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119、再会

――おまえの(すべて)をあたくしに捧げなさい。


 他人の生き血をすすってその美貌と若さを保っていたのかレイリッシュ。

とさすがに軽口でも叩けなかった。

レイリッシュは中空で足を組んで座るようなしぐさで浮かんでいる。女王の風格を漂わせ、悪魔のように冷淡に、神のような神々しさで。


「ま、どっちにしろおまえには選択肢などないのだけれど」

 にんまりと口唇を歪ませ、レイリッシュは右手の中指と人差し指とを自分の頬に押し当てた。


「そろそろおまえ自身が限界」

死にたい?

 実に楽しそうに微笑する魔女の言葉に、あたしは引きつった。

猫だって引き攣るなんて表情ができるのだ。すごいだろう。


「まったくあなたときたら自分の体を見つけてくれないのだもの。子猫の体に魔女の魂は負担が過ぎると言ったのに」

やれやれと肩まですくめてみせる。あたしは彼女のからかうような言葉に限界を感じた。


ええいっ、いっそさっさと殺せ!

どうしてそうなぶるようなことをするのだろうか。性格悪すぎっ。


あたしは「にゃうぅぅ」と声をあげた。

――どっちにしろあたしの命はあんたの手の上よ! 好きにしたらいいわっ。


「あらあら、短気ね。子猫ちゃん」


くすくすと笑うと、ぱちりと指を鳴らした。

「場を変えましょう。ここは魔女に相応しい場ではなくてよ?――それに、約束ですものね。おまえがおまえ自身と引き換えにした人間達の無事くらいは確認したいでしょう?」


その言葉にあたしは強張った。

確認したいかといわれれば確認はしたかった。けれど、二人の無事は確認するまでもなくあたしは確証を持っていた。レイリッシュが、エリィフィアがそんなしくじりなどする訳がない。


あたしじゃあるまいし!


 顔を合わせてどうしろというんだろう。

今から死ぬらしいよーとでも言えというのか、あほですか?

レ――

あたしがレイリッシュに声をかけるより先に、突然それは起こった。


自分の意思とは無関係に無理やり掴みあげられるように転移を繰り返す。一回、二回、三回と流れるように景色が変わり、あたしを抱き上げていた超音波なイキモノであるシュオンは突然ぼふりと蝙蝠の姿にたちもどり、そしてべしゃりと床に落ちた。

――生きろ!

 そしてあたしはあまりの気持ち悪さにうずくまってえずいた。


うぉぉぉぉっ、船酔いより酷いよ!

がっくりと膝をついてうずくまり両手を起毛の絨毯に当ててえずくあたしははっきり言ってなさけない。情けないが生理現象は仕方なし!


気持ち悪いのに吐けるものが胃液だけって辛すぎるっ。


「人の家汚さないでよっ」

「しるかぁぁぁっ」

 あたしは必死に叫んだ。


口からこぼれたのは「にゃあ」ではなく言葉。

あたしはがばりと体を起こし、突然の体の動きにまたしてもくらくらと貧血のような感覚を味わいながら自分の頭に手を当てた。


はい、猫耳あった。

……多少脱力しながら、それでも頭にあてた手を面前にもってきてにぎにぎと握る。愛らしいピンクの肉球はない。それは五つの指を持つ人間の指だった。

はいはい、もぉあんたは神様でいいです。何でもできますよ。ええ理解しました。ああ、悪魔かもね。

 きっとエイルすら従える大悪魔ですよ。

誰もあなた様には適いません。

――そして、自分の着用している衣装に激しく脱力した。

胸元には大きなリボン。背中から一本の生地をまわし、胸元で結い合わされたリボン。

 ヘソがでてるよ、ヘソが。ありえない。

スカートはひらひらとした幾つものヒダのあるミニスカート。中にはふんだんにレースが使われ、ふんわりと広げられている。左太ももにはベルトが巻かれ、絹のストッキングの先にはヒールの高い靴……この糞忌々しい衣装の作者は腐った脳みそを持つ蝙蝠と断定。あたしは床に落ちてぴくぴくとしている蝙蝠を引っつかみ、力いっぱい壁に投げつけた。


――やっぱり死んどけっ。

なんじゃこりゃっ。


 あたしはうつろな眼差しで辺りを見回した。

相変わらずの趣味の悪い真っ赤な部屋だった。起毛の絨毯も、カーテンも赤く、そしておかれているインテリアはなんだかごてごてとしていてオブジェはきんきらりん。

成金趣味の人間すら「いやいや、貴女様には到底かないませんよ」と白旗をあげること間違いなしの悪趣味の間。

 ここで落ち着ける神経など持ち合わせたくもありません。

見回して、そしてその場にいるのがレイリッシュとあたしだけではないという事実に気付いてあたしは口元を引きつらせた。壁にもたれてもう一人。白髪の長身の男。そしてもう一人――


 べったりとしゃがんだ格好でじっと視線がかち合う。

灰黒の冷たい眼差し。その主は、自分が着用していた上着を脱ぐとゆっくりとあたしに近づき、ばさりと肩に掛けた。

「……」

 あたしは自分が青くなったり白くなったりするのを感じた。

うおっ、なんだこれ。

全裸見られるより恥ずかしいこの衣装をどうにかしろっ。

「平気か?」

「あらやだダーリン、声がひっくい」

 あたしは棒読みではははっと奇妙な笑いを落としてしまった。それから瞬時にがばりと身を起こし、エイルの足をがしりと掴む。

 ぺたぺたとさすりながら「あんた怪我は? 平気?」と上を見上げれば、エイルは一瞬恐ろしい程息をつめて「上を見るな」と低く威嚇音を発した。


――どうやらこいつは無事らしい。

 ほっと息をついたのもつかの間、あたしはあわてて周りを確認してこの場にロイズがいないことにざぁっと血の気を引かせた。

「熊は? ロイズはどうしたのっ」

「あれの治療も済んでいる。今はまだ寝ているだけだ」

 忌々しいというようにぼそりとエイルが言えば、あたしはやっと脱力するように肩の力をぬいた。


 良かった! よし、良かった!

とりあえず無事なら良しっ。 

 そんなあたしのほっとした気持ちもつかの間、ぶりぶりと文句をつけつつ、あたしが汚した絨毯をレイリッシュは綺麗に片付けて紫色というまたしても奇天烈怪奇な色合いの趣味のわっるい寝椅子にとさりと身を横たえた。


「契約は覚えているわね?」


 口元をゆがめてレイリッシュが笑う。

あたしはぺったりと絨毯に座り込みながら、重々しくうなずいた。

さすがにエイルの足から手は離して。

魔女の契約は絶対だ。決して破ることは適わない――あたしはこの身を差し出した。この命も全てレイリッシュの手の上だ。

 エイルの手が伸びてあたしの二の腕を掴むようにして立たせた。

まるで裁判の被告になったかのような緊張があたしの腹を満たしていく。

これから告げられる言葉をエイルに聞かせたくなくて、あたしは咄嗟に声をあげた。

「エイルは関係ないでしょう? 出てもらって……」

「関係あるのよ? ブランマージュ。

そもそものはじめはその男なのだから――そうよね? 魔導師」


「ああ」


ダーリンは低く応じた。

逃げも隠れもしない堂々とした物言い、そしてそのままエイルは続けた。

「ブランマージュの行く末を見ることが私への罰だった筈だ。ならばこの場にいることは当然の権利ともいえる」

「ではおまえの成した結果を見なさいな。魔導師」


 くすくすと笑い、レイリッシュはこんなことは何でもないことだというように寝椅子のクッションを抱くようにしてもたれた。

「その愚かな末の魔女はおまえともう一人の命を救う為に自らの全てを投げ出したわ。嬉しい? 魔導師?」


 レイリッシュの言葉にあたしは動揺した。

言わなくていいことを当然のように言うのは止めろっ。

「その前には、あの隊長殿の魂と自分の魂を入れ替える心積もりだったようよ? あの猫の中にあの頑固な隊長が入ってると思うと色々とキモチ悪い感じよね? それでもって自分はあの隊長殿の体と一緒に滅びるつもりだったみたいだけど。で、嬉しい?」


「嬉しい訳があるものか」

「あら、そう? あなたの怪我が治ったのも、もう一人の命が助かったのも、その子が身を捧げたからよ」

 あたしの二の腕を掴んだままのエイルだったが、その腕に力が込められてあたしは痛みに顔をしかめた。

 そしてそのままエイルはあたしを無理やり自分へと向かせると、低く唸るような声を叩きつけてきた。

「猫の中にアレが入った瞬間に捻り殺してやるところだ」

「なっ」

 なんですとっ。

あたしが救う意味がないようなことを言うなよっ。

「何故理解していない?」

 エイルの剣幕にあたしは激しくびびったが、だからと言って押されてばかりではいられない。

それにな、そうやって怒るけれど後悔なんかしていない。

そうやって元気に怒鳴れるのだって――……っっ。あたしはぎゅっと唇を噛んだ。


 別に恩に着せようなんて思ってはいない。

エイルもロイズも元気ならそれでいい。そう思うのは間違いじゃないはずなのに。どうしてそう怒るのさ?

 あたしは、あたしはさぁ、あんた達の人生をめちゃくちゃになんかしたくないんだよ。

あたしのせいでこれ以上酷いことになって欲しくないんだよ。

あたしが……イヤなんだってどうして理解してくれないの。


「おまえの命と引き換えにして得たいものなどあると思うのかっ」

なんっ。

「どう考えたってあんたとロイズはあたしに巻き込まれただけでしょ! こんな下らないことで死んだりバカみたいな大怪我するなんて間違ってるわよっ」

「間違えているのはおまえだっ」


「そうだっ」


 低く唸るようなエイルの声に混じり、もう一人の声が場を震わせた。

全員の視線が大きな二枚扉へと向けられる。そこにいたのはロイズと、そしてロイズの肩には奇妙な生き物が乗っかっていた。


……大きさは少し太り気味の猫程度だが、生憎と確実に猫じゃない。

爬虫類のような鱗と獅子の口、蝙蝠の羽のようなものをつけたそれは、それは……ティラハールじゃありませんか?


サイズは随分と小さいですが! 


 姿形は滑稽なのだが、ロイズは怒りに染まった強い眼差しであたしを睨んだ。

「こんなのは間違ってる!」


 とりあえずその肩に張り付いているのも色々間違ってるっぽいんだが。

うん?

えっと、ロイズさん、その肩のイキモノにちゃんと気付いてますか?

まるでオオムのように乗っかってるけど、激しくそんな可愛い生き物じゃないよ?

 更に言うと、そのイキモノ。非常にいやんな感じの食事を終えて至極お腹一杯だと思います。


 満足そうにくわぁぁっと欠伸とかしているソレに、エイルが何を思ったのか手を伸ばそうとしたもののそいつは突如ぐわっと歯をむき出して威嚇した。


「聞いてるのかブラン!」


いや、聞いてません!

あれ、なんか何の話しだっけ?


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