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1、目覚めは排水溝から

「っっっ!」

叫びは言葉にすらできなかった。

つらつらとまどろみ、自分の疲弊した魂をゆっくりと修復していたのは覚えている。

あの馬鹿魔導師に追い回されて受けた傷は思いのほか大きなものだった。

 あれは確実に仕留めるつもりだったに違いない。

立て続けに魔道呪文を唱え、あげく薄ら笑いすら浮かべていた。

――そんなに怒らせたつもりは無かったが、どうやら意外に短気、もしくは狭量だったようだ。

 あの冷たい灰黒の眼差しを思うだけでふるりと身が震える。

血が流れすぎていたし、内臓もやられていた。

だから一旦あたしはその体を抜け出すことにしたのだ。


 魂と体とをまったく別に修復させる。それは決して難しいことでは無いし、体に関して言えば多少の心配はあるものの魂が離れたのを合図に、使い魔が回収してくれたことだろう。だからあたしは魂の疲弊をゆっくりと癒すことにしたのだ。


――猫の体を乗っ取って。


 猫にはすまないと思っている。自分が体を奪ってしまったのだから、あの虹色の瞳と白い体毛とを持つ美しい猫はあの時、事実上死んだのだ。

 謝罪の言葉を、受け入れてくれたとは思わない。

自分勝手が過ぎることも理解している。

けれど、まだ死ぬ訳にはいかない。

 生憎と何かしらの目標があって死にたくない訳ではない。ただ、ただ生きていたいという執着のみだ。だから本当にこれはエゴで自分勝手で申し訳ないことなのだけれど。


 ごめんね。

なんて簡単な言葉であがなえる所業ではない。

それでもゆっくりと魂の回復をうながし、やっと目を開けたとたん……あたしは自らの体へと還ろうとした――還れなかった。

あまりのことに咄嗟に叫びが口をついた――叫べなかった。


というか、なに?

なに、このこの現状は?


「みゃぁっ」

出たのは子猫らしい声。

そして、

「おっ、生きてたか?」

 ぶらんっと、片手で小さな子猫をわしづかみにした男。

深緑の警備隊の制服の男は、もう片方の指先でつんつんと猫の腹を突き、くるりと振り返った。

「隊長、この猫生きてましたー」

「……しぶといな」

「まぁ、確かに」

 はははっと乾いた笑いを零し、男はぷらぷらと猫を揺らした。

「おまえ排水溝にはまってたんだぞ? 水の流れが悪いからって覗き込んだらおまえが詰まっててなぁ、運が良かったな」


――あたしはぷらぷらと揺られながらもがいた。

 男の背後からゆっくりと近づいてくる男。

がしりとした体躯の警備隊長――ロイズ・ロック。

 年齢不詳の無表情魔人は水と土とでどろどろになっている猫を部下の手からひょいっと持ち上げると、まるで荷物のように腰に下げた袋に放り込んだ。

「た、隊長?」

「洗って飯でも食わさないと、せっかく拾った命が無駄だろ」

ふんっとつまらなそうにいいながら、ロイズはざかざかと歩き出す。


――出せっ。


 物いれのなかで暴れてはみたものの、やがて体力が尽きた。

あたしは自分の胸がはげしく脈打つのを感じていた。

 魂は回復したはずだ。それに伴い言葉だって操れるはずだし、当然魔力だって戻っているはずだというのに、


あたしはあくまでも猫だった。


 だらだらと汗が流れるのを感じる。

肉球がやたらとしっとりしている気がする。

というか、排水溝に落ちていたという体は臭いしべたつくし気持ちが悪い。

こんな溝鼠のような猫の体など抜け出し、さっさと自分の体に帰ろう!


あたしは心を落ち着かせるようにゆっくりと呼吸を繰り返し、繰り返し……

自分の体のある場所を求めた。


――あたしの体、どこ?


張り巡らせた探査に自分の体がまったくの無反応。

あたしは血の気がざっと引いて、体温が急激に下がるのを感じた。


だから、これ、なに?


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