20、来訪者は妖艶に笑う
「どなたですか?」
侍女のエリサがドアノックの音に玄関口まで赴けば、そこにいたのは黒髪の妖艶なる美女。
濡れたような黒曜石の瞳。くっきりと描かれた紅の唇。
けぶるような睫に、ほんの少しつんっとあがった鼻が彼女の美しさを引き立てる。
息をつめそうな美貌の女性は、口元をニッと歪めた。
「ただいま」
「……ただい、ま?」
エリサはくらりとバランスを崩しそうになり、慌てて扉に縋った。
美女の黒曜石の眼差しが柔らかな笑みを向けてくる。
「ただいま」
今度はゆっくりと優しく。
「おかえりなさい、ませ」
エリサはくらくらともやがかかるような奇妙な感覚に小さくあえいだ。
「疲れているのね、近くの部屋でしばらく休んでいなさいな」
「はい、そういたします」
エリサが困惑の混じるような笑みを浮かべて下がるのを、ひらひらと手を振って見送った美女は、紅の唇を引き結んだ。
***
結界で閉ざされた空間が、揺れた。
無理矢理こじあけるその感触に当てられ、あたしは自然と指の間から爪がにょっと飛び出て、絨毯の起毛を掴んだ。
「あーら、可愛らしい猫だこと」
突然ぶしつけに入り込んだ声は、実に楽しそうに言った。
――レイリッシュ!
あたしは居間の扉から現れた漆黒の髪の女に一瞬目を見開き、危うく声をあげてしまいそうになった。
「ふふふ、子猫ちゃん。私と遊んでくれる?」
レイリッシュは猫じゃらしを取り出した。
――戦う。
――逃げる。
――死んだふり。
選択肢が判りません!