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116、魔力

「な――」

ロイズが声をあげるより先に、エイルが低く唸るように言っていた。

「何をしている」

その声の低さと不快さを隠さない言葉に、ロイズは一瞬息を飲み込んだ。


あたしはギディオンに押さえ込まれたまま、この現状について考えていた。

それはもうめまぐるしく。


 ヤバイ――何がやばいって、あたしの魔力が少ない!

猫に戻ったらどうしてくれるこの阿呆二人! 来るタイミングが悪すぎる。いっそ猫になってから来いっ。

 首輪も無い現状であれば、白猫ブランマージュでは無いと押し切ってやったものをっ。

何故に今来るっ。そうでなければだな、あたしがヤツにキスを許す前に来い。足を撫で回される前にしろ。どんだけ我慢したと思ってる。


吐きそうな程我慢したんだよ!


泣きそうなあたしなど無視して、苛立つようにギディオンはあたしを引き起こして顔をしかめた。

「思ったより早い――それよりも、どうやってここを破壊したのさ」

「少し考えれば判るだろう」

 エイルは低く言いながら、自分の左手の指輪に触れる。が、その指輪のひとつが触れた途端に砕けて散った。

 エイルが顔をしかめる。


「判るかっ!せっかくの場が台無しだ!」

 言いながらギディオンはもう片方の手を払った。するりとまるで手品のようにその手の中に銀のナイフが煌めいた。どうやら袖口に隠しがあるようだった。

「判らぬのは貴様が愚かであるからだ」

 エイルが辛らつに言い放つ。

それ以上言葉を失ったようにギディオンは身を小刻みに震わせ、その振動がギディオンの怒りの強さを物語る。


ダーリン、あなたに掛かればどんな人間も愚か者ですよ、ええ、もうその通り!


「ブラン、無事か?」

「あんまり無事じゃない」


あたしは低く唸ったが、それを抑えるようにギディオンはあたしの首に腕を回した。

「近づくなよ? この馬鹿猫が大事なら」

ふっとエイルの瞳の色がかげる。あたしへとひたりと向けられたまなざしが、何を語るのか理解できた。


――魔法を使え。


そう告げている。


 魔法、この壁を破壊したのがエイルの魔道であるのならば、魔法だって確かに使えるのかもしれない。それまで確かにあったキンと冷たく張り詰めたようなものがもうこの場には無い。あの忌々しい結界はすでに解かれているのだ。


だがしかーし! できるかボケ。


今のあたしに残された魔力はかろうじてこの姿を保っているだけだ。時間の経過によってはあっという間に白猫ブランの出来上がり。

 「にゃーん?」とか言って場を和ませろとでもいうのか? 

やってやろうか? いや、やっぱ無理っ。


むーりぃでーすぅっ。


 銀のナイフがあたしの首に押し当てられる。

赤毛のギディオンは肩を震わせて笑った。

「許さないからな! ここは、ここは神聖な場所なんだぞっ」

「知るか」

 ロイズは短く言い切った。

ロイズの苛立ちがその眼差しから伝わってくる。銃口をこちらへと向けながら、それでもヤツは撃つこともできないのだ。

 その強い眼差しに宿るのは、苛立ちと怒りと、そして優しさ。こんなときにも熊ときたらあたしの身を案じている。


「ブランを離せ。ここから逃げ切れるとでも思っているのか?」

「当然だろう! 魔導が使えるのがおまえ達だけだと思うなよっ」

 ギディオンは吐き捨てると、自棄になったように魔道呪文を唱え始めた。


 それに合わせてあたしの首筋に当てられた銀のナイフが発光をはじめて驚愕する。この糞餓鬼様ときたらチビの癖に魔導師なのだ。

強い魔道が膨れ上がることに、ギディオン自身が驚愕するように目を見開き、それから笑い出した。


「そうか! 魔女の力だっ、ぼくの中に魔女の力があるっ」


 俄然強気になったギディオンは、更に強くあたしを引き起こした。

「今のぼくが負ける訳がないだろうっ」

言葉と同時に膨れ上がった魔道の力が魔方陣に乗って放たれる。あたしは自分の力がロイズを、そしてエイルとを傷つけるのを見たくなくて顔を背けた。


ファルカスならよし!

とかそんな場合じゃないっ。


 膨れ上がった青白い魔方陣が白く狭い室内を一気に染め上げる、激しい揺れと共に耳に痛い程の音叉のようなものが広がった。

あたしはその耳の痛みに喉の奥で悲鳴を堪えたが、いつまでたっても何もおきないことにおそるおそる顔をあげ、そして見た。

 中空にじりじりと二つの魔方陣がせめぎあうようにぶつかりあい、だがそれはやがてタガが外れたかのように押し上げられ――エイルとロイズと、ついでにファルカスとに津波のように襲い掛かったのだ。


 音は全て消し去られた。

あたしは瞳を見開いてその瞬間だけをただ見てしまった。


悲鳴が上がる。自分のものとは思えない絶叫。

あたしはばくばくと激しく呼応する心音と、そして高らかに笑うギディオンの声だけの世界で呆然とその様子を見続けた。


エイルが、負けたのだ。

あのエイル・ベイザッハが。


吹き上げられた魔力。激しくぶつかる衝撃。崩れる壁……

あたしの心臓が別の生き物のように激しくのたうち悲鳴をあげていた。

あたしの魔力が彼等を傷つけた。

あたしが浅はかにもあの糞餓鬼に与えた魔力が!

あたしの……あた、しの。

 崩れた瓦礫に押され、苦痛に呻く二人の姿にあたしの中でぽっかりと穴があくような奇妙な感覚が広がった。

あたしの中で最後の魔力が爆発し、ちっぽけな、ちっぽけな魔力がただの叫びとなって放たれた。まったく無意味に。


 血にまみれたロイズ、瓦礫の向こうに倒れたエイル。


 あたしが――押し上げられる激情に叫ぼうにももうあたしにはその力さえなかった。


何故ならあたしは猫だから。

あたしはちっぽけな、ただちっぽけな白い猫だったから。


……あたしは、


あたしは――呪われている。

それは一匹の猫の命を利己的に奪った……呪いだ。

あたしはいい。あたしはあたしの行動にいくらでも責任をとろう。


判ったから。もう十分理解しているから、だから、他の人間を巻き込まないで。

あたしは悲鳴をあげることも、叫ぶことも、二人の名も呼ぶこともかなわない。


ただのちっぽけな、無力で愚かな猫だった。



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