23、XXではありません
――覚えているのは、黒い魔女の微笑み。
おまえに罰を、という言葉と共に魔女の赤い唇がにっと微笑み、ぶちゅ――っと子猫の口にくらいつき、「食われる!」という恐怖のうちに意識は暗転した。
何かの術を使われたという思いはある。
だが、その術が何か判らない。
「みゅー」
月の光が入り込む窓辺で、その魔力の源に触れながらあたしは悲しい声を漏らした。
――何の術を施されたのだろう。
何かの術、魔法、呪い。
あたしは悲しみにくれながらその音を聞いた。
カチャリ。
小さく窓の掛け金が解かれる。
慌てて視線を上げれば、蝙蝠がはたはたとその黒い翼をうごめかせ、そしてふわりと一回転して変化した。
「ううう、頭の位置が上っておかしいですよねぇ」
おかしいのはおまえだ!
と思いつつ、気弱になっていたらしいあたしは、たんっと出窓を蹴って使い魔に飛びかかった。
「あああ、マスターが可愛い。可愛いよぉ」
途端にがばりとあたしを抱きしめて頬をすりよせる使い魔をげしりとけりつける。
やめろ。変態。
阿呆な行動をしつつも、使い魔は前回と同じ哲は踏むまいとしているのか素早く地面を蹴ってその場を離れた。
冷たい夜風にさらされて寒い。
けれどそれは自由の風だった!
あああ、やった、やっとあの場所から逃れたぞっ。
さらば屈辱の日々よ。
あたしの澄み渡る空のような気持ちをそぐかのように、使い魔は近くの木の枝にのぼると、そこで腰をおろした。
「あああ、マスターふわふわ。石鹸の香りがかぐわしい。
でもどうして猫なんでしょう。どうせなら蝙蝠が良かった! 可愛いメス蝙蝠、ああ、そうだったらどんなに素晴らしかったことか」
メス蝙蝠だったらどうする気だ、変態。
「あんたどうして窓を開けられたの?」
「だって今日、レイリッシュ様が結界解いたでしょ?」
不思議そうに言われ、あたしはずんっと気持ちを重くした。
結界が解かれたことを忘れていた自分も自分だが、レイリッシュの名に重い文胴でも載せられた気分になる。
「レイリッシュが来たの……知ってるの?」
「知ってます」
「見てたの?」
「いやだなぁ、確かにぼくはいつだってマスターのことは見ていたいですけど、ほら家の掃除だってしなくちゃいけないし、炊事に洗濯、ご近所付き合いだってあるし。これで結構忙しいんですよぉ」
「……」
あたしの冷たい眼差しに、使い魔は小さく付け足した。
「エリィフィア様がおっしゃってたから」
そう続けられ、あたしはがばりと顔をあげた。
「あんた! もしかしてあたしが罰を受けるって知ってたの!?」
エイルの顔の使い魔はあからさまに顔を背けた。
「杖!」
あたしの言葉に上空に杖が表れ、ごんっと――どうしてあたしの上に落ちるんだよ!
「マスター?」
「くぅぅぅ」
いぃぃたぁぁぁいぃぃぃぃ。
「えっと、どかしたほうがいいですかぁ?」
当たり前だっ!
容易くあたしの上から杖をどかし、使い魔は不思議そうに呟いた。
「おかしいなぁ、魔力はもう三分の一くらいは戻ってる筈なんだけど」
「……どういう意味?」
あたしはひりひりする頭を両手で抱えながら相手を睨む。
猫の手で頭を抱えるのって、難しい。
そんなあたしのちょっとした努力など感知せず、こちらの反応のほうが意外なのか、使い魔は首をかしげた。
「だってレイリッシュ様がいらしたんですよね?」
「来たわよ!
超―――っっっ、怖かった」
魔女だからって別に長命という訳では無い。
いったいどうやったらあの美貌を保てるのか、恐るべし、魔女!
「じゃあ、レイリッシュ様から魔力を受け取ってる筈ですよ。
子猫の体は魔力を留めておける容量が少なくて、結界が張られていて魔力も浴びれないし、このままだとマスターが魔力が足りなくて死にそうだからって、レイリッシュ様がいかれたんですもん」
「……ホントですか?」
思わず使い魔相手に敬語。
使い魔は実に幸せそうにあたしの頭を撫でながら、
「さすがに今までみたいな魔力は子猫の体に負担が大きいけれど、三分の一程度なら要領を増やしてもう少し動きやすくできるって」
……キャパシティのアップグレード……
なんだか知っているような知らないような。
忘れよう、この物語はあくまでもファンタジー。
触れてはいけない領域もある。
「それに、きっちり罰を受けさせる為にも魔力が必要だって」
「罰……」
くらくらとしてきた。
あたしは頭を抱えつつ、
「とりあえず話しは後でいいわ。早く帰りましょう」
と使い魔を促した。
「ああ、もうちょっと待って。
それに、結局ロイズさんの家に戻らないといけないし」
使い魔は慌てた。
「は?」
「だって、マスターはあの家に一日の大半いないと魔力の補充ができないんです。
レイリッシュ様が言っていたでしょ?」
本来の体じゃないから魔力がないと完璧に猫と融合しちゃいますよ?
は?
ロイズの邸宅が充電器?
一日の大半チャージに必要って、あたしゃいつの時代のXXだよ!
ってか、そんな話はちらとも聞いておりませんが?
「それってレイリッシュの魔法でしょう?」
「え、はい。レイリッシュ様が魔法をほどこすって」
「だったら何もロイズの家じゃなくてあたしの家を充電地点にすればいいじゃないの!
どんなイヤガラセよっ!!」
レイリッシュの高笑いが聞こえた気がしたのはきっと間違いじゃない!
猫はほんの少しアップグレードしましたが、チャージに時間が掛かる旧型です。