱えた。
猫の尻尾に猫の耳、取れない首輪についでにハゲ。
これはいったいどういう呪いか?
ベロンっ。
ロイズの邸宅、ソファで陰鬱になっているあたしに、今日は天候が良くないということで屋敷の中にいる番犬であるはずの巨大犬があたしを舐める。
べろん。
ううう、ヨダレは辞めてよ。
口閉じなさいよ。口の端からヨダレが……あたしの美しい白毛に垂れるじゃないの。
と いうあたしの思いを、この犬はちっとも理解しない。
あたしを押さえ込むようにしながらべろべろと舐めたり、匂いをかいだりしている。
うぅぅ、犬の舌ってどうしてそう「じゅーしー」な感じなのかしら。
猫の舌はちっとも湿っぽくないのよ。ざらざらしてる。鮫肌なんて言葉があるじゃない? 猫の舌はまさにソレっぽい。
けれど犬の舌はべろんべろんだ。
「――」
ふと、視線を感じた。
ん?っとあたしが視線を向ければ、昨夜は夜勤だったとかで早朝に帰宅し、今の時間まで寝ていたとおもわれるロイズが眉間に皺を寄せてこちらを見ている。
よいところにきた、この上にのっかている犬をどけてくれ。
前足で押さえ込まれてうごけないんだ。
「みゅー、んみゅーっ」
救いを求めてそれはそれは哀れっぽく鳴けば、ロイズは嘆息してあたしを犬の下から引き出した。
「また犬臭くなってる」
ひどいんだよ、ヤツはヨダレが酷すぎる。
犬が嫌いってわけじゃないけどね、でも猫の立場で言わせれば犬と猫は仲違いしているくらいが丁度いいとおもう。
あたしが人間ならいくらでも舐められてあげてもいいけどさ、猫の時は勘弁して。
もしかしてこの犬あたしのこと保存食だとでも思ってるんじゃないでしょうね?
味見?
「ブランマージュ」
ん?
ロイズはふいに緊張の孕むような口調で呟いた。
「……動けないとかじゃないよな?」
んん?
あたしを胸に抱いてぎゅっと強く抱く。
その足を浴室へと向けながら、ロイズはあたしの頭に頬を寄せた。
動けないとかじゃないよなって、動けなかったのよ!
だってあの犬、すっごく前足太いのよ!
あたしの胴体ほどもあるじゃないさ。
好きで潰されてたわけじゃないったら。
あんた目が悪いんじゃない?
疲れで目がいっちゃってんじゃないの?
もう少し寝たら?
あたしの「みゃー、うみゃうぅ」と言う鳴き声に、ロイズは眉間に皺を深めていた。




