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115、タイミング

「魔女は道具の分際で意思を持っている」

ギディオンは手の中で小さな飴玉のようなものをもてあそび、小首をかしげた。

あたしは一度意識を手放したのかもしれない。ふと気付けば、小さな部屋のような場所だった。

 地下通路であることにかわりは無い。

ひんやりとした温度、冷たい白い壁。あたしの両手は縛られたまま転がされ、一番はじめに視界に入ったのは足だった。


 ギディオンの足が、あたしの顔を小突くようにして向きをかえさせた。

「だから厄介なんだ」

「……」

「一番手っ取り早いのは杭か何かで打ちつけて大地に縫い付けてしまえばいいと思うんだけれど、そうしたらもしかしたら他の魔女がお前を助けに来てしまうかもしれない。ああ、あのオジサン達もね?」

 くくっと嘲るように笑う。


それからあたしの髪を掴み、顔を上げさせるとあたしの耳元で囁いた。

「ぼくの宝物が見える?」

ぐいっと逸らされた先に、あたしは見た。

まるで木切れのような、奇怪な、モノ。

乾燥し触れればぼろりと零れ落ちそうな流木のようなそれ。

ところどころが欠落した、けれどヒトの形をかろうじて留めるそれは……

「あ、たし……?」

の体?

まるで枯れた枝のようなそのモノに、あたしはかすれた声で呟いた。しかし、ギディオンは高く笑いながら肯定した。


「馬鹿だな。アレは二十年前に殺された魔女さ」

「……」

「喜んでよ。次は君がぼくの宝物だ」

くすくすと耳障りな笑い。


 あたしは顔を背けることもできずに、それを直視していた。

干からびた、それは遺体だ。

ミイラというものを見たことはないけれど、咄嗟に頭に浮かんだのはそれだった。落ち窪んだ目元。眼球のないぽっかりとしたそこ。まるで木切れのようにくすんだモノ。

祭壇のような場に縫いとめられた、痛々しいモノ。


「血は抜き取って固めて地下道の四方においてあるんだ。少しでも魔女の力を大地が得るように。眼球は食べたらしいよ、生で――それはさすがにぼくにはできないなぁ。足が無いだろう? 逃げ出さぬように切ったらしいよ。肉は何に使ったんだろうね? 骨は別の場所にあるけど、見たい?」


 頭の中が煮え立つような、頭の中でもわもわとけむるような何かがうごめくような感覚だった。自分ではないという現実に――ほんの少しほっとして、それから激しく自己嫌悪に陥って、さらに、怒りが湧き上がった。

「……殺した魔女をこんな風に」

「馬鹿だな、こんな風に利用するのは当然じゃないか」


 呆れるように言いながら、ギディオンはにんまりと笑った。

「安心しなよ。ブランマージュ――お前がああなるのは老衰してからさ。それまでは存分に(なま)のまま役立ててあげるから」

生はいいよね? 勝手に液体が増産されるし。


 吐き気が、した。

ギディオンは楽しそうにそんな話を口にして、あたしの唇にもてあそんでいた丸いものを押し当てた。

「判る?」

「……」

「魔女の血とガラスの粒子を混ぜ合わせて作られた結界石。これで張り巡らされた結界は強力だろう?」


――イカレテル。

あたしは自分の体の身震いをとめることができなかった。

「自分から協力したほうが身のためだと思うな。(ナマ)のままのおまえがいいけれど、死んだ後だって十分役に立つんだよ?」


鳥の血抜きみたいにさ、ぶら下げて全身の血を抜き取ってあげる。

一滴残らずちゃんと使ってあげる。内臓も目玉も、無駄になんかしないよ。 


「誰が協力なんてするもんですかっ」

 あたしが咄嗟に叫べば、ギディオンは無造作にあたしを殴った。

「今の状態が理解できないなんて、愚かだな、馬鹿猫。

ご主人様にたてつくことができないようにしてやろうか? 体のどこかが欠ければ多少はおとなしくなるかい? それとも……やっぱり」

 言いながら乱暴に顎先をつかまれて視線を合わせられる。あたしは自分の体の震えを必死で押さえ込んだ。

体が震えるのはお前に屈しているからじゃない。

決して、決してそうじゃない。


怒りだ。


 魔女を――誰と知らぬ魔女だが、魔女は家族だ。

その家族をこんな風に利用し、あまつさえあたしまでもそうしようとするその腐れきった思想に対する怒り。

「ああ、本当にどうしておまえってばチビの格好な訳? まあ、そんなでもオンナだからね。できない(・・・・)訳じゃないだろうけどさ。自分が鬼畜みたいじゃないか」

「あたしが……」


 あたしは相手を睨みながら、芋虫みたいに体をよじってなんとか体を引き離そうとした。

怒りと同時にどこかがぶつんと切れて意識が切り替わるみたいに、あたしのどこかは途端に冷静さをもってこの現状を見つめていた。

「あたしが、たかが男に抱かれた程度で言うことを利くとでも?」

「利かないにしろ屈辱とかは覚える訳だろ? それに、ソレなしでいられなくなれば自然と従順になるかもしれないだろ」

「ばっかじゃないの?」



 芋虫状態で言うには説得力は無いだろうが、あたしが完全にあざ笑うようにして言えば、ギディオンはむっとした様子であたしの首をぐいっと掴んだ。

「頭が悪い猫だな」

その瞳に宿る怒りを更にあおるようにあたしは笑う。

「あんた程じゃあないわよ」

「ぼくが主人だと言っているだろう!」


 無理やり唇を奪われる。

当然優しさの欠片もない乱暴なそれに、おそらくこの馬鹿餓鬼が自尊心を掛けて舌をねじこんでくる。それを極力無感動にうけながら、唇が離れた途端あたしは言い放った。

「へたくそ。子供は子供らしくママのおっぱいでもしゃぶってなさいな」

 かっとその瞳に更に怒りが燃え上がる。倒されて馬乗りになり、更に唇が押し付けられるのは、予定通りだった。


 こちらの抵抗を抑え込み、舌先で蹂躙していく。

冷め切った態度をどうにか違うものへと変化させようと熱くなるのにまかせ、あたしはゆっくりとその口付けに応え始めた。


 内心でエイルに礼を言いながら――全然平気、大丈夫。あいつのキスになど到底及ばない。

こんなもんで流されたりなどしない。

あたしは翻弄されているフリをしながらゆっくりと自分の魔力を相手へと注ぎ込んだ。魔女の魔力は快楽にすらたとえられる。子供はその快楽に抗うことなどできないだろう。


 自分の上に重なる糞餓鬼の様子が怒りから甘いものへと変化していくのを醒めた意識で感じながら、あたしはその時を待った。

「いい子だ……それでいい」

 こちらが従順さを示しはじめたと感じたのか、ギディオンはあたしの髪を首筋からなぞり上げようとした。

 そのまま首筋を撫でて下へ下へとおりていきそうな口付けに慌てて、あたしはできる限り切なそうに、甘さをにじませて「いや、ねぇ……キスして」と囁いた。


気持ち悪い。


 もぉ駄目だ。

結構あたしがんばったよ。いや、本当に勘弁して!

いやだが、キスはしろ。それ以上のことはするな。あたしの魔力を吸い上げやがれ。


 ギディオンが笑う。

あたしの唇を自分の唇でふさぎ、片手であたしの衣類を乱暴に引き裂いていく。いいけどね! いいよ、もうその服要らないからさっ。

 そもそもお前、何が鬼畜がどうたらだ。その手はなんだよ。


 ううう、気付かれないようにちょっとづつ魔力を注ぎ込むって結構時間かかる。

キスはいいが、その手は止めろっ。

パニエの中に手を入れるな、この糞餓鬼! 

おまえが好きにしている体は所詮は紛い物だ。偽物! 作り物なんだよ。ばーかばーか、騙されてやんのっ。そんなことではあたしの体を汚したことにもならないし、あたしを、あたしをっ……辞めろっていうのっ。


くそっ、この糞餓鬼! 絶対に許さない。串刺し程度じゃ我慢ならない。

絶対に――


***


「これは面白い」

自然に作られているという転移装置にエイルはものすごく心惹かれるようだったが、ブランマージュがつかまっているということは重大事だと思っているようで、無分別に調べたりはしなかった。


 先導してファルカスは案内をしていたが、やがて最後の転移装置という場を踏む前に言った。

「この先は魔物も出るし、突き当たりは強い結界で守られてる。あいつはチビ猫をそこに連れていってる筈だが……手出しはできないかもしれない」

「この手の結界の理解はしている。いいから早くしろ」

 エイルが低く言う言葉に、ファルカスは「どうとでもなれっ」と怒鳴りながら足を踏みつけた。


エイルはその言葉と同時にファルカスの剣をするりと抜いた。

「何するんだよっ」

「結界に亀裂を作る。継ぎ目にアンカーを打ち、結界を破る」

淡々というエイルはさっさと剣につけられた宝石をはずして洞窟の四方に飛ばした。

「ロイズ」

珍しくロイズを呼び、命じた。


「石を撃て」


 魔法も魔道も使えないならば使えるようにするまで――奥から魔獣が近づく気配にファルカスは思わずロイズの背中に張り付いたが、ロイズはさっさと肩につるされた銃を引き抜き、言われた通りに置かれた石の場に弾丸を放った。

それを確認せずにエイルが自らの指輪に触れ、三つのうちの二つの石に触れる。

ゆっくりと言葉をのせ、ロイズが四つの石を打ち抜いた瞬間に魔方陣が淀んだような大気を震わせ、魔道を展開させた。


 その場から緑の炎が立ち上り地下道を一気に流れていく。それを呆然と見つめながらファルカスはゆっくりと首を振った。

緑色の炎が魔獣を舐めあげるように消し炭にかえていく。

 いつもであれば魔物を捕らえる為に一頭づつ相手にするエイルだが、完全に抹殺すべく展開された巨大な魔方陣は十数分もたつ頃にはその場に獣の姿はなくなっていた。


「……信じられねぇっ。え、どうやったらそんなことできるんだよっ」

「私を誰だと思っている」

轟然と言い切るエイル・ベイザッハにファルカスは小さな声で「エイル・ベハザッハ()デシタ」と疲れたようにつぶやいた。

「それより息苦しい! 早く行くぞっ」

 ロイズ自身その大技に驚愕したが、今はそんなことはどうでもいい。

長い地下道を歩き、やがて壁にぶち当たる。その壁には扉が作られていて部屋だと知れるが、確かにそれ以上進むことはできなかった。


 示し合わせた訳ではなかったが、エイルとロイズの視線がぴたりとかち合った。

それにあわせてロイズはうなずき、銃を構える。

ロイズの放つ銃弾がまっすぐに扉へと向かい、それと同時、エイルは壁と扉とを同時に粉砕する為に魔道を放った。


 壁が崩壊し、けれど煙は立ち上らずに瓦礫も無かった。

まさに粉砕し更に水でもかけたかのようにその場に砂塵は沈んだのだ。

そうして正面、開けた場所で彼等の視界に入り込んだものといえば、手首を縛られ、衣類を乱されたた十歳程度の猫耳猫尻尾の小娘にのしかかり、パニエの中に手を突っ込んでいる現状の赤毛の十四歳の少年。

明らかにその唇をむさぼっていたテイで……


――おそろしく間が良かったのか、悪かったのか。


「あ、死んだな」


果たしてファルカスにも判らなかった。


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