36、猫の悩み相談室
あたしがロイズの邸宅に戻ると、すでにロイズは帰宅していた。
こっそりと邸宅に入り込み、あたしはあたしを探しているらしいロイズの裏をかき、一階のリネン室から顔を出すことに成功を収めた。
「ごめんなさいね、ブランちゃん。
私が出入りした時に入り込んじゃったのね?」
心底申し訳ないという様子で謝る侍女に、あたしはなんとも後味の悪い思いを味わった。
「なぅ」
違うわよ。
あんたはちっとも悪くないわ。
ロイズもさんざ探したのか、息をつき「これからは気をつけてくれ」と侍女に言う。あたしはそんなロイズの手をがぶりとかじった。
彼女は悪くないんだってば。
――あたしは別に閉じ込められてた訳じゃない。
そもそもこの家に居なかったのだ。
だけどそれは言えない。
せめてもの抗議の気持ちをこめて、あたしはがぶがぶとロイズの手を噛んだ。
あたしを膝の上に乗せ、ロイズがふいにふっと息をつく。
「おまえにも家族がいたのか」
小さく呟かれた言葉に、あたしは首をかしげて「みゃう?」と鳴いた。
あたしは六人家族。
農家の家で、父さんと母さん、ちょっとボケの入ったお婆ちゃんと弟と妹。
まぁ、あたしは魔女になっちゃったからね。
ほんの時々様子を見に行くけれど、そこそこ幸せそうにやってるわよ。
妹なんてもう結婚しちゃってさ。
こないだなんて赤ん坊を抱いてたのよ?
つまりあたしってば伯母さんってわけ。いっきに年をくう気になるから辞めて欲しいわよね?
ねぇ、ロイズ。
あんたってば疲れてるんじゃないの?
あんたの頭の中は休日だっていうのに、働いてでもいるの?
何か悩みでもあるわけ?
言ってごらんなさいよ。応えてはあげられないけど、猫にだったらいくらいってもいいでしょ?
「にゃうぅ?」
それともあたしの悩みをきく?
あたしの悩みをきいたらあんた自分の悩みなんてふっとんじゃうわよ?
体がありません、知りませんか?
このまま猫でいると、魔力の負荷が掛かってあたしが消滅するか、猫に融合するか、猫の体が滅ぶのですって。どのみち洒落にもなんないわよ?
って、誰に言えって言うのよね?
「今日はよく鳴くな」
ふっと目元を和ませてロイズがあたしの頭を撫でる。
この男ってば猫に癒されてるわよ。
いい年したおっさんが、本当は猫なんてかまってる場合じゃないでしょうに!
あたしはなんだかもどかしいような気持ちでぺしぺしと肉球でロイズを叩いた。
「ブランマージュ」
「なぅ」
「……いなくなったりするなよ」
小さなあたしの顎下を撫でながら、どこか遠いとこを見る口調でロイズが苦笑を落とす。
――あたしはなんだか判らなくて「なぅ?」と尋ねてみた。
瞳を伏せて半眼であたしを見る熊男。
「……疲れてるのかな、時々おまえの声が聞こえる気がする」
うっ、やばい。
あたしってばもしかして喋ってる?
うかうかしてらんないわ。
「ブランマージュ……」
――人間の言葉なんて喋れませんよ?
だってあたし猫だもの。
やっぱりあんた疲れてるのよ。