33、ふんわりしっぽ
ぱたん、ぱたんと尻尾が動いている。
意識すればそれはどうやら自分の意思で動く。
でも今まで気づかなかった尻尾。
ぱたんぱたん………
「マスターっ」
慌てたような使い魔の言葉。
あたしの悲鳴に反応したのだろう。
あたしはばたばたと書庫を出て、エイルの前で仁王立ち。
「なんなのこの尻尾!」
「うわー、可愛い、猫尻尾! ふわふわつやつや、うわー」
黙れ、下僕!
もう貴様など下僕で十分!
エイルはあたしの瞳をひたりとみて、
「―――しらん」
と言い切る。
「知らんって、何、昨日もついてたの?」
「昨日は気づきませんでしたけど、ああ、失敗です。
パンツに穴あけなくちゃ! マスター、パンツぬいで」
死ぬがいい!!!
あたしはくぅぅぅっと喉の奥で怒りを押し殺し、自分の中途半端な魔力と猫の姿を呪った。
どうにもできないことは仕方ない。
仕方ないが、なんで尻尾ぉぉぉ。
がっと手を伸ばし、蝙蝠を掴んであたしは先ほどの書庫に戻ると、半泣き状態でパンツをぬいで使い魔に命じた。
「穴あけて」
―――くぅぅぅ。
使い魔はぽんっとエイルの姿になると、いそいそとパンツに穴をあけ、丁寧にその穴を縫い上げた。
さすが嫁にしたい使い魔ナンバーワン、裁縫セットも常備の上に、手際が良い。
(そんな事実は無い)
これがセクシーパンツであれば穴をあける必要など無かったろう。
だがぱんつはヘソまで隠れるお子様ぱんつだった。
屈辱にうち震えながらパンツをはき、穴から尻尾を出す。
早く、一刻も早くあたしは自分の体を取り戻してやる。
そしてこの猫の体とはおさらばするのだ。
平穏無事でめくるめく悪行の数々、輝ける悪い魔女の道をあたしは突き進むのだ。
残りの服に袖を通す。
子供用のシュミーズ、まぁこれだって仕方ない。
白いシャツにはレースが使われて、黒いスカートにはふわりと膨らむ愛らしいパニエがよく似合う。
ボレロ風の黒い上着。
首にはやっぱり赤い首輪。
「くぅっ、この首輪とれないしっ」
溶接している訳でもないというのに、手で単純にとれない。
あたしは自らの格好にひくひくとしながら、まるっきり可愛い「魔女っ子」な自分を無視してだかだかとエイルの元へと戻った。
うすうす気づいてはいたが、これってば魔道具だ。
魔力の少ない魔導師がよくつかう魔道具。
魔女にとっては意味不明アイテムといってもいい。
判らんものには触れてはいけない。
「ダーリン!」
「……」
「この首輪が取れない」
服装について何か言うならあたしは容赦なく殴りますよ?
なんでしたら男性的弱点を突きますよ?
「魔道が掛けられている。
迷子札だな」
「取れないの?」
「同じように魔道で焼ききればよい」
自らの指につけられている指輪に触れ、小さな声で呪文を唱える相手に、あたしは慌てた。
「焼ききる?」
「ああ」
「普通に外せばいいのよ。あとでまたつけるんだから」
なんといってもまた屋敷に戻るのだ、あたしは。
今日からだが見つかればもういかないけどね!
―――生憎とそこまで楽観的ではない。
「
それは無理だな」
あたしは顔をしかめ、エイルの手を遮った。
「ならいいわ」
―――首輪が無くなればあの家の人間は心配する。
あたしの頭をエイルはじっと見詰めていたが、何も言わずに視線を手元の書類へと戻した。
「今日は外に出るな」
あたしが身を翻そうとすれば、エイルはぼそりと言った。
「なに?」
「大魔女から呼び出されている訳でもあるまい。
今日は、その姿でどれくらいいられるのか時間を計り、どの程度の魔法が使えるのか色々と試すのだな」
低い声が淡々と言う。
あたしは自分の首輪を指先で撫でながら吐息を落とした。
「ダーリンって意外と石橋を叩いて渡るタイプ?」
「叩き壊すのも得意だが?」
――うん、それは知ってる。
というか、そういう人間だと思ってたのよ。
もしかしてあたしの認識とこの男はちょっと違うのかもしれない。




