19、熊隊長の半日
「猫いりませんかー?」
びろっと面前にぶら下げられた二匹の猫に、ロイズはすがめた視線を向けた。
「なんだこれは」
「いや、隊舎の2ブロック先のお宅で野良猫が産んだ猫です」
「ほぉ」
ロイズの部下であるクエイドはぶらぶらと子猫をぶらさげている。
両手に二匹。
そのサイズはといえば、自宅にいるブランマージュより少し大きいくらいだろう。一匹は白く、もう一匹はキジトラだ。
しかし瞳の色は違う。ブランマージュのような金色の眼差しではなく、極普通のブラウン。
「んなー」
と、人懐こく可愛らしく鳴く。
その声を聴くとどれだけブランマージュが可愛くない鳴き声ばかりであることに気づかされ、ロイズは眉間の皺をより深くした。
うすうすそうではないかと思っていたが、ブランマージュはなかなか懐かない。何故か時々甘えた声をあげるが、なんというか不穏な感じなのだ。
どう表していいか判らないが。
シタタカ、そう――そんな感じだ。
「親猫が育児放棄してしまったとかで、貰い手を捜してるんだそうです」
「……で?」
「いやぁ、隊長猫好きそうみたいだから」
ロイズは冷ややかな眼差しを部下に向け、
「外回りにでも行け!」
「ああ、やっぱ駄目ですかぁ」
クエイドは肩をすくめ、そのまま回れ右してすごすごと退散した。
――まったく平和な町だ。
書きかけの書類に向かい合い、ロイズは嘆息する。
やっと静かになったかと思えば、しかしその静寂はあっさりと覆えされた。
「たーいーちょ」
「たいちょー」
ペン先が紙をぶち抜く。
窓の外を見れば、ひょこひょこと三つの顔が覗きこんでいた。
右から順に、ハノイ、ルッソ、ネイヤ。
近所の子供達は泥のついた手で無遠慮に窓を叩く。
ロイズは嘆息しつつ席を立つと、濡れたタオルと棚にある菓子鉢を持って窓をあけてやった。
「手をふけ」
「わーい!」
「りょーかいでありまーす」
誰の真似だ。
「おかしー!」
手を拭い、綺麗になった途端、無遠慮に菓子鉢に手を突っ込む子供達とは逆に、汚された窓をふくロイズにルッソが今度は口周りを菓子で汚しながら声をあげた。
「たいちょー」
「なんだ」
「まじょはいないの?」
大きな子供らしい瞳が不思議そうに自分を見上げてくる。
「そうそ、ブランいないよねー?」
「町がすごーいしずかで」
「つまんなーい」
「平和が一番だ」
ロイズが引きつった顔で言うが、子供達は「たーいーくーつー」とうだうだとしている。
菓子鉢の中身がなくなると、子供達はぱっと窓から離れた。
「ブランがもどったらおしえてね」
「ぜったいだよ!」
「ぼくこんどいっしょに落とし穴つくるって約束してたのにさぁ」
子供達を見送り、ロイズはこめかみの辺りをもんだ。
――落とし穴を作る魔女……
まったくあの小娘は何をやっているのか。
ふと遠くを見かけて、ロイズは気づいた。
猫を拾ってからというもの、家の中はなんだか慌しいし、へんな使い魔は訪れるし平穏無事とは言い難い。
だが――町は実に平和だった。
窓をゆっくりと閉めながら、ロイズは自然と疲れたような息をついた。
魔女が姿を消して三月がたつ。
どこかでのたれてるのじゃないだろうか、あの小娘は……




