3、猫・固まる
これはいったいどうしたことだろうか。
あたしは丸洗いされ、ようやく警護隊の隊舎の隅でせっせと自分の毛を舐めて水分を拭い去りながら考えた。
自分の体を捜そうにも、その気配の片鱗すら掴めない。
必死になって意思を巡らせる。
あたしの体があたしに反応しない。
それはいったいどういうコトだろう?
トクトクと小さな子猫の胸が早鐘のように警鐘を鳴らしている。
一、この世界のどこにも体が存在しない。
二、火葬された。
三、あたしの魔力が無い。
っていうかどれもこれも最悪なんですが?
いやいやいやいや……まて、まてあたし。
まさかあたしが魔法を失敗した? あたしは体から抜ける時、ちゃんとシールドした筈だ。
体を完治させる為の魔法を使い、魂が無くとも痛まぬように呪力を施した。
魂の疲弊を治し、あとできっちり体に戻れるように!
もしかしてあたしのあの使い魔では無く、まったくの別人によって発見された? けれどこの区域は土葬だ、土葬! ならばまったく問題なくあたしはその体を感知できる筈なのよ。埋められたところで腐らないしね。
多少泥まみれでもそこは目をつぶろう。
燃やされるなんて――まず無い筈だ。
ってか、拾っておけよボケ使い魔!
……あれ、そもそも、もしかして?
あたしの魔力が、ない?
――あたしはぴたりと動きを止めた。
せっせと自分の濡れた体を舐めて落ち着こうとしていたからだが、ぴきりと固まる。
***
せっせと体の水分をぬぐっていた子猫だったが、ぴたりと止まった。
舌先がちょっと出ているところがなんとも間の抜けた感じだ。
机の下、奥のほうに隠れている為か覗き込むとその瞳は金色に光って見える。
純白の体が、まだまだ湿気を含んでいてハリネズミのようだ。
ロイズは屈強な体を折り曲げて、やれやれと手を伸ばして猫の首の裏の辺りを引っつかんだ。
ぷらんっと、猫がぶら下がるようにして闇から救出される。
ハっとしたように猫がじたばたと暴れたが、ロイズは気にせずに机の中から紐を一本引っ張り出した。
「ヒシャ――っっ」
チビの癖にナマイキにも威嚇してくる。
それを完全に無視して首と胴とを巡らせるように紐を引っ掛け、その紐の反対側を机の脚に括りつけた。
「……何してんすか?」
部下のクエイドの言葉に、ロイズは静かに視線を向けた。
「首をしばったら痛いだろう」
「いや、そうでなくて……」
「帰りまでにどこか迷子になったら困るだろ」
静かな上官の言葉に、彼の部下はじっとその紐でつながれた小さな猫と、まるきり正反対の生き物――どちらかといえば無骨な上司とを見比べ、
「飼うんすか?」
と奇妙な声音で呟いた。
離しなさいぃぃぃ!
あたしは今、ものすっごく考えてるんだから!