18、猫はそれを我慢できない
「ブランちゃん」
ロイズはあれから何を思ったのか、屋敷の周りに魔よけの結界を張り巡らせた。
と、いっても彼自身にそんな芸当ができる訳もなく、施したのは警備隊所属の隊員だ。単純に結界を張り巡らせ、その上で屋敷のいずこかにその結界を補強するメダルを幾つも布石する。
おかげで出て行くことも、あのよわっちい下っ端使い魔が訪れることもできない有様だ。
勿論、本来のあたしの能力をもってすればこんな結界何ということもない。
本来の力があれば、だが。
あたしは「ふみゅー」と鳴いた。
切なくて涙が溢れてきそうだ。
こんなことをしている場合ではないのだ。あたしの体はエイルの元でどんな酷い目にあってるか知れない。
あれからあたしはイロイロ想像してみた。
たとえば、あたしがエイルの体だけ、抜け殻だけを所有していたとしよう。
その場合、どうするか?
……あまり楽しい想像にはならなかった。
顔に消えないインクで花丸を書く程度ではすまない気がする。
手っ取り早く、犬や猫の魂をいれてみたりもきっとあたしならする。
だってエイルの姿で四足で歩いたあげくに耳のウラをかこうと後ろ足でかしかししようという様を想像するだけで悶絶ものだ。
――実に面白い。
腹がよじれるだろう。
エイルならどうするか?
――根暗のあの男が、あたしと同じような茶目っ気を出すとは思わないが、そのまま放置することも無いのではないかと思うと身の毛がよだつ。
考えたくはないが、ちらっと……お子様には刺激が強くて「これ以上は禁止」領域まで想像してみたが、それはあっさりと却下した。
だってエイルだもの。
女になど興味ないんじゃないだろうか?
だからって男好きって訳じゃないだろうが、どちらかというと使い魔とかそういった類にハアハアしてそう。
うわ、あいつ変態。
――いや、あの時確かに不穏なことを言っていたけれど、あれはただの挑発に違いない。
うん、そう、そう……信じたいよ、真剣に。
「ブランちゃん」
さっきからぱたぱたと視界の端で動いている緑色のエノコログサ。
考え事の最中にイライラとさせられる物体に、あたしはむかっときてぱしりとそれを手で払いのけた。
「ほらほらっ」
稲科、エノコロ属――庭から引き抜かれてきたいわゆる猫ジャラシという存在に、あたしは怒りを込めてかぶりつく。
もぉっ、考えてる時に邪魔!
侍女は楽しげにクスクスと笑っているのだが、こっちはそれどころでは無い。
「ほぉら、今度はこっちよ」
捕まえてごらんなさーい。って、どこの莫迦ップルだよ。
あたしはわしわしとそのエノコログサを追いかけ、噛み付き、叩き落とす。
まったく、生意気な!
って――
「あら、玄関のチャイム?
お客様かしら」
侍女は小首をかしげてエノコログサから手を離すと、ぽんぽんっとあたしの頭を二度叩いてぱたぱたと部屋を出て行った。
……あたし猫じゃないから!!
動かぬエノコログサをわしっと左前足で押さえつけ、あたしはずんっと自己嫌悪に頭をさげた。
――猫じゃないやいっ。