22、血管注意
――ブランマージュ!
エリィフィアの声は喉がかれたように低い。
怒りっぽくて、その手にはいつも乗馬用の鞭を持ち、容赦なく机はおろかあたしの手まで打とうとする。
「魔女の修行を怠るとタイヘンなことになるよ!」
うるさいな。
修行ならちゃんとやってる。今じゃお茶をいれるのだって手を使わずにできるし、空だって飛べる。凄いのよ、あたし。媒体である箒なんて使わなくたって、屋根の上程度なら簡単に飛べるのよ。
机に向かうのなんて退屈よ。
勉強なんてしたくない。だって必要ない。あたしは悪い魔女になるの。王様に仕えたりもしない。領民を守ったりしない。
あたしは悪い魔女だから、自分のやりたいように生きるのよ。
「ブランマージュ」
――おまえに罰を!
「ブランマージュ」
ひょいっと持ち上げられ、あたしは目を覚ました。
長椅子に置かれたクッションの上、両腕を伸ばすようにだらりと落ちていたあたしを拾い上げたのはロイズだった。
「どうした?」
……天国かしら?
だったらちょっとひどくない?
ああ、地獄か。
そうよね、あたしってば悪い魔女だし。
生きている時もロイズと顔をつき合わせていたのに、死んだ後もやっぱりロイズと顔を付き合わせるのね。
地獄でのロイズの役割はいったい何なのかしら?
ここでも拳銃片手に追い回されるのかしら。
「具合でも悪いのか?」
「随分と遊んでいたから疲れたみたいですよ」
侍女はこともなげに言いながら、自分も欠伸を噛み殺し、慌てて主に失礼をわびた。
「おまえも疲れているみたいだな」
「すみません。なんだか少し体がだるくて」
「こっちはいい。今日はもう休め」
その言葉に侍女は一瞬奇妙な表情を浮かべて首をかしげたが、すぐにとりつくろい頭を下げた。
「では、失礼します」
そのやり取りを頭の上で聞きながら、あたしはむくりと顔をあげて首をかしげた。
「なぅー?」
あれ?
「まぁ疲れてるんなら丁度いい。爪を切っておくか」
ええっ?
ぐわしっと押さえ込まれ、肉球をぎゅっと押される。
あたしの小さくて細くて鋭く磨き上げられた爪がにょきっと押し出され、あたしはロイズがおもむろに出した鋏みの怖さに目を見開いた。
うおぅっ。
爪って、爪って。猫の爪には血管が通ってますのよ!
深爪は厳禁だ。
ちょっとそこの熊男知ってますか?
猫が暴れているのにものともしない熊男は、何を思ったのか、
「腹が減ってるのか? 今日は魚だぞ。これが終わったら骨をとってやるから少しまってろ」
おまえは実は世話好きだよな?
いやいやそうじゃなくて、ってか、本当にそれどこじゃなくて。
あれ?
あたし生きてる?
もしかして、夢?
どれが?
これが?
あたしはためしにロイズの指をがぶりと噛んでみた。
――この鋼鉄の皮膚の持ち主は微動だにしないのでよく判りません。