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29、困惑。

 日の光と鳥達のさえずりで目を覚ました。

窓辺に置かれた小さなクッションの上で寝ていたあたしは、くしゅんっとちいさくクシャミを落とす。


確かめるまでもなく、ロイズの家だった。

――強制的に戻されたようだ。

 あたしはぐぐぐっと伸びをしながら大きな欠伸をもらし、かしかしと後ろ足で耳の下をかく。


 ああああ、なんか本当に猫化がすすんでるよ。

なんの違和感もなしにやってるよ、あたし。


「おはよう、ブランちゃん」

 侍女が笑いながら部屋に入り、窓辺のカーテンを開いてあたしの頭を撫でた。

「今日は若様はお休みだから、いいこでね」

 ふふふっと笑う。


 同じふふふでも偉大なる大魔女レイリッシュとは違い、なんて可愛い笑いだろう。

 泣きそう、あたし。


 差し出される手に思わずすりすりと頭を撫で付けてしまう。

「あらあら、甘えん坊さんね。今日は特別に鳥のササミにしてあげようかなぁ」


泣く、あたし。


「おはよう」

 ぬぼーっと、上半身裸で寝る男、ロイズが寝室から顔を出す。

服を着ろ、服を!

 おまえは良くても侍女のエリサが良くないだろう。

乙女に対してそういう行動はセクハラだ。

性的嫌がらせ熊男と認定するぞ。


 あたしの頭をなでだくっていた侍女は、主の姿にくすりと笑い、ひょいっとあたしを抱き上げると長椅子に座って新聞を広げる男の膝の上にあたしをおろした。


余計なことをするでない!


「今日はどうなさるんですか?」

「別に……ああ、休みか」

あふりと欠伸を噛み殺す。


「たまには外でのんびりとすごされてはいかがです?」

「追い出したいんだな?」

 苦笑するようにロイズが言う。

「そんなことじゃありませんけれど。若様は定休日となると決まってごろごろなさっているから」

「判った、朝食を終えたら外にでもいくさ」



 ロイズは膝の上から脱出しようとしているあたしを片手で抑え込み、もう片方の手で新聞を支えていたが、やがて新聞を手放し、両手であたしを包み込み、顎の辺りに指をぐりぐり押し付けてくる。

 あたしはあがあがと口をあけさせられ、前足でロイズの手をべしべしと押した。


やめろぉぉ。


 がぶり。

 噛み付いてやったところでロイズの硬い皮膚はものともしない。

噛まれるのが趣味か? そういう性癖の持ち主か?

あたしはがぶがぶ噛み付いてやる。


「おまえ」

ふいに、ロイズがあたしを強く抑え込み、持ち上げた。


 視線の高さまでもちあげられ、眉間にくっきりと縦皺を刻みつけてぐっと顔を近づけられる。

 近いっ、近いから辞めて。

「血、じゃないか……何の汚れだ? 赤くなってるじゃないか。

怪我じゃないのか? 汚れでいいんだよな?

何でも食べたら駄目だぞ?」


……それはおそらく偉大なる大魔女のあっつい口付けのあとでございます。

ううう、ひどいよ。

なんだってあの人はキス魔なの?


 眉間に皺を寄せた状態で、幾度も口元についたであろう赤い汚れを親指の腹でなぞる。

 心配気に覗き込まれて、あたしはなんとも居心地が悪い。

 腹のあたりがむずむずするような……

「なぅぅ」

 平気だよ。

傷じゃない。


 なぁ、おまえ、そんなにまわりばっか気遣って疲れない?

たかが猫だよ、気にするな。

「みゃうぅ?」

小さな声で鳴くと、ふいにロイズが息をつくように――笑った。


 普段は眉間に皺ばかり寄せて眼光鋭く睨んでいる男の、困ったような微笑。

 あたしは驚いて瞳を二度大きく瞬いた。


――おまえ、そんな顔もできるのね。

そうすると少し幼く見える。

まぁ、三十中盤が三十前半になるくらいだけどね?

……どっちにしろおっさん認定でいいのかしら?

あら、なんだろう、意味も無く困った気分におちいるんだけど。


なにこれ?


「どうした? 腹へったのか?」


 女心が判らないってよく言われないか?

ああ、まぁあたしは猫だけどね。

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