16、悪い魔女は3秒ルールも無視する
だらだらだら……
肉球に汗が溜まる。
あたしは振り返ることができず、口の中にあるパンをゆっくりと租借した。
「――ブラン?」
「み、みゃ?」
あたしは猫ですよ?
つかつかと近づいてきたロイズは、無造作にあたしの襟首を掴み上げてぷらんっとぶら下げると自分の目元に運びつつ、ついでに開かれたままの窓を閉めた。
いや、魔力さえあればそんな窓どうということもない。
「――ブランマージュ?」
「みゃあ?」
じっと金の眼差しを翠の瞳が見つめる。あたしはなんだかいたたまれない気持ちでつつつと視線を外し、ついでに耳を垂れた。
なんかありましたー?
しばらく無言でこちらを見ていたロイズだが、どうやらこの熊男は外見通りの鈍さを持っていたようだ。あたしの声など聞かなかったのか、幻聴と処理したのか、その件は無視したようだった。
「おまえ、使い魔が持ってきたものを食べたのか?
大丈夫か?」
ぐいっと口をこじあけられる。
あがあがと口を動かすが、顎の辺りを押さえ込まれてなす術が無い。
それからロイズは残されたパンをつかみ、匂いをかぎ、ぽいっとゴミ箱の中に放り込んだ。
ふふふ、ゴミ箱に捨てた程度ならば食うよ。
捨てられたものを食べることに抵抗はあれども、それで魔力が多少なりと戻るのであれば否やはない。
あたしは魔女ブランマージュ。
三秒ルールだってこの際無視してやる。
「ブランマージュ」
ふいに、深刻な調子の口調にあたしはムッとしつつもロイズを見上げた。
途端にどきりとする。
その瞳が思いのほか心配気にあたしを見つめていた。
「平気か?」
「……」
その手が一旦捨てたはずのパンを引き出し、あたしとパンとを見比べて――
食った。
食ったよ。
ぼっちゃん! ソレ、もう三秒過ぎてますよ?
三秒以内ならばい菌はつかないの! なんて話しじゃなくて、ああ、あたしも何考えてんだろうね?
「普通のパン、か?」
……いえいえ魔力の蜜たっぷりの一品でございます。
っても、体力莫迦のあんたには関係ない代物だけどね。
味を確かめて、ロイズは大きく息をつくとあたしを胸元で抱いて近くの長椅子にとさりと座った。
「知らない人間からものを貰って食べたら駄目だ」
「――」
「毒でも仕込まれていたらただじゃすまないんだぞ」
……そうだよ。
毒でも仕込まれていたらただじゃすまない。
なのに、あんたは猫を心配して食べるんだね。
あたしは少しだけ、なんだか微妙に鼻の奥がつんとするような違和感に顔をしかめ、みゅう、と鳴いた。